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評議会の決断

運命の日が訪れた。首都ロザリアに朝日が昇り、大聖堂の塔が黄金色に輝く中、街中が緊張に包まれていた。今日、評議会で王国の未来が決まるのだ。

北区の広場では、早朝からレオハルトの陣営が準備に忙しく動いていた。テントの中で、彼は静かに正装を整えていた。深い青に金の刺繍が施された王族の正装は、彼の凛々しさを一層引き立てていた。腰には王家の剣、星の守り手を下げていた。


「準備はいいですか?」マーカスがテントに入ってきた。彼も正装に身を包み、肩には光り輝く銀の肩章を付けていた。

「ああ」レオハルトは深く息を吸った。「全ては今日決まる」

「あなたの正統性は既に証明されています」マーカスは彼を安心させようとした。「大司教も認めています。問題は王位継承の是非だけです」

「それが最も難しい部分だ」レオハルトは静かに言った。「十年の空位期間を経て、突然の王政復活。反対も多いだろう」

彼らの会話が続く中、セリーヌがテントに入ってきた。彼女は淡い青のドレスに銀の刺繍が施された正装で、金色の髪は上品に結い上げられていた。その姿は侯爵の娘としての威厳と、女性としての優雅さを兼ね備えていた。


「みんな準備ができているわ」彼女は報告した。「父上も、ルドルフ学院長も」

「ありがとう」レオハルトは彼女に微笑みかけた。彼女の存在が彼に安心感と勇気を与えていた。

「緊張してる?」セリーヌが優しく尋ねた。

「少しね」レオハルトは正直に答えた。「しかし、これまで準備してきたことだ。最善を尽くすだけだ」

テントの外からラッパの音が鳴り響いた。出発の時間だった。


「行こう」レオハルトは決意を込めて言った。

彼らはテントを出て、待機していた一行と合流した。アルベール侯爵、ルドルフ学院長、モントゥリエ伯爵、ボーモント侯爵、そして多くの支援者たちが整列していた。護衛の騎士たちも、厳かな表情で控えていた。

「全員揃ったな」アルベール侯爵が確認した。「では、出発しよう」

一行は北区の広場を出発し、大聖堂へと向かった。街路には多くの市民が集まり、彼らの行進を見守っていた。「王子様、万歳!」「真の王の帰還だ!」と叫ぶ声も聞こえた。


レオハルトは市民たちに微笑みかけ、時折手を挙げて挨拶した。彼の姿に、民衆からはさらに大きな歓声が上がった。

「民衆の支持は確かです」マーカスが小声で言った。「彼らはあなたを王と認めています」

「民の声は重要だ」レオハルトは頷いた。「しかし、今日の評議会では貴族たちの判断も同様に重要になる」

彼らが大聖堂に近づくと、別の一行も見えてきた。グラディーン家の伯爵とイオルフが、多くの兵士や支持者たちを引き連れて歩いてきていた。対照的に、彼らは冷ややかな表情を浮かべ、民衆からの反応も少なかった。


二つの一行が大聖堂の前で出会った。レオハルトとグラディーン伯爵は一瞬、視線を交わした。伯爵の目には冷たい敵意があったが、同時に諦めのような色も見えた。イオルフはさらに露骨な憎悪をレオハルトに向けていた。彼の視線がセリーヌに移ると、その目には危険な欲望と怒りが混ざっていた。

「我々の運命が決まる日だな」グラディーン伯爵が冷たく言った。

「そうですね」レオハルトは平静を保って応じた。「公正な判断を望みます」

「公正?」イオルフが嘲笑した。「民衆を扇動し、大司教まで取り込んだ後で?」

「イオルフ」伯爵が息子を制した。「ここでの口論は無意味だ。評議会で決着をつけよう」


大聖堂の扉が開き、中から大司教の親衛隊長が現れた。「評議会の準備ができました」彼は厳かに宣言した。「両陣営の代表者のみ、中へお入りください」

レオハルトの一行からは、彼自身、セリーヌ、アルベール侯爵、ルドルフ学院長、そしてモントゥリエ伯爵とボーモント侯爵が選ばれた。グラディーン側からは、伯爵、イオルフ、そして数人の有力貴族たちが入場した。残りの者たちは大聖堂の外で待機することになった。

「我々の騎士たちに警戒を怠らないよう伝えてくれ」レオハルトはマーカスに小声で言った。「グラディーン家が何を企んでいるかわからない」

「わかりました」マーカスは頷いた。「どうかお気をつけて」


大聖堂の中央部には大きな円卓が設置され、その周りに椅子が配置されていた。大司教ウルバンが最も高い席に座り、その両側に他の高位聖職者たちがいた。王国の主要な貴族たちも席についていた。中には、まだ態度を明確にしていない者も多かった。

レオハルトの一行とグラディーン家の一行は、卓の反対側に着席した。大聖堂内は厳かな雰囲気に包まれ、ステンドグラスから差し込む色とりどりの光が床に美しい模様を描いていた。

「評議会を始める」大司教ウルバンが静かに、しかし威厳のある声で宣言した。「本日の議題は二つ。レオハルト・アウレリアン・オルシニの王子としての正統性は既に証明されているが、王位継承の是非、そして新たな統治形態について決定するものである」

彼は一呼吸置いた。


「まず、レオハルト王子から提案を聞きたい」

レオハルトは立ち上がり、円卓を見回した。そこには王国の命運を左右する人々が集まっていた。彼は喉の乾きを感じたが、声は安定していた。

「尊敬する大司教、そして貴族評議会の皆様」彼は丁寧に頭を下げた。「私はレオハルト・アウレリアン・オルシニ、エドガー王の第二王子にして、現在唯一の王位継承者です」

彼は自分の物語を簡潔に語った。記憶を封印され、レオン・ラグランとして育てられた日々、そして真実を知り、正統な王位を主張するに至った経緯を。

「十年の空位期間があったことは事実です」レオハルトは続けた。「その間、大司教と貴族評議会が国を統治してきました。その功績を否定するつもりはありません」

彼は一呼吸置いた。

「しかし、国には統一された指導者が必要です。分断を終わらせ、真の平和をもたらすために。ただし、父の時代とは違う統治を目指します」

レオハルトは彼の提案する立憲君主制について詳しく説明した。王の権限と貴族評議会の役割、大司教の位置づけ、そして民の代表者を含む新たな統治機構について。彼の案は、絶対王政ではなく、権力の分散と均衡を重視したものだった。

「私が目指すのは、全ての人々のための国です」彼は力強く結んだ。「貴族だけでも、平民だけでもなく、全ての民のための国を」

彼の言葉が終わると、大聖堂内にはざわめきが広がった。多くの貴族たちが互いに小声で話し合い、中には明らかに感銘を受けた表情を浮かべる者もいた。

「次に、グラディーン伯爵からの意見を聞きたい」大司教が言った。


グラディーン伯爵が立ち上がった。彼は深い緑の正装を着け、その姿は威厳に満ちていた。

「尊敬する大司教、評議会の皆様」彼も丁寧に挨拶した。「レオハルト・オルシニが王子であることは認めましょう。証拠は明白です」

この言葉に、イオルフは明らかに驚いた表情を見せた。彼は父親に何か言おうとしたが、伯爵は彼に沈黙を促すジェスチャーをした。

「しかし」伯爵は続けた。「王政復活の是非は別問題です。十年間、我々は大司教と貴族評議会による統治を続けてきました。混乱もなく、国は安定していました」

彼はレオハルトの提案に対する反論を展開した。伝統的な貴族の権利が脅かされる恐れ、急激な変化がもたらす混乱、そして若く未熟な王子に国を任せることへの懸念を強調した。

「我々は現状維持を主張します」伯爵は言った。「王子の存在は認めつつも、実質的な統治は今まで通り、大司教と貴族評議会が担うべきです」

伯爵の発言が終わると、評議会の貴族たちの間でさらに議論が活発になった。意見は明らかに分かれていた。

大司教ウルバンは議論を整理するために立ち上がった。「両者の主張は明確になりました。では、評議会の皆様の意見を聞きましょう」

次々と貴族たちが立ち上がり、自分の見解を述べた。カーディナル伯爵をはじめとする改革派は、レオハルトの提案を支持した。一方、古い家系の保守派はグラディーン家の立場に賛同した。中立派の貴族たちは慎重な態度を崩さなかった。


議論は白熱し、時に声を荒げる場面もあった。レオハルトは冷静に各意見を聞き、質問には丁寧に答えた。セリーヌは彼の隣で静かに支え、時折アドバイスを囁いた。

「ここで質問がある」突然、年老いた貴族が声を上げた。彼はルッソ男爵で、中立派の重鎮として知られていた。「両陣営の提案は聞いた。しかし、民の声はどうなのだ?彼らは何を望んでいるのか?」

大聖堂内が静まり返った。これは予想外の質問だった。

「民衆は王の帰還を望んでいます」レオハルトが答えようとした。

「それはあなたの意見だ」ルッソ男爵は手を上げた。「私は実際の民の声を聞きたい」

「では」大司教が提案した。「民の代表者を招こう」

大聖堂の扉が開き、数人の市民が招かれた。彼らは様々な階層の代表者だった。商人、職人、農民、そして学者。彼らは緊張した面持ちで円卓の前に立った。


「あなたたちに質問がある」大司教が言った。「この国の将来について、民として何を望むか」

最初に前に出たのは、老齢の靴職人だった。彼は少し震える手で帽子を握りしめながら、堂々と話し始めた。

「私は六十年以上、この街で暮らしてきました」彼は言った。「エドガー王の時代も、そして最近の十年も。正直に申し上げれば、最近の統治には不満があります。税は重く、法は不公平です。貴族の特権ばかりが守られ、我々平民の声は届きません」

彼はレオハルトの方を見た。

「王子様が下町を訪れた時、私は自分の目で見ました。彼は我々の話に耳を傾け、我々の苦しみを理解していました。彼なら、公正な統治者になると信じています」


次に、裕福な商人が前に出た。

「私は商業に従事しています」彼は言った。「最初は変化を恐れていました。しかし、王子の提案を聞き、彼と対話した後、希望を持ちました。彼の立憲君主制の案は、貴族も平民も保護するものです。それこそが我々が必要としているものです」

他の代表者たちも同様の意見を述べた。彼らの多くは、レオハルトの帰還と新しい統治形態を支持していた。民衆の声は明らかだった。

市民たちが退出した後、大聖堂内に沈黙が広がった。貴族たちは互いに顔を見合わせ、この予想外の展開に戸惑っているようだった。

「民の声は明確だ」大司教ウルバンが静かに言った。「彼らは変化を望んでいる」


グラディーン伯爵が立ち上がった。「民衆は群集心理に流されやすい」彼は反論した。「一時的な熱狂に基づく判断は危険です」

「伯爵」カーディナル伯爵が言った。「我々は十年間、民の声を無視してきました。それが今日の状況を招いたのです」

議論は再び白熱した。しかし、民衆の代表者たちの言葉は、多くの中立派の貴族たちに影響を与えたようだった。

その時、大聖堂の扉が突然開き、グラディーン家の騎士団長、ヨハン・クラウスが入ってきた。彼の表情は厳しく、決意に満ちていた。

「申し訳ありません、大司教」クラウスは頭を下げた。「しかし、重要な報告があります」

「何事だ?」大司教が訝しげに尋ねた。

「私、ヨハン・クラウスと、グラディーン家の騎士団の過半数は」彼は堂々と宣言した。「レオハルト・アウレリアン・オルシニ王子を正統な王として認め、彼に忠誠を誓うことを決意しました」


大聖堂内が騒然となった。イオルフは怒りに震え、立ち上がった。

「裏切り者め!」彼は叫んだ。「父上、この男を逮捕させろ!」

しかし、グラディーン伯爵は動かなかった。彼の表情には複雑な感情が交錯していた。怒り、失望、そして諦め。

「騎士たちも、民衆も、そして多くの貴族たちも」クラウスは続けた。「王子の帰還を支持しています。これは民の総意です」

大司教ウルバンは深いため息をついた。彼は長い間、黙って考えていたようだった。やがて、彼は立ち上がり、厳かな表情で宣言した。

「評議会の皆様、意見と証言は十分に聞きました。そして、私は決断を下しました」

大聖堂内が静まり返った。全員が大司教の言葉に耳を傾けた。


「私は、レオハルト・アウレリアン・オルシニを正統なる王として認め、彼の提案する立憲君主制を受け入れることを宣言します」

大聖堂内に歓声と抗議の声が混ざり合って響いた。レオハルトは少し顔を上げ、大司教に感謝の意を示した。セリーヌは嬉しさのあまり、思わず彼の手を握った。

「しかし」大司教は手を上げて静粛を求めた。「この移行は段階的に行われるべきです。混乱を避けるため、三カ月の準備期間を設け、その間に新たな統治機構を整備します」

この妥協案に、多くの貴族たちが同意の意を示した。グラディーン伯爵も、渋々ながら頷いていた。

「さらに」大司教は続けた。「グラディーン家を含む全ての貴族の権利と特権は新体制でも尊重されます。報復や追放はありません。我々は一つの国として前進するのです」

レオハルトはゆっくりと立ち上がった。「大司教の決断に感謝します」彼は静かに言った。「私は約束します。全ての人々のために統治すること、貴族も平民も平等に扱うことを」

彼はグラディーン伯爵の方を見た。


「伯爵、あなたの経験と知恵は国にとって貴重です。新しい体制でも、あなたの役割を望みます」

伯爵は少し驚いたように見えたが、わずかに頭を下げた。「考えておこう」

しかし、イオルフは立ち上がり、怒りに震えながら叫んだ。「これは受け入れられない!我々が十年かけて築いたものを、一日で放棄するというのか!」

「イオルフ」伯爵は息子を制しようとした。

「いいえ、父上」イオルフは剣に手をかけた。「これは屈辱だ。私は受け入れない」

レオハルトも立ち上がり、警戒の態勢をとった。セリーヌとアルベール侯爵も同様だった。

「イオルフ・グラディーン」大司教が厳しい声で言った。「聖堂内での暴力は許されない。剣を納めなさい」

しばらくの緊張した沈黙の後、イオルフは歯を食いしばりながらも、剣を鞘に戻した。しかし、彼の目には危険な光が宿っていた。


「これで決着ではない」彼は低い声で言った。「必ず報いを受けることになる」

彼は急いで大聖堂を後にした。グラディーン伯爵は難しい表情で彼を見送ったが、席を立つことはなかった。

「評議会の決定は下された」大司教は宣言した。「三カ月後、レオハルト・オルシニの戴冠式を行い、新たな時代の幕開けとする」

大聖堂の扉が開かれ、外に待機していた人々に決定が伝えられた。民衆からは大きな歓声が上がり、レオハルトを支持する貴族たちも喜びを表した。

レオハルトはセリーヌと視線を交わし、安堵の微笑みを浮かべた。長く困難な道のりだったが、ついに目標を達成したのだ。

「おめでとう、王子様」セリーヌは小声で言った。「いいえ、陛下と呼ぶべきかしら」

「まだ戴冠式は先だよ」レオハルトも笑みを返した。「それまでは王子のままだ」


アルベール侯爵が近づいてきた。「見事でした」彼は心からの敬意をこめて言った。「あなたは真の王の資質を示しました」

「ありがとう、侯爵」レオハルトは彼に感謝した。「あなたの支援なしでは、ここまで来れなかった」

議論が一段落し、評議会の大半が決定を受け入れたあと、彼らは大聖堂を後にした。外では大勢の民衆が結果を聞こうと集まっていた。

「決まったぞ!」誰かが叫んだ。「王子が認められた!」

歓声が街中に響き渡った。レオハルトは大聖堂の階段に立ち、民衆に向かって手を挙げた。彼の姿を見て、人々はさらに大きな声援を送った。

「市民の皆さん」レオハルトは声を張り上げた。「評議会は新たな時代の始まりを決定しました。私は皆さんの信頼に応えるよう、全力を尽くします」

民衆の熱狂は頂点に達した。レオハルトはセリーヌと共に階段を下り、彼らの間を歩いた。民衆は彼に触れようとし、祝福の言葉をかけた。レオハルトは微笑みながら彼らに応え、時折握手を交わした。


「彼らはあなたを愛しているわ」セリーヌは感動した様子で言った。

「私も彼らを愛している」レオハルトは真摯に答えた。「彼らのために良い王になりたい」

北区の広場に戻ると、そこでは盛大な祝賀が始まっていた。支援者たちは王子の勝利を祝い、歓声を上げていた。レオハルトも彼らと共に喜びを分かち合ったが、彼の心の片隅には不安もあった。

「イオルフが気になる」彼はマーカスに小声で言った。「彼は何かを企んでいるように思える」

「同感です」マーカスも頷いた。「彼は父親とは違い、敗北を受け入れる男ではありません」


「警戒を怠らないように」レオハルトは言った。「特に今夜は」

日が傾き始め、街全体が祝賀ムードに包まれる中、レオハルトはテントの中で支援者たちと今後の計画を話し合っていた。

「三カ月の準備期間中にやるべきことは多い」ルドルフ学院長が言った。「新しい統治機構の設計、法律の整備、貴族評議会との協議…」

「それに戴冠式の準備も」アルベール侯爵が付け加えた。

レオハルトは頷きながら、一人一人の提案を聞いていた。確かに、これからの道のりも容易ではない。しかし、最大の障害は乗り越えたのだ。

夕食後、レオハルトはテントの外に出て、夜空を見上げた。星々が明るく輝く中、彼は今日の出来事を振り返っていた。

「一人で考え事?」

振り返ると、セリーヌが微笑みながら近づいてきた。彼女の金色の髪が月明かりに輝いていた。


「ああ」レオハルトは彼女に微笑み返した。「今日のことを考えていた」

「信じられないわね」セリーヌは彼の隣に立った。「ついに全てが解決したなんて」

「まだ完全ではない」レオハルトは静かに言った。「イオルフのことが気になる」

「彼は危険よ」セリーヌも同意した。「特に追い詰められたときは」

彼らが話していると、突然、近くで物音がした。レオハルトは反射的にセリーヌを守るように前に出た。

「誰だ?」彼は警戒して尋ねた。

「私です、王子様」マーカスが姿を現した。彼は息を切らせていた。「急報です。イオルフ・グラディーンが数十人の兵を連れて館を去りました。父親の命令に背いたようです」


「どこへ向かった?」レオハルトが尋ねた。

「北の国境方面です」マーカスが答えた。「恐らく、国外に逃れようとしているのでしょう」

「それだけではないだろう」レオハルトは眉をひそめた。「彼は何か企んでいる。彼を追わせよう」

「すでに偵察隊を送りました」マーカスは言った。「しかし、夜の闇の中では追跡は困難です」

レオハルトはセリーヌを見た。彼女の目には心配の色が浮かんでいた。

「大丈夫」彼は彼女を安心させようとした。「イオルフ一人で何ができるというのだ」

「それでも」セリーヌは不安そうに言った。「彼は執念深い人よ。特にあなたに対して、そして…私に対しても」


レオハルトは彼女の肩に手を置いた。「君を守る。約束する」

そう言いながらも、彼の心には不穏な予感が渦巻いていた。イオルフは単に敗北を受け入れて逃げ出すような男ではない。彼は必ず復讐を企てるだろう。

「警戒を二倍に」レオハルトはマーカスに命じた。「そして、グラディーン伯爵に使者を送り、息子の行動について知らせよう」

夜が更け、北区の広場は静かになっていった。祝賀に疲れた人々が休息を取る中、レオハルトはなかなか眠りにつけなかった。彼の心には喜びと不安が入り混じっていた。


ようやく王位への道を切り開いたが、同時に新たな敵も作ってしまった。イオルフの行方と彼の企みが、レオハルトの心に影を落としていた。

深夜、偵察隊が戻ってきた。隊長は息を切らせながら報告した。

「イオルフの痕跡を北門まで追いましたが、そこで見失いました。彼らは分散して逃げたようです」

「北門の外には何がある?」レオハルトが尋ねた。

「最初は森が続き、その先には山岳地帯があります。グラーツ公国との国境地帯です」

「グラーツ公国…」レオハルトは考え込んだ。「かつて北方との国境紛争があったと聞いている」


「はい」マーカスが補足した。「十年以上続いている小競り合いです。グラディーン家は表向き対立していましたが、裏では密かに交流があったという噂もあります」

重苦しい沈黙が流れた。イオルフがグラーツ公国に逃げ込み、そこから復讐を企てる可能性は高かった。

「警戒を続けよう」レオハルトは決断した。「しかし、今は勝利の日だ。まずは休息をとり、明日から新たな国づくりを始めよう」

彼は自分のテントに戻ったが、眠りはなかなか訪れなかった。窓から見える星空を眺めながら、これからの道のりに思いを馳せた。ついに王位への道を開いたが、それは新たな責任の始まりでもあった。

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