表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/26

混乱と陰謀

グラディーン家の居館は、首都の北区にある石造りの堂々とした建物だった。高い塀と鉄の門に守られ、常に兵士が警備に当たっている。その書斎では、イオルフ・グラディーンが怒りに震えながら、窓の外を見つめていた。


「あの男を殺すべきだった」彼は歯を食いしばりながら言った。「大聖堂で、民衆の前で」

「そうすれば暴動が起きていただろう」彼の父、グラディーン伯爵が冷静に答えた。「民衆は既に彼に熱狂している。いまや彼を公然と攻撃するのは賢明ではない」

書斎には彼ら二人の他に、アザゼル・クロフォードと数人の側近が集まっていた。大聖堂での出来事から一日が経ち、首都は王子の帰還の噂で持ちきりだった。


「大司教は弱腰すぎる」イオルフは苛立ちを隠さなかった。「評議会など開く必要はなかった。あいつが詐欺師だと断言すればよかったのだ」

「彼の肩の星の印は本物のように見えた」アザゼルが静かに言った。「そして、ヴァレンシュタイン学院長の証言も無視できない」

「それがどうした」イオルフが振り返った。「十年間、我々は国を治めてきた。一人の若造が現れたからといって、全てを手放すつもりか」

「もちろんそのつもりはない」伯爵は冷たく微笑んだ。「だが、正面からの対決は避けるべきだ。別の方法で彼を排除する必要がある」

「どのように?」イオルフが尋ねた。


伯爵はゆっくりとテーブルに近づき、そこに広げられた地図を指さした。「アルベール侯爵の軍が近づいている。彼らは明日か明後日には首都近郊に到着するだろう」

「それが何か」

「彼らが到着する前に」伯爵は静かに言った。「我々は偽王子を捕らえ、反逆罪で処刑する。そして、アルベール侯爵の軍を王都への反乱として迎え撃つ」

「評議会は三日後だ」アザゼルが指摘した。「それまでは彼に手を出せない」

「評議会は開かれない」伯爵は冷酷に言った。「明日の夜、王子の宿泊先を襲撃する。殺すのではなく、捕らえるのだ。そして、大司教に反逆の証拠を見せる」

「どんな証拠だ?」イオルフが眉を上げた。


「我々が用意するものだ」伯爵は意味ありげに言った。「アザゼル、それは可能だな?」

魔道士は頷いた。「偽の手紙や文書は容易に作れます。王子がクーデターを計画していたという証拠を」

「完璧だ」伯爵は満足げに言った。「明日の夜、行動を起こそう」


「それで」イオルフが言った。「ヴァランティーヌ家の娘は?」

「セリーヌか」伯爵は考え込んだ。「彼女も共犯として捕らえるべきだろう。だが、殺してはならない。彼女は価値ある人質だ」

イオルフの目が暗い欲望で輝いた。「私に任せてくれ。彼女を確保する」

「気をつけろ」伯爵は厳しく言った。「彼女はただの飾り物ではない。頭が良く、勇敢だ。油断すれば危険だ」

イオルフは不満そうに唇を引き結んだが、頷いた。「わかっている」


彼らは夜遅くまで計画を練った。人員の配置、攻撃のタイミング、そして証拠の偽造について。全てが整うと、伯爵は側近たちを解散させた。

「イオルフ」伯爵が息子を呼び止めた。「覚えておけ。感情に任せた行動は失敗の元だ。特に女に関しては」

「わかっている、父上」イオルフは無表情に答えた。「私は我が家の名誉のために行動する」

伯爵はしばらく息子を見つめていたが、やがて満足したように頷いた。「よし。明日、全てが終わる」


一方、ルベックの家では、レオハルトたちも今後の計画について話し合っていた。大広間のテーブルを囲み、地図や文書が広げられていた。

「アルベール侯爵からの伝令によれば」マーカスが報告した。「彼らは明日の夕方には首都近郊に到着するとのことです」

「それまでは慎重に行動せねばならない」ルドルフ学院長が言った。「グラディーン家は簡単に諦めないだろう」

レオハルトは窓の外を見つめていた。昨日の大聖堂での出来事以来、彼の存在は首都中に知れ渡り、多くの市民が彼を一目見ようとルベックの家の周りに集まるようになっていた。彼らの好意は心強かったが、同時に危険も増していた。


「警備は十分か?」彼はマーカスに尋ねた。

「はい」マーカスは頷いた。「家の周りに二十人の護衛を配置しています。さらに、支援者たちが交代で見張りをしています」

「グラディーン家は何か動きを見せていますか?」セリーヌが尋ねた。彼女は髪を一つに結び、より実用的な服装をしていた。

「彼らの兵士が町中を巡回しています」リリスが答えた。「特に、この近辺では頻繁に見かけます」

「彼らは何かを企んでいる」ルドルフが眉をひそめた。「評議会まで大人しく待つとは思えない」

「そうだとすれば」レオハルトは言った。「我々も準備をしておく必要がある。最悪の場合に備えて」


彼らは防衛計画を練り、非常時の脱出経路も確認した。家には裏口と、さらに地下への秘密の通路もあった。それらは緊急時に使えるよう、常に整備されていた。

「そして」レオハルトは続けた。「何があっても、民間人を巻き込むべきではない。我々の争いで、無辜の市民が傷つくことがあってはならない」

「その通りです」マーカスが同意した。「王子としての思いやりですね」

夕食の後、セリーヌとレオハルトは屋上の小さなテラスに上がった。そこからは首都の夜景が一望でき、星空の下で王宮と大聖堂のシルエットが浮かび上がっていた。


「明日でこの騒動も終わるのかしら」セリーヌがため息をついた。「父上が到着すれば、力関係も変わるわ」

「そうだといいが」レオハルトは星空を見上げた。「グラディーン家が簡単に引き下がるとは思えない」

「彼らにとっては、十年かけて築いた権力が脅かされているのよね」セリーヌは静かに言った。「必死になるのも無理はないわ」

「だからこそ」レオハルトは真剣な表情で彼女を見た。「君は常に警戒していてほしい。特にイオルフには」

「あの男…」セリーヌは顔をしかめた。「彼は私を手に入れることに執着しているわ。それも、私自身ではなく、政治的な駒としてね」

「彼を侮ってはいけない」レオハルトは警告した。「彼は危険だ。特に追い詰められたときは」


二人が言葉を交わしていると、リリスが駆け上がってきた。彼女は少し息を切らせていたが、目に興奮の色があった。

「お二人とも、驚くべき情報があります」彼女は小声で言った。「私が水を汲みに行った時、地元の女性たちと話す機会がありました。彼女たちの話によれば、グラディーン家の評判は最悪だそうです」

「それは意外ではないわ」セリーヌは答えた。

「いえ、重要なのはその理由です」リリスは続けた。「彼らは表向き大司教に忠実なふりをしていますが、実際には彼を操り、自分たちの利益のために権力を行使しているそうです」

「大司教は彼らに脅されているのだろうか?それとも自分の地位を守りたいのだろうか?」レオハルトが尋ねた。


「それが違うようなんです」リリスは首を振った。「大司教自身は権力に執着しているわけではないそうです。彼が恐れているのは、王子が突然登場することで起こる政変と国の混乱です。宗教指導者として、民の安定を第一に考えているとのこと」

「それは貴重な情報だ」レオハルトは思案した。「大司教が反対しているのは王政そのものではなく、急激な変化による混乱なのか」

「そう考えると」セリーヌが言った。「あなたの立憲君主制の提案は、彼を説得する上で有効かもしれないわ。急激な変化ではなく、段階的な移行を示せば…」

「彼の理解を得られるかもしれない」レオハルトは頷いた。「リリス、素晴らしい情報だ。ありがとう」


リリスは嬉しそうに微笑んだ。「まだあります。女性たちは、王子の帰還の噂を既に聞いていました。彼女たちの多くは、王家の復活を望んでいるそうです。特に年配の女性たちは、エドガー王の時代を懐かしんでいました」

「民衆の支持は心強い」レオハルトは言った。「特に民の声を直接聞けるのは貴重だ」

「私はこれからも情報を集めます」リリスは決意を込めて言った。「女性たちは男性には話さないことでも、私になら話してくれます」

セリーヌは彼女の肩に手を置いた。「頼りにしているわ、リリス。でも無理はしないで」

「心得ました」リリスはそう返事をすると降りていった。


残った二人は静かに夜景を眺めながら、しばらく沈黙していた。遠くでは、街の灯りが星のように瞬いていた。

「覚えてる?」セリーヌが突然言った。「子供の頃、修道院で星を見上げたことを」

「ああ」レオハルトは微かに微笑んだ。「記憶が戻ってきた。君は星座の物語を知りたがっていた」

「あなたは全部知っていたわね」セリーヌも笑った。「王子として教育を受けていたから」

「そして君は、星に願い事をした」レオハルトは続けた。「覚えているか?何を願ったのか」


セリーヌは頬を赤らめた。「覚えてるわ。でも、それは秘密よ」

「そうか」レオハルトは彼女の手を取った。「でも、願いは叶ったのか?」

「まだわからないわ」彼女は彼の目を見つめた。「これからよ」

彼らが見つめ合っていると、突然、下から物音がした。二人は素早く身を隠し、下を覗き込んだ。


通りを、グラディーン家の兵士たちが巡回していた。彼らは家の周りを注意深く見回し、何かをチェックしているようだった。

「偵察か」レオハルトは小声で言った。「彼らは間違いなく何かを計画している」

「マーカスに報告しましょう」セリーヌも同様に小声で応じた。

彼らは急いで屋上を降り、マーカスとルドルフに状況を伝えた。全員が警戒を強め、夜間の見張りの数も増やすことにした。

「明日、アルベール侯爵が到着するまで持ちこたえねばならない」ルドルフは厳しい表情で言った。「それまでは最大限の警戒を」

その夜、全員が交代で見張りに立ち、わずかな物音にも神経を尖らせていた。しかし、夜は静かに過ぎ、何も起こらなかった。


翌朝、レオハルトは早くに目を覚ました。日の出前の薄暗い部屋で、彼は窓から外を見た。街はまだ眠っており、通りには人影がほとんどなかった。

しかし、何かが違和感を感じさせた。通常なら見かける早朝の労働者や商人たちの姿がない。あまりにも静かだった。

彼は急いで服を着替え、下の階に降りた。マーカスが既に起きており、玄関近くで何かを確認していた。


「何かあったのか?」レオハルトが尋ねた。

「はい」マーカスの表情は暗かった。「通りの入口に兵士が配置されています。我々を監視しているようです」

「包囲されているのか?」

「完全ではありません」マーカスは答えた。「まだ動きは自由ですが、明らかに監視下にあります」

「グラディーン家の仕業か」

「間違いないでしょう」マーカスは頷いた。「彼らは我々の行動を制限し、アルベール侯爵との合流を阻止しようとしています」


ルドルフとセリーヌ、リリスも間もなく起きてきた。全員が状況を把握し、次の行動について話し合った。

「民衆の目があるので、彼らは公然と攻撃してくることはないでしょう」ルドルフは分析した。「しかし、夜になれば話は別だ」

「アルベール侯爵に使者を送る必要がある」セリーヌが言った。「状況を伝え、彼らの到着を早めてもらうべきよ」

「そうだな」レオハルトは同意した。「だが、誰を送るか。我々は皆、監視されている」


「私が行きます」リリスが前に出た。「召使いの格好なら怪しまれにくいでしょう。市場に買い物に行くふりをして、城門から出ることができます」

「危険すぎる」セリーヌが心配そうに言った。

「いいえ」リリスは自信を持って言った。「私ならできます。小さい頃から身のこなしには自信があります」

結局、彼らはリリスを使者として送ることに決めた。彼女はシンプルな召使いの服装で、買い物籠を持って家を出た。レオハルトとセリーヌは窓から彼女を見送った。


「彼女は大丈夫だろうか」レオハルトが心配そうに呟いた。

「リリスは賢いわ」セリーヌは彼を安心させようとした。「彼女ならうまくやってくれるはず」

リリスが消えた後、彼らは家の防衛を強化した。裏口と秘密の通路を再確認し、万が一の場合の脱出計画も練った。また、支援者たちから提供された武器も配置した。

正午頃、ルベックが外の様子を探りに行き、戻ってきた。


「状況は悪化しています」彼は息を切らせながら報告した。「グラディーン家の兵士が増えています。そして、噂によれば、民衆には『夜間の外出禁止令』が出されるようです」

「それは口実だ」ルドルフが言った。「民衆を排除して、我々を攻撃するための」


「奴らの狙いは明らかだ」レオハルトは冷静に分析した。「今夜、我々を襲撃する。アルベール侯爵が到着する前に」

「どうすればいい?」セリーヌが尋ねた。「ここで待機するか、それとも別の場所に移動するか」

「移動すれば逃げたと見なされる」マーカスが言った。「王子の評判に関わります」

「しかし、ここに留まれば罠にはまるだけだ」レオハルトは言った。

彼らは長く議論したが、結論は出なかった。どちらの選択肢にもリスクがあった。


午後になると、さらに不穏な知らせが届いた。大聖堂からの使者が、「大司教が急病で倒れ、明後日の評議会は延期された」と伝えてきたのだ。

「これも計画の一部だろう」ルドルフは怒りを露わにした。「彼らは評議会を避け、力で解決しようとしている」

「そうなると」レオハルトは表情を引き締めた。「我々に選択肢はない。今夜の襲撃に備えるしかない」

彼らは午後いっぱいを使って準備を整えた。家の各所に障害物を設置し、兵士たちを戦略的に配置した。だが、相手の数が圧倒的に多いことは明らかだった。彼らにできることは、アルベール侯爵が到着するまで持ちこたえることだけだった。


夕暮れが近づき、街に暗い影が落ち始めた頃、突然、遠くで喧騒が起こった。

「何が起きている?」レオハルトが窓から外を見た。

「北門の方からです」マーカスも同じように窓の外を見ていた。「何か騒ぎが…」

彼らが見ていると、一人の護衛が急いで部屋に入ってきた。

「王子様」彼は興奮した様子で言った。「アルベール侯爵の軍が到着しました!北門を突破したようです!」


全員が驚きの声を上げた。

「予定より早い」ルドルフは言った。「リリスが無事に伝言を届けたのだろう」

「しかし、北門を突破するとは」セリーヌが心配そうに言った。「戦いが始まったということ?」

「詳細を確認せねば」レオハルトは言った。「マーカス、偵察を」

マーカスが出て行こうとした時、再び騒ぎが起こった。今度は彼らの家の前からだった。窓から見ると、グラディーン家の兵士たちが大勢集まり、家を取り囲もうとしていた。


「始まったな」レオハルトは静かに言った。「我々を捕らえに来たようだ」

その時、家の前に馬に乗った人物が現れた。イオルフ・グラディーンだった。彼は堂々とした態度で、家の方を見上げていた。

「レオハルト・オルシニと名乗る者」彼の声が広場に響いた。「大司教の名において、反逆罪で逮捕する。抵抗すれば、強制的に連行する」

「反逆罪?」セリーヌは怒りを露わにした。「よくもそんな…」

レオハルトは彼女の肩に手を置き、冷静にするよう促した。「これは予想通りだ」彼は言った。「彼らは我々を評議会前に排除しようとしている」

「どうしますか?」マーカスが尋ねた。


レオハルトは窓に向かい、大きな声で応じた。「イオルフ・グラディーン」彼は堂々とした声で言った。「私は反逆者ではなく、正統な王位継承者だ。大司教は評議会での審議を約束した。その前に私を逮捕するのは不当だ」

「評議会は延期された」イオルフは冷たく答えた。「そして、我々は王位簒奪の証拠を掴んだ。今すぐ出てこい」

「いかなる証拠も偽造されたものだ」レオハルトは毅然と言った。「私は血を流す争いを望まない。しかし、不当な逮捕には応じられない」

イオルフの忍耐は尽きたようだった。「攻撃開始!」彼は兵士たちに命じた。


グラディーン家の兵士たちが家に向かって突進してきた。同時に、家の周りに配置されていた護衛たちが彼らを迎え撃った。金属のぶつかる音と叫び声が広場に響き渡った。

「市民を巻き込まないように」レオハルトは命じた。「できる限り致命傷は避けろ」

戦いが激しくなる中、レオハルトはセリーヌの方を向いた。「裏口から脱出するぞ」彼は言った。「ここにいては危険だ」

「でも」セリーヌが躊躇した。「仲間たちは?」

「彼らも後に続く」レオハルトは彼女の手を取った。「我々が捕まれば、全てが終わる。一時的に撤退するのだ」


彼らは急いで階段を下り、裏手へと向かった。マーカスとルドルフ、そして数人の護衛が彼らを守るように付き従った。

家の裏口に到達すると、そこにも既にグラディーン家の兵士たちが待ち構えていた。

「包囲されている」マーカスが警告した。「別の経路を」

彼らは急いで方向を変え、地下への通路を目指した。家の台所から通じる秘密の扉を開け、暗い階段を下っていく。松明の光だけが彼らの道を照らしていた。


「この通路はどこに通じているんだ?」レオハルトがルベックに尋ねた。

「旧市街の運河沿いです」ルベックは答えた。「そこから船で脱出できます」

彼らは狭い通路を急いで進んだ。背後からは戦いの音が響いていたが、次第に遠ざかっていった。

通路の終わりに到達すると、そこには小さな扉があり、その向こうは運河だった。月明かりが水面に反射し、小さな船が係留されていた。

「良かった」ルベックは安堵のため息をついた。「船はまだある」


彼らが船に乗り込もうとした時、突然、影から人影が現れた。

「ここまでだ」

イオルフ・グラディーンが数人の兵士と共に立っていた。彼は剣を抜き、冷たく微笑んでいた。

「よく見つけたな」レオハルトは剣を構えた。「だが、我々は降伏するつもりはない」

「逃げられると思ったか?」イオルフは嘲笑した。「我々は全ての脱出経路を把握している。お前たちは罠にはまったのだ」

レオハルトとマーカス、数人の護衛が前に出て、セリーヌとルドルフを守るように立ちはだかった。

「お前が欲しいのは私だけだろう」レオハルトは言った。「他の者は関係ない。彼らを行かせろ」


「いいや」イオルフは首を振った。「共犯者も全て捕らえる。特に…」彼の目がセリーヌに向けられた。「彼女だ」

「私には触れないで」セリーヌは冷たく言い放った。

「いつまでも高慢な態度を取れると思うな」イオルフの目が危険な光を放った。「お前が私の妻となれば、もっと従順になるだろう」

「それは決して起こらない」セリーヌは毅然と答えた。

「捕らえろ!」イオルフが命令した。

兵士たちが一斉に攻撃してきた。レオハルトたちも応戦し、狭い空間で激しい戦いが始まった。剣と盾がぶつかり合い、金属の音が響き渡る。

レオハルトはイオルフと直接対峙した。二人の剣が空中で交差し、火花が散った。


「お前は王になる資格がない」イオルフは歯を食いしばって言った。「十年間、どこにいた?国が必要としている時に」

「それはお前の父とその同盟者たちのせいだ」レオハルトは冷静に応じた。「彼らが私の家族を殺し、私を追いやったのだ」

イオルフは激しく攻撃を仕掛けてきたが、レオハルトはそれらを全て巧みにかわした。彼の剣さばきは流れるように美しく、ヴァレンシュタイン学院での厳しい訓練と、王子としての血筋に宿る才能が融合していた。

「降伏しろ」レオハルトは言った。「私は民の間に不和をもたらしたくない」

「弱いな」イオルフは嘲笑った。「それがお前の敗因だ」


彼は突然、レオハルトではなくセリーヌに向かって突進した。不意を突かれた彼女は、かろうじて身をかわしたが、壁に追い詰められた。

「セリーヌ!」レオハルトは叫んだ。

イオルフはセリーヌの首に剣を突きつけた。「動くな」彼は命令した。「さもなければ、彼女の命はない」

全員が固まった。レオハルトは剣を下げ、絶望的な表情でセリーヌを見た。

「卑怯者め」マーカスが怒りを隠さなかった。

「戦に卑怯も何もない」イオルフは冷たく言った。「勝つのみだ」

セリーヌは恐怖を見せず、冷静に状況を見ていた。彼女の目が何かを探しているように動いた。


「降伏するか?」イオルフがレオハルトに迫った。「彼女の命と引き換えに」

レオハルトは苦しそうに表情を歪めた。選択肢がなかった。

「わかった」彼はゆっくりと剣を地面に置いた。「彼女を傷つけるな」

イオルフは勝ち誇ったように笑った。「賢明な判断だ」

しかし、その時、予想外のことが起こった。セリーヌが突然、イオルフの腕を掴み、彼の体重を利用して彼を運河へ投げ込んだのだ。

「させるもんですか!」彼女は叫んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ