学院への道のり
夕暮れの館は、豪華な明かりに包まれていた。ヴァランティーヌ家の大広間では、グラディーン家の訪問を歓迎する晩餐会が始まろうとしていた。シャンデリアの光が壁に掛けられた絵画や肖像画を照らし、音楽師たちが柔らかな調べを奏でる。
セリーヌは淡い青色のドレスに真珠のネックレスという装いで、父と並んで来客を待っていた。表情は穏やかに保っていたが、心の中は嵐のように乱れていた。レオハルトの安否、彼を追う敵、そして今夜の晩餐会の意図—全てが彼女の心に重くのしかかっていた。
「落ち着いて」侯爵は小声で言った。「何も知らないふりをするのだ」
「わかってるわ」セリーヌは微かに頷いた。
グラディーン伯爵とイオルフが入場し、続いてアザゼルと他の家臣たちが続いた。彼らは正装に身を包み、威厳ある様子で部屋に入ってきた。
「アルベール」グラディーン伯爵は侯爵に近づき、握手を交わした。「素晴らしい晩餐会だ。お招きに感謝する」
「こちらこそ」侯爵は微笑んだ。「友好の印として」
イオルフはセリーヌに歩み寄り、優雅に頭を下げた。「今夜のあなたは星のように輝いている」
「ありがとう」セリーヌは礼儀正しく応えた。
彼女の視線は意図せずアザゼルに向かった。彼は部屋の隅で静かに立ち、全てを観察しているようだった。彼の鋭い目は時折セリーヌに向けられ、その度に彼女は不安を感じた。彼は何かを知っているのか、それとも疑っているだけなのか。
晩餐が始まり、来客たちはテーブルに着席した。豪華な料理が次々と運ばれ、高価なワインがグラスに注がれる。会話は政治や芸術、近隣諸国の情勢など、表面的なトピックで進んでいた。
「アルベール」グラディーン伯爵が話題を変えた。「最近、奇妙な噂を耳にしたのだが」
侯爵は冷静に答えた。「どのような噂かな?」
「王子の生存についてだ」伯爵は穏やかに言ったが、その目は鋭く光っていた。「十年前に亡くなったはずの王族の一人が生きていると」
部屋の空気が一瞬凍りついたように感じられた。セリーヌは息を呑んだが、表情を変えないよう努めた。
「興味深い噂だな」侯爵は表情を崩さなかった。「だが、それは単なる噂に過ぎないだろう」
「そうかもしれないな」伯爵はワインを一口飲んだ。「しかし、我々の魔道士アザゼルは、最近北方で奇妙な痕跡を感じたそうだ」
アザゼルが会話に加わった。「確かに、何か特別な存在の気配を感じました。王族の血を引く者特有の…」
「それで」イオルフが言った。「その痕跡を追っているところです」
セリーヌは父を見た。侯爵は冷静さを保ち、少し首を傾げた。
「もし王子が生きているとしたら」侯爵は慎重に言った。「それは国にとって重大な問題になるだろうな」
「その通りだ」グラディーン伯爵は同意した。「十年の空位期間を経て、今更王族が現れたら、政治的混乱を招くだろう」
「しかし」セリーヌは思わず口を挟んだ。「もし正統な王子なら、王位継承権は彼にあるのではないですか?」
グラディーン家の人々が彼女を見た。イオルフの目に怒りの色が浮かび、伯爵は眉を上げた。
「理論上はそうだ」伯爵は言った。「だが、国はすでに新しい統治形態に移行しつつある。大司教を元首とする貴族評議会だ。これは時代の流れだよ」
「王なき我が国は、より安定している」イオルフが付け加えた。「一人の王よりも、多くの賢人による統治の方が優れているのだ」
セリーヌは反論しようとしたが、父の警告の視線を感じ、黙った。
「いずれにせよ」グラディーン伯爵は話を戻した。「その噂が真実かどうか、我々はすぐに知ることになるだろう」
「どういうことだ?」侯爵が尋ねた。
「我々の部下が、今日北の森で二人の旅人を発見した」伯爵は説明した。「ヴァレンシュタイン学院からの使者と、彼に同行する若者だ。若者は逃げたが、使者は捕らえた」
セリーヌの心臓が止まりそうになった。マーカスが捕らえられたのだ。そして、レオハルトは逃げた。彼は無事なのか。
「そして?」侯爵は表情を保っていた。
「使者は頑固に口を閉ざしている」伯爵は少し苛立ちを見せた。「だが、アザゼルならすぐに真実を引き出せるだろう」
アザゼルはわずかに微笑んだ。「読心術を使えば、どんな秘密も明らかになります」
セリーヌは恐怖を感じた。もしマーカスの心が読まれれば、レオハルトの正体も、ヴァランティーヌ家の関与も明らかになってしまう。
「残念ながら」伯爵は続けた。「使者はなぜか意識を失ったままで…」
「呪術の防護があるのでしょう」アザゼルが説明した。「学院の術は侮れません」
「ヴァレンシュタイン学院」侯爵は考え深げに言った。「確か王家との関わりが深い学院だったな」
「その通り」伯爵の目が鋭くなった。「学院長のルドルフは、先王の側近だった。我々は彼を常に監視している」
「もし王子が生きていて」イオルフが言った。「彼の後ろには必ずルドルフがいるだろう」
話はそこまでだった。会話は他のトピックへと移り、料理が次々と運ばれた。セリーヌは食欲を失っていたが、少しずつ口をつけるふりをした。彼女の心は森の中のレオハルトと共にあった。彼は無事に学院へ辿り着けただろうか。
食事が終わり、音楽と踊りの時間となった。イオルフがセリーヌにダンスを求め、彼女は断る理由がなかった。彼の腕に導かれ、セリーヌは舞踏フロアへと向かった。
「美しい踊りだ」イオルフは彼女をリードしながら言った。「学院の従者に習ったのか?」
彼の言葉に意図的な皮肉を感じ、セリーヌは緊張した。
「様々な先生に習いました」彼女は曖昧に答えた。
「セリーヌ」イオルフの声が低くなった。「あなたは賢い女性だ。愚かな選択はしないと信じている」
「どういう意味ですか?」
「もし王子の噂が本当で」彼は彼女の目をまっすぐ見た。「もしあなたがその件に関わっているなら、危険な道を選んだことになる」
「私はただの侯爵の娘です」セリーヌは冷静に答えた。「政治には関わりません」
「そうであることを願う」イオルフは言った。「私はあなたに好意を持っている。危険な立場に立たせたくはない」
音楽が終わり、二人は離れた。セリーヌは息苦しさを感じながら、新鮮な空気を求めてバルコニーへと向かった。
夜空には星が瞬き、遠くの森は月明かりに照らされていた。セリーヌは手すりに寄りかかり、深く息を吸った。
「考え事ですか?」
振り返ると、アザゼルが立っていた。彼の突然の出現にセリーヌは驚いたが、表情を保った。
「少し息抜きが必要だったのです」
「素晴らしい夜ですね」アザゼルは空を見上げた。「星々が明るく輝いています」
セリーヌは黙って頷いた。この男の近くにいることが不快だった。彼は人の心を読む能力を持つというのに。
「セリーヌ様」アザゼルは突然言った。「星の力を信じますか?」
「星の力?」
「星は私たちの運命を導くと言われています」彼は説明した。「そして、時に星は失われた者を導き戻すとも」
彼の言葉には明らかに何か意図があった。セリーヌは警戒した。
「興味深い考えですね」彼女は曖昧に答えた。
「先日、町の星占い師に扮したとき」アザゼルは静かに言った。「あなたの従者に特別なものを感じました」
セリーヌの心臓が激しく鼓動した。「私の従者?」
「ええ、レオンという若者」アザゼルは彼女の反応を見ていた。「彼はどこにいるのですか?今夜は見かけませんでしたが」
「彼は…別の任務で出かけています」セリーヌは平静を装った。
「そうですか」アザゼルの目が青く光った。「彼の心には壁がありました。しかし、壁の向こうに何があるのか、私は感じ取れなかった」
セリーヌは黙っていた。何を言っても危険だった。
「もし彼が戻ったら」アザゼルは言った。「ぜひお会いしたいものです」
「伝えておきます」セリーヌは冷静に答えた。
アザゼルは頭を下げ、静かに立ち去った。セリーヌは彼が去るのを見届けてから、安堵のため息をついた。彼は明らかにレオハルトのことを疑っている。しかし、完全には確信していないようだった。
バルコニーに一人残されたセリーヌは、再び星空を見上げた。北の方角、レオハルトが向かった方向を見つめる。
《無事で》彼女は心の中で祈った。《そして、約束を忘れないで》
* * *
一方、森の中を駆けるレオハルトは、既に追っ手を振り切っていた。彼は馬を急がせながらも、道を見失わないよう慎重に進んでいた。月明かりが林道を照らし、彼の道標となる。
マーカスを置いてきたことへの罪悪感が彼を苛んでいたが、今は使命を果たすことに集中せねばならなかった。学院に到着し、ルドルフ学院長と会い、残りの記憶を取り戻す—それが最優先事項だった。
「北の星…」彼は呟きながら、空を見上げた。北極星が彼の進むべき方向を示していた。
突然、馬が不安げに鼻を鳴らし、立ち止まった。レオハルトは周囲を警戒した。静寂が不自然だった。
彼は馬から降り、剣を抜いた。「誰かいるのか?」
「王子様」
低い声が聞こえ、木々の間から一人の男が現れた。年配の男性で、猟師の装いをしていた。
「誰だ?」レオハルトは剣を構えたまま尋ねた。
「お忘れですか」男は微笑んだ。「トーマスです。かつてオルシニ城で猟師頭を務めていました」
レオハルトは記憶を探った。トーマス…確かに何か親しみを感じる名前だった。断片的な記憶の中に、彼と森で狩りをする少年時代の光景がある。
「トーマス…」彼は剣を下げた。「覚えてはいるが、記憶がまだ完全ではない」
「学院長から、あなたの状況は聞いています」トーマスは頷いた。「私はあなたを学院まで案内するよう命じられました」
「マーカスは捕らえられた」レオハルトは言った。「グラディーン家の者たちに」
「知っています」トーマスは厳しい表情になった。「だからこそ、急いで学院へ向かわねばなりません。彼らはすぐにマーカスから情報を引き出すでしょう」
「読心術で?」
「その通りです」トーマスは頷いた。「アザゼルの術は強力です。学院の術師たちもマーカスに防護を施しています。しかし、それでも時間の問題です」
レオハルトは馬に戻り、トーマスも自分の馬を林の中から導いてきた。
「この先に秘密の道があります」トーマスは説明した。「表の道よりも速く学院へ辿り着けます」
二人は馬を並べて進み始めた。月明かりの下、森はより深く、また神秘的に見えた。
「トーマス」レオハルトは質問した。「オルシニ城での私の子供時代について教えてほしい」
トーマスの表情が柔らかくなった。「あなたは活発なお子様でした。常に兄王子と一緒に冒険し、時には私を悩ませるほどでした」
「フェルディナンド兄さんと…」レオハルトは呟いた。その名を口にすると、より鮮明な記憶が蘇ってきた。
「はい」トーマスは続けた。「二人で城の秘密の通路を探検したり、森で弓の練習をしたり。あなたは特に乗馬が得意でした。わずか六歳で、大人用の馬を乗りこなしていましたよ」
レオハルトは微笑んだ。その記憶は温かく、懐かしいものだった。しかし同時に、失われた家族への痛みも伴っていた。
「母は?」
「エレノア王妃は優しく気品のある方でした」トーマスは言った。「音楽を愛し、あなたたち兄弟にも教えていました。あなたは特にバイオリンが上手でした」
レオハルトは驚いた。「私はバイオリンを弾けたのか」
「ええ、見事に」トーマスは頷いた。「王妃は常に『レオハルトは音楽に魂を込める才能がある』と言っていました」
それがレオンとしての彼がバイオリンに親しみを感じていた理由かもしれない。記憶は封印されても、体が覚えていたのだろう。
「そして、聖アンジェリカ修道院について」レオハルトは尋ねた。「私の夢にしばしば現れる場所だ」
トーマスは意味深な表情をした。「修道院は王家と深い繋がりがあります。あなたはそこでよく遊んでいました。特に、中庭の赤いバラの下で」
「そこで誰かと会っていたような…」レオハルトは言いかけて止まった。セリーヌに似た少女の姿が記憶に浮かんでいた。
「その通りです」トーマスは言った。「しかし、その詳細は学院長から聞くべきでしょう」
彼らは森の奥へと進んでいった。道は険しくなり、時に馬から降りて歩かねばならないほどだった。しかし、トーマスは確かな足取りで彼を導いていた。
「これほど森に詳しいとは」レオハルトは感心した。
「十年間、この森で暮らしてきました」トーマスは説明した。「王家が崩壊した後、私は城を離れ、ここで隠れ住みながら、あなたの帰還を待っていました」
「私のために?」
「はい」トーマスは真剣な顔で言った。「私を含め、多くの者たちがあなたの帰還を待っているのです。真の王の帰還を」
レオハルトは黙って頷いた。彼の肩にのしかかる責任の重さを感じずにはいられなかった。
夜が更け、彼らは小さな小屋に辿り着いた。森の奥深くに隠された猟師の小屋だった。
「今夜はここで休みましょう」トーマスは言った。「明日の夕方には学院に着けるはずです」
小屋の中は質素だが清潔で、暖炉があり、二つの寝台が用意されていた。トーマスは火を起こし、簡素な食事を用意した。
「トーマス」レオハルトは食事をしながら尋ねた。「私が王になれば、国はどうなると思う?」
トーマスは思案するように黙った後、静かに答えた。
「困難は多いでしょう。十年の空位期間で、貴族たちは権力を握ることに慣れてしまいました。彼らはあなたの帰還を望んでいません」
「グラディーン家のように?」
「彼らが最も強硬です」トーマスは頷いた。「しかし、民衆は違います。彼らは今の統治に不満を持っています。税は重く、法は不公平で、貧富の差は広がるばかりです」
「民衆は王の帰還を望んでいるのか?」
「彼らは公正な統治者を望んでいます」トーマスは言った。「それがエドガー王の息子であれば、なおさら喜ぶでしょう」
レオハルトは黙って考え込んだ。彼は王として国を治められるのだろうか。レオンとしての二十一年の人生では、そのような訓練は受けていない。
「心配しないでください」トーマスは彼の不安を見抜いたように言った。「あなたの記憶が完全に戻れば、王としての教育を受けた記憶も戻ります。そして、あなたには多くの支援者がいます」
「それでも」レオハルトは言った。「十年前の国と、今の国は違う。私は時代に合わせた統治をしなければならない」
トーマスは驚いたように彼を見た。「賢明なお考えです」
「絶対王政の時代は終わったのかもしれない」レオハルトは続けた。「私が王位を取り戻したとしても、貴族や民衆たちと協力して統治する必要があるだろう」
「立憲君主制ですか?」
「そのような形になるかもしれない」レオハルトは頷いた。「重要なのは、公正な統治だ。人々が平和に暮らせる国にすることだ」
トーマスは敬意を込めて頭を下げた。「あなたは確かにエドガー王の息子です。彼もまた、常に民の幸せを第一に考えていました」
夜が更け、二人は寝台に横になった。レオハルトは天井を見つめながら、これからの道のりを考えていた。学院に着いた後、記憶を取り戻し、そして国へ戻る。危険と困難が待ち受けていることは明らかだった。
しかし、彼の心の奥には別の思いもあった。セリーヌへの約束。全てが終わったら、彼女のもとへ戻ると誓ったのだ。
彼は胸元に手を当て、彼女からもらったペンダントを握った。星の形をした銀の装飾が、彼に勇気を与えてくれるようだった。
《セリーヌ》彼は心の中で呼びかけた。《必ず帰る。そして、王としてではなく、一人の男として、あなたに求婚する》
その決意と共に、彼は眠りについた。
* * *
ヴァランティーヌ家の館では、晩餐会が終わり、客人たちは各々の部屋へと引き上げていた。セリーヌは自室に戻り、リリスに手伝ってもらいながらドレスを脱いでいた。
「どうでしたか?」リリスが小声で尋ねた。
「緊張の連続だったわ」セリーヌは疲れた声で答えた。「グラディーン家は明らかにレオハルトのことを知っている。マーカスが捕まったらしいわ」
「それで」リリスは驚いた。「レオハルト様は?」
「逃げ切ったみたい」セリーヌは安堵のため息をついた。「でも、彼らはすぐに追うでしょう」
窓の外を見ると、星空が広がっていた。北に向かって伸びる森の暗い影が見え、その向こうには山々のシルエットがあった。レオハルトは今どこにいるのだろう。無事でいてほしい。
「明日、グラディーン家は帰るの?」リリスが尋ねた。
「いいえ」セリーヌは首を振った。「三日間滞在する予定よ。きっとレオハルトを探し続けるつもりなのでしょう」
リリスは心配そうに眉をひそめた。「彼らがここを拠点にして捜索するなら、危険ですね」
「そうね」セリーヌは窓辺に立った。「でも、父も警戒している。彼らに手出しはさせないでしょう」
リリスはセリーヌのナイトドレスを用意しながら、ふと尋ねた。「お嬢様、もしレオハルト様が戻ってきたら…」
「彼は戻ってくるわ」セリーヌは確信を持って言った。「約束したから」
「いえ、戻ってきたとき」リリスは言い直した。「彼は王になる。そして、あなたは…」
「侯爵の娘」セリーヌは静かに言った。「身分の違いは大きいわね」
「それでも」リリスは優しく言った。「彼はあなたを愛していると言ったのでしょう?」
「ええ」セリーヌの頬が赤くなった。「恋愛封じの呪術が解けて、彼の本当の気持ちが表れたの」
「素敵ですね」リリスは微笑んだ。「それは運命のように思えます」
セリーヌは自分の胸に手を当てた。心は彼と共にあった。どんな困難があっても、彼を待ち続けるつもりだった。
「私たちには過去があるのかもしれない」彼女は静かに言った。「彼の夢に出てきた修道院の中庭で、赤いバラの下で…」
「お嬢様も同じ夢を見たのですよね?」
「ええ」セリーヌは頷いた。「それが単なる夢なのか、それとも本当の記憶の断片なのか、知りたいわ」
部屋の外から、廊下の足音が聞こえた。二人は黙り、じっと耳を澄ました。足音は彼女の部屋の前を通り過ぎ、先へと続いていった。
「グラディーン家の誰かでしょうか」リリスが囁いた。
「たぶん」セリーヌも小声で答えた。「彼らは館中を探りたいのでしょう」
彼女はベッドに腰掛け、深いため息をついた。「この三日間は緊張の連続になりそうね」
「気をつけてください」リリスは忠告した。「特にアザゼルには。彼は心を読む力を持っています」
「わかってる」セリーヌは頷いた。「レオハルトのことは考えないようにする…できるだけね」
彼女は窓際に歩み寄り、最後にもう一度星空を見上げた。北極星が明るく輝いている。その星は旅人を導くという。いま、レオハルトもその星を頼りに進んでいるのかもしれない。
《気をつけて》彼女は心の中で祈った。《そして、約束を忘れないで》
彼女はペンダントの形をした、小さな星の形の首飾りを握った。レオハルトに渡したものとペアの品だった。繋がりの証として、二人はそれぞれ星を持っている。
やがて、その星が二人を再び結びつける日が来るだろう。彼女はそう信じていた。




