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1,犬
短編。
薄暗い部屋でうずくまっていたのが、私の最初の記憶だと思う。空腹に耐えかね動き出そうとしたら足がもつれ、派手に転んだのを覚えている。
物音を察知して寄って来たのか、それとも膝を擦りむいた時に流れた血の匂いに誘われたのか、扉がきしむ音とともに部屋に入って来たのは一匹の犬――
目が合うなり飛び掛かられ、喉元まで出かかった悲鳴は鋭い牙で呼吸ごと止められる。耳元で聞こえる勝ち誇るような唸り声が、驚いて棒立ちするような弱者は喰われてしまうのだと教えてくれた。
前脚でお腹を抑えつけられ、両足で踏ん張ろうが体勢は変わらない。犬の口に指先を無理やり突っ込んでなんとかこじ開けようとしても――何か柔らかい部分に触れたので爪を立てて強く押し込む――
「――ギャゥ!!?」
どうやら眼球に触れたみたいで犬は悲鳴をあげて飛び退り――そのまま戻って来なかった……
盛大に咳込み、息を整えながら身体を起こす。
勝利の余韻も死にかけた恐怖も無い。
喰われかけた理不尽さに喚き散らかすよりも、心を閉ざして感情を殺した方がずっと楽なことは知っていたから――――