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9.お風呂

 いたたまれなくなった俺は頭をひねる。そうだ、もう風呂が沸いたころだろう。せめて少女をきれいにして返したところで罰は当たるまい。


 では、風呂に行くと宣言し、少女についてくるように促す。何が「では」なのかは自分でもわからない。しかしここは勢いで押すべきだ。歴戦の勘が俺に告げた。



 風呂場に行くと少女は鏡に驚いていた。



 そう、我が家には最先端の鏡があるのだ。従来の金属鏡ではなくガラスと何かで作られたそれは本物と見紛うばかりの姿を映し出す。魔道具ではないらしいのだが、魔道具を買えそうな値段の一品である。あれ、魔道具でいいのでは。ゲンジさん?しかし、特にメンテナンスを必要としない点は気に入っている。ひげをそる時に活躍中だ。



 固まっている少女にこの鏡はゲンジのおすすめで購入したこと、ゲンジとは誰かなどを自慢げに語る。先ほどは何を話していいかあれほど悩んでいたのに、パーティメンバーの話であれば俺の口はいくらでも回るようだった。



 尽きそうもない話題を手に入れた俺は気をよくして風呂場に入る。湯に手を入れると少し熱めであるが、良い湯加減であった。少女の服を脱がせて座らせる。ここは湯のおかげで温かく、風邪をひくこともないだろう。



 背中側から見た少女の肌はやや荒れており、ところどころに擦り傷がある。切り傷こそないものの、打ち身の痕は複数あり、生活の厳しさが見て取れた。



 湯をかけて石鹸で洗うので、染みないように目はつぶっておくことを少女に伝える。



 少女の髪は肩につかない程度の長さであった。女の髪など洗ったことなどないが、まあ男とさほど変わらぬだろうと、ざぶざぶと湯をかけて石鹸をつける。俺の髪に比べてとても細い髪で、やたらと指に絡まるので揉むようにして洗うことにした。


 一度目は全く泡が立たず、お湯で洗い流すと明らかに髪の色が明るくなったのに気づく。二度三度と繰り返すうちに泡が徐々に立つようになり、髪も本来の色を取り戻していった。掃除は好かないが、目に見える成果があると面白いものだ。ついつい夢中になってしまう。



 そこで俺は洗面台の下に押し込んだ洗髪剤の存在を思い出す。以前引っ越し祝いにとロマがプレゼントしてくれたものだ。一度使ったら俺の髪に花の匂いがまとわりつき、リリアとロマに笑われた。腹は立ったが捨てるのも悪いので、それ以来洗面台の下に封印していたものだ。



 少女に声をかけて洗髪剤を一そろい持ってくる。確かこちらをかけて洗った後に良く流し、こちらをかけて軽く流すのだったかなと思い出しながら少女の髪を洗っていく。洗い終わる頃にはキシキシとした感覚は消え、指の間を髪が滑るようだ。まだら模様はすっかりとなくなり、髪は花の香りを纏っていた。



 もう目を開けてもいいことと、背中は俺が洗ってやるので前は自分で洗うことを伝え、石鹸の使い方は分かるかと尋ねると少女は首を横に振ったり縦に振ったりした。まあ了解ということだろう。



 少女の背中は風呂場が温かいためか、しっとりと濡れていた。これなら汚れも落ちやすかろうと、手に石鹸をつけて擦ってやる。



 少女は「ひゃん」と鳴いて仰け反った。



 驚かせたことを謝り、背中はくすぐったいかもしれないが我慢することを言い含める。



 少女はぎこちない動きで体を洗い出す。浅層の朽ちかけたウッドゴーレムの様だ。慣れていないからだろう。俺も湯船のある風呂に入るようなったのは最近のことである。



 体を洗うにはサウナでもいいのだが、営業時間がごく限られており、行きたいときに行けないのは不便だった。共同浴場の垢まみれの湯にも入る気にもなれず、それまでは川や井戸で汗を流していたものだ。



 少女の背中の泡を洗い流して一段落。どうやら前の方も洗い終えたようだ。気が付けば少女はふるふると震えていた。風呂場は温かいとはいえ水気があれば体は冷える。



 先ほど黙って背中を触り驚かせてしまったので、触ってよいかと尋ねる。ややあって「…どうぞ、お好きなように」と返答があった。


 肩のあたりを触ると少女は鼻に抜けるような声を漏らす。くすぐったがりなのだろう。触れたところはなるほど、すっかり冷えている。これでは寒かろうと湯に入らせることにした。自分もそんなに経験があるわけではないが、湯舟は気持ちの良いものだと少女にアピールする。



 湯を勧められた少女はぽかんとした顔をして、やがておずおずと湯に入った。まあ、面食らうのも無理はないが、何事にも初めてというのはある。これも経験であろう。



 一仕事終えた俺もすっかり汗をかいていた。俺も汗を流そうと湯舟に少女を残し、脱衣所で服を脱ぐ。さすがに全裸は配慮に欠けるだろうと、腰布一枚で風呂場に入った。



 少女に背を向けて体を洗う。ダンジョンに潜ったわけでも訓練したわけでもない体は大して汚れておらず、軽く汗を流すだけで事足りた。しかし、すぐに洗い終えてしまうと少女が気まずかろう。もう少し少女が温まる時間を稼ごうと頭も洗い、それが終われば再び体を洗う。幸いパーティメンバーの話は尽きそうもない。俺は話しながら体を洗い続けた。



 体洗いが何度目かのループに入ったときに湯から上がる音がして、少女が声をかけてきた。




「あの、お背中をお流ししましょうか」



 それはいいと快諾する。ゲンジとグリンの三人で川に行った時のことを思い出しながら語って聞かせた。


 あの時は震えながら岸に上がり、布で体を擦るカンプーマッツだかなんだかをやったんだ。ゲンジは俺よりも世間知らずなところがあるくせに、変なことにやたらと詳しく頭もいい不思議な男だった。グリンのやつもあれでいて好奇心旺盛なところがあるから、何でもハイハイと聞いてしまう。巻き込まれる俺には災難だ。まあ、いやではなかったが。ただ、カンプーマッツは体に良くはないと今でも思う。



 背を向けて話しているとピトリと少女の手が背中に触れる。



 その瞬間だった。ぴりぴりとした感覚が下半身を支配したのだ。尿意か、いや少し違う。



 自分の感覚を探るのに気を取られ、思わず話を止めてしまう。違和感というのは馬鹿にできない。鉄火場では自分が生き残るために体が本能的に何かを訴えてくる機能の一つでもあるのだ。



 敵意や殺意を向けられた気配ではない。



 この空間に武器になるようなものはなかった。仮に少女の手にナイフがあったとしても、魔力も技術も体重すら乗せていない刃の一撃で殺されるほど軟な体ではないのだ。そもそも背中には少女の二つの手が添えられている。



 洗髪剤の花の香りに加え、いつか嗅いだことのあるような甘い匂いに包まれながら違和感の正体を探り続ける。



 背中を這いまわる手の感触に身を任せていた時、ついに俺はその正体に気が付いた。



 もうひとつの俺が屹立していたのである。




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