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30.生死をかけて

時系列的には前話の途中から始まります

 ロマに家を任せて道を駆ける。前回の失敗があるのでやや控えめに。


 看板が見えてきたころに夕方の鐘が鳴る、時間ちょうどであった。



 酒場の入り口から顔をのぞかせると友人でもあるマスターと目が合った。とりあえず片手をあげて挨拶をする。そういえば顔を合わせるのは久しぶりだ。店が忙しくなってからは夜に顔を出していなかったので会えずじまいだったのだ。



「おお!久しぶりじゃねーか、お前ちょっとこっち来いって」



 ちょいちょいと手招きをするので仕方なく店の中に入る。ニアを連れてさっさと帰りたいのだが…ロマをあんまり待たせるのも忍びない。



「そう嫌な顔すんなって、オレとお前の仲じゃないか。一緒に童貞卒業したのを忘れたのか?」



 はあ、コイツはこんなことを言うくせに、その最初の相手にベタ惚れして猛アタックを繰り返し、ついには結婚まで漕ぎ着けたノワールの件をいじると割と真剣に嫌がる意味不明な性格をしているのだ。



 酒場が繁盛したのは俺たちのお陰だから何か礼でもしてくれるのだろうか、そうならさっさとしてほしい。



「バッカ、こうなる前からウチはやって行けてたっつーの。手が回らないからって昼の店番をオヤジに頼み込んだら殴られたんだぞ?むしろ詫びが欲しいくらいだよ」



 はいはい、そうでしょうね。本当にすみませんでした。では帰るとしよう。



「いやいや待てって。お前聞いたぞ、最近入ったニアちゃん。お前のとこの子ってマジかよ、同棲してるって事か?もうシたのか?」



 あまりにも下世話な話題に過ぎる…マジでコイツと話していると俺の精神年齢が下がっていく音が聞こえるようだ。遠くにノワールが見えたので手を振るとこちらに気づいてくれた。



「あっ、お前それはナシだろ」



「やっほー、ニアちゃんなら今着替えてるよ。裏口で待っててねー。あれ?ごめん、うちのとなんか話してた?」



 大した話はしていないとノワールに礼を言って裏口に回る。ああ、間違ってもマスターが従業員に粉をかけるようなことが無いようにくれぐれも頼むと付け加えた。



「は?なんか言ったの?あんた」



「違うんだ、本当に違うんだ…」



 後は彼女に任せよう、せいぜい絞られてくれ。



 裏口でしばし待つとニアが顔を出し、そのままこちらに抱き着いてくる。最近のルーティンの一つになってしまった。腕に力を籠めて軽く抱き返す。無意識に力を入れすぎないように意識的に力を籠めて軽く抱き返すのである。変な技術が身についてしまったものだ。



 帰り道にロマが来訪したことを知らせ、お茶を淹れてあげようとしたらお茶の場所が分からず、結局はロマに淹れてもらったことなどを話す。



「わあ、今日来ているんですか?ちょうど良かったです!実は今日のまかないで出たパイがすごく美味しかったので、一枚分けてもらえたんです。ロマさんは甘いもの好きでしょうか?あれ?そういえばロマさんは初めてお家に来たわけじゃないんですね」



 確かにニアには話していなかったかもしれない。仲間たちは何度かうちに来ていて、その時にお茶と淹れてくれていたのはゲンジかリリアだった事を話す。手順が違うのかロマは味が違うと言っていたな、初めてにしては上手く出来ていたと思うが。薬品の調合とかで慣れているせいなのだろう。



「そうだったんですね。お茶はですね、種類によってちょうどいい温度や時間が違うんです。淹れ方もゆっくり注いだり、一気に注いだりと結構難しいんですよ。えへへ、サーシャさんの受け売りですけど」



 ニアの成長を喜びつつの帰宅となったが、途中でちょっと催してしまった。そういえばお茶を飲んでからトイレに行っていない。まあ、自宅までは持つだろうと少しもじもじしながら足を動かした。



 門を開けて玄関の扉を開く。勢いよく体を動かすと膀胱に響くため、いつもよりそっと。玄関に入ってニアと「おかえり」「ただいま」を交換し、剣帯を外してトイレに駆け込む。



 ふう…かなり危なかった。用を済ませ、下の衣服を上げようとした時に探索中に聞きたくないトップクラスのセリフが耳を打つ。



「遭遇戦!」



 反射的に意識が切り替わり、同時に魔力を最高潮まで活性化させる。次の瞬間にロマの魔力の波動を感じた。



 まずい、最悪のケースの一つだ。



 スカウトのクロウは専門家のため、敵の察知能力は当然ながらパーティで一番だ。しかし、歩き回るようなやつを除き、不死生物や魔法生物と呼ばれる奴らは動き出すまで気配がないため察知は非常に難しい。そんな時に一番に敵を察知するのは魔力探知に優れたロマであった。



 この魔力波は相手の位置を感知できるそうだが、同時に自分の位置を相手に知らせる諸刃の剣である。つまり、そんなことに構っていられない危険が差し迫っているときにのみコレが発せられるということだ。そして味方である俺たちは今が危機的状況であることを悟るのである。



 俺は便座から立ち上がり、ドアを吹き飛ばす勢いでトイレの外に出て波動を感じた方向に向かう。足を衣服にからめとられたが、膂力で引きちぎる。魔力も帯びていない布切れ如きが…身体能力を完全に引き出した俺を制限できると思うなよ。お前なぞ鉄火場において防御の足しにもならん誤差だ。



 数瞬でロマを肉眼で捕捉、何故か裸でニアと対峙している。いや、展開されている障壁の範囲から見てニアの後方に脅威があり、それからニアを守っているということか?



 しかし、魔力波を放ったということは敵の位置を把握できていないからだ、それとも把握した上で守っているのか。何にせよこのままでは埒が明かない、俺が守り、ロマが敵を討つ。いつも通りで行こう。



 俺はロマの名を呼び、後方を守るため回り込み、シールドリングを装備した左手を前にして彼女を後ろから抱き込む。同時にニアには伏せるように指示を出した。その瞬間、ロマの展開していた障壁が消失する。クソ!こんな時に!おそらくシールドリングの魔力切れだ。



「は、はいっ!」



「ちょっと!?キミ!こっ、こんな、困るよ、どういうことだい!?」



 ニアは素早く地面に伏せる、一方のロマはひどく混乱しているようだ、彼女らしくもない。ロマに落ち着くように言い聞かせる、確認すべきことを確認せねば。敵はどこだ、どの方向が怪しい?



 幸いチェインメイルを身に着けているから後方は俺の体で守る。前方は攻撃のタイミングさえ掴めれば俺のシールドリングで防ぐが、俺では敵を感知できないようだ。ロマの指輪と交換するべきだろう。



「ボクも落ち着きたいが、まず落ち着くのはキミの方だねえ!ちょっ!当たっているよ!?」



 ロマが狂乱状態である、こんなことは初めてだ。なんとか落ち着かせないとこの危機に対応できない。とにかく怪しい方向に体を向けてくれ、その間に落ち着けばいいんだ、大丈夫、絶対に守って見せると耳元で告げる。



「な、なんだい急に、ちょ、ほんと待ってくれ、怪しい方向?守るどころか危ないコトになっているのが分かっているのかい!?」



 ロマがくねくねと体をよじる、クソ!柔らかいし、良い匂いがする!!考えないようにしていたが、こんな時なのに相棒がマズイことになっている。最悪だ!今は聞き分けろ!生死がかかっているのだぞ!



 もういい、相棒はこの際無視だ。魔力を練り上げ停滞した時の中で考える。彼女を何とか鎮静化する必要があるが、今しばらくの時間を要するだろう。



 ニアは伏せながらもこちらを凝視している、できれば頭も下げて欲しいが危険から完全に目を逸らすというのは怖いものだ。このような鉄火場に不慣れな故、致し方なしといったところであろう。



 ロマは先ほどから混乱状態だ。ひどく身をよじるものだから、彼女の形の良い臀部が相棒を刺激して大変危険だ。お互いが擦れる部分に何も身に着けていないのは致命的である。布切れ如きでは防御の足しにならないと言ったな、あれは嘘だ。



 この状況を打破するための装備について考える必要がある。



 現在俺が身に着けていて、有用なものはチェインメイルとシールドリングの二つのみ。せめてパンツが欲しかった。



 ロマは全裸だ、アクセサリー型の魔道具のみであろう。彼女のシールドリングはハイブリッド型の自動/任意発動型で、先ほどは任意発動していたが不幸なことに魔力切れ。一方俺のシールドリングは任意発動型のフルチャージ状態である。



 攻撃に割り振るためにロマは魔力を温存するべきだ。そして俺が感知できない攻撃に晒されたときに魔力感知に優れたロマが俺のリングで攻撃を防ぐのが良い。魔力をすべて防御に回す俺が彼女のシールドリングに魔力を充填するべきだ。仮に俺が攻撃に反応できないとしても、彼女のシールドリングの自動発動に頼ることもできる。時間を稼ぐにはこれしかない。



 ロマの左手をまさぐる。どの指だ、さっき展開したシールドリングは。ロマは補助効果を持つ物を複数所持している。当てずっぽうに外すわけにはいかない。



「キミ指を、あっ、そんな…リング?何故、いや、わかった、わかったから…薬指だ」



 俺は素早くロマの左手からリングを外し、俺のシールドリングを開いた指に嵌めてやる。彼女ならば使いこなせるはずだ。



 「あっ!それは!」



 「??さすがにボクの頭がどうにかなりそうだねえ…」



 何故かニアが強く反応している、戦いの場における高度な思考を読み取ったのだろうか。もしそうであるならば末恐ろしい。俺よりも優秀な探索者になれるかもしれない。



 ロマはここにきて急速に落ち着きを取り戻したようだ、さすがである。彼女のリングを自分の左手に嵌める前に魔力を籠めると違和感があった。リングの魔力は減ってはいるもののまだ十分に残っている、どういうことだ?



「ご主人様!ダメです!!」



 そう叫ぶと同時にニアが光に包まれる。ええ!?



 光が収まると、ニアの背中には一対の黒い翼が生えていた。…ええ?



「えええええええええ!?」



 ロマが叫び、俺の相棒も限界に達し咆哮を上げた。



§



 現在、俺は二人に謝意を示すためにドゲザの構えを維持している。安心してほしい、ロマはちゃんと服を着ているし、俺も穿いている。



 俺の罪状は余罪を無視して大きく二つ。裸の未婚女性に対して下半身を露出させた状態で後ろから組み付き、局部を擦り付けたこと。さらにはその行為を別の女性の前で見せつけた事の二件である。



 実は三件起訴されており、「婚姻の強要」があったのだが、ニア弁護人がロマ検事を説き伏せてくれたようだ。これについては身に覚えがないので助かった。



 一応説明はした。そのうえで何か申し開きはあるか、との事であるが、なにも思いつかない。ここまでの事態にまで発展してしまった上で「勘違いだ、自分は何も悪くない」等と臆面もなく言い張ることができる男がいるだろうか。仮に目の前にいたとしたら俺ならそいつを斬る。



「あの、ロマさん。ご主人様をそんなに責めないで上げてください。えっと、不幸な出来事が重なったというか…わ、悪気があったわけでもないじゃないですか」



「ニア君、君は優しいね。天使の翼というのは本当は黒いのだろう。でもねえ、悪気が無ければ何でもして良いわけではないのだよ。そうだろう?裁かれるべき点は裁かれる必要があると、ボクは思うね」



 いつの間にか翼が消えたニア弁護人は被害者でもあるのに俺を弁護してくれている。ロマ検事には響いていないようだが、涙が出そうである。しかし、彼女に甘えきるわけにはいかない、俺が償わねば。



 判決を待つ間、俺は貝のように口を閉ざし、頭を下げ続けた。

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