23.天啓
瞬く間に三週間が過ぎた。
現在ニアは最近見慣れてきたエプロンドレスを身に纏い、サーシャと二人で家事をこなしている。いつもと違ってサーシャがニアの補助をするような形で仕事を進め、ニアのスキルを見極めているようだ。
「家事についてはこれからの面もありますが、これは慣れてくれば自然と身につくでしょう。しかし、勉学の方の学習速度には目を瞠るものがあります。…やはり何かしらの教育を受けていたとしか考えられない…いえ、失礼しました。酒場での仕事という程度であれば明日にでも始めることが可能と考えます。細かい作業などは独自の作法があると思いますが、それを含めても問題ないと判断いたします」
家事についてはこの短期間で及第点をいただけたのは何より。そしてニアは俺と頭の出来が大分違うようだ、喜ばしい事である。
「本当ですか!ありがとうございます。サーシャさんの教え方が上手なお陰です、これからもよろしくお願いします」
「お褒め頂き感謝いたします。しかしながらお嬢様の学習意欲が高いためでしょう。忘れていたものを思い出すかの様な吸収力…これが若さでしょうか…」
サーシャもまだ若いだろうに。どこか遠い目をしているサーシャをそっとしておく。確か俺よりも一つか二つほど上だったはずだ。女性に年齢の話をするのは危険である。
§
サーシャのお墨付きを得て、来週から戦乙女に顔を出すことになったある日。
キッチンではニアが朝食を作ってくれている。俺はエプロンドレスがふわふわと動く様子を後ろから見守っている。
なぜ手伝わないのか、俺はサーシャにキッチン出入り禁止を言い渡されてしまったからだ。彼女曰く、手狭なところに勝手がわからないものがいるとお互い危ない。お嬢様を見つめてばかりでやりにくいでしょうから大人しく待っていてくださいとのこと。
つまり、雑魚がウロチョロするな、目つきが厭らしいから消えろ。ということだ、悲しい。
やきもきしながらもテーブルで待つと、ついにニアが食事を運んできてくれた。
「はい、どうぞ召し上がれ。サーシャさん直伝のオートミールです。冷めないうちにいただきましょう」
早速ニアの手料理を並んでいただくことにする。スプーンで掬って口に運び、食べ慣れたはずの粥を噛み締める。味付けは程よい塩味であり、チーズと燻製肉の香りが食欲をそそる。もちもちとした触感は確かな満足感を腹に与え、ニアの笑顔は最高のスパイスだ。毎日食べたい美味しさ、百点。
食事の片づけをしたらテーブルに二人で並んで勉強をする。
サーシャが来ない日はニアの自習を手伝うという形で俺も一緒に勉強をしている。実際に俺が手伝えることはもうほとんどないのが情けない。
「ご主人様、2を0.5で割ると4になるとはどういうことでしょうか」
何を言っているのかわからない。ニアはいつの間にか学者になってしまった。ふつう割ったら減るだろう。割る2、つまり敵の半分を殺せばいいのだから生き残りを数えればよい。やはり引き算でいいだろうこれ。0.5で割る?意味不明だ。これだから割り算はいけない。
「すみません、分数で割るというのがよくわからなくて、1/2を0.5に直して考えてもわからないんです。2かける2と同等…どう考えたら割る事とかける事が等しくなるんだろう」
足し算引き算は俺に一日の長があったが、割り算の登場によって俺の限界が見えた。だからと言って、わからんと言って投げ出してしまうのはニアの教育上よろしくない。俺は頭の中で敵を0.5分割するための戦いを繰り広げた。
敵の体を刃が二枚の剣で切ると三分割になることに気づく。これはヒントになるかもしれない…計算に直すと、1を2で割ると3?違う、おかしい。そうだ、敵を切ると減るから0.5かける3で1.5…つまり1を2で割ると1.5?おかしい、また増えた。こんな世界は間違っている…
敵を半分に切り分けるときに横に割くよりも、縦に割いた方がより半分に近いと考えていたあたりで俺の頭は限界を迎えた。顔を上げるとニアの姿が無い。目で探すとキッチンで昼食の準備をしているのが分かった。少々空想に浸りすぎてしまったようだ。
エプロンドレスが機嫌よくフリフリと揺れる。後ろからニアをふわりと抱きしめると良い匂いがした。俺は勉強の手伝いが満足にできないことをしょんぼりと謝罪する。
「あっ、えへへ。どうしたんですか?危ないですよ。え?お勉強についてですか、いいえ、ご主人様と一緒にできてとても楽しいです。そうだ、今夜また読み聞かせをしてほしいのですが、ダメですか?」
ダメではない。しかし読み聞かせが必要なレベルはクリアしている。お気に入りの絵本「花売りの少女」は既にニアは諳んじられる程だ。しかし詩集などの雅やかな表現が混ざるものは俺が満足に読み解けない。
「読み聞かせしてもらうこと自体が好きなんです。すごくあったかくなるというか…あ、皆さんのお話ももちろん大好きですよ。ロマさんってかっこいいですよね、冷静で、知的で…憧れてしまいます」
ニアはロマが大層お気に入りだ。パーティのブレインで最大火力、魔道具も巧みに使い分け、攻守の判断も抜群。確かに格好いい。
読み聞かせについては期待に応えてあげたいとは思うが、やはり明日にしよう。今のところ俺が耐える長短こそあれど、読み聞かせ時にニアが襲われてしまう確率は十割だ。すまない、俺頑張るから。
§
朝の鐘で目を覚ます。少し体がだるい。ここ最近ニアを抱かない日はいつもそうだ。そんな日は決まって淫らな夢を見る。俺の性欲は一体どうなってしまっているのだ…
昨夜はニアと結婚式を挙げる夢を見た。俺は仲間たちに祝福され、ニアは見知らぬ美人に抱きしめられていた。彼女の泣いて祝福を受ける姿は俺の涙を誘ったものだ。
夢の中の俺はまだ童貞で、ニアも初めてであった。そんな二人で初夜にしては大分激しく過ごした記憶が蘇る。式を挙げた教会などは、探索者デビュー前に友人である酒場の現マスターと女遊びに赴いた場所であった。さすが夢だ、実に馬鹿げている。考えようによっては俺のトラウマも大分癒えたということだろうか。
しかし、俺の煩悩にしてはいい仕事をした。
そうか、結婚か。




