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2.最高の一日

 朝、自室のベッドでぱちりと目が覚める。すっきりとした目覚めだ。



 外の様子を窓越しに伺えば、朝の鐘が鳴る少し前といったところか。先日のダンジョンの疲労はどこにも残っていない。今からダンジョンに潜ったっていい程好調である。



 今日は協会の査定が終わり、報酬の分配が確定する日だ。さすがに気分が高揚する、口元がニヤつくのを抑えるのに苦労した。



 チェインメイルの上にチュニックを重ね、剣帯を身に着けて愛剣とダガーを装着する。戦う予定はないが、荒事を取り扱うものとして最低限の武装はトラブル回避も兼ねたマナー的なものだ。まあ最低限として魔道具であるこれらは明らかにオーバースペックだが、おしゃれ用の装備なんてものは持ち合わせていないし、そんなことをするのはお貴族様か道楽者くらいだろう。



 手早く身支度を整えた俺は自宅を出る。待ち合わせまではかなりあるが、とても家でじっとしていられなかったのだ。



 集合場所はいつもの酒場だ。この辺では割高な店で通っており、常連になるのは一種のステータスでもあった。最近は油と塩がふんだんに含んだ料理を大量に食うと次の日に響く。無限に揚げ物を食べられるのは二十前半までということなのだろう。酒は昔よりは飲めるようになったが、十杯以上飲むとトイレが忙しい。



 待ち合わせまで時間をつぶしつつ、屋台で何か軽く腹に入れてから向かうことにしよう。



 市場を冷かしつつ、軽食を食む。



 昼の鐘の音が鳴り響き、世界が、人々のざわめきすらもが俺を祝福しているようである。最高の一日を確信し、酒場に向かう足取りは羽が生えているかのように軽かった。



 酒場について周りを見渡すと、一人ぽつんと席に座る東洋人を見つけた。精悍で誠実そうな顔をしており、その体は鍛え上げられているのが見て取れる。カタナと呼ばれる両手剣を扱う我らがリーダーのゲンジである。今日は俺が一番乗りだと思っていたので、驚きながら彼に声をかける。



「君こそ珍しい、いつもこうだと助かるんだけどね」



 耳が痛いセリフを聞き流し、ゲンジの向かい側に座り、店員を呼びつけてエールを二杯注文する。特別な日だからこの一杯は俺の奢りだと彼を乾杯に誘った。



「特別。そうだね。うん、そうだ。僕たちの未来に乾杯しよう」



 エールを運んできた黒髪の店員からジョッキを受け取り多めにチップを握らせる。二人で乾杯し、口に含んだエールはよく冷やされており最高にうまかった。カウンター奥のマスターにエールの味を変えたかと上機嫌に声をかけると「うるせえバカ舌」と返ってきた。いや、これは違うね。俺は違いが判る男だ。



「君に伝えたいことがあるんだ」



 そっちのエールは水で薄めてあったのかと小声で茶化す。



「真面目な話だ。聞いてほしい」



 生真面目なゲンジの真面目な話、一周回って面白い話になりそうだ。俺が顎で先を促すと、ゲンジは一呼吸置いてからゆっくりと口を開く。



「僕たち婚約するんだ。リリアからも返事はもらっている」



 俺は目を見開き、口を魚みたいにパクパクさせる。誰と誰が婚約?パーティはどうするんだ、なんでこんなタイミングで、俺も…溢れ出そうとする情けない言葉を辛うじて飲み込む。



 おめでとうと、何とかそれだけを絞り出して、乾ききった喉に残りのエールを流し込んだ。



「…ありがとう。君には一対一で伝えておかなければと思っていたんだ。リリアとも仲が良かったし」



 俺の頭の中はグチャグチャだ。どう受け止めて何を話すべきか。仲間たちにも相談しなければ…しかし内面の動揺を悟られまいと俺は追加のエールを大声で注文する。



 俺はうまく取り繕えているか、エールはまだか、他の皆はまだなのか。この気まずさをどうにかしてくれ…ようやく運ばれてきたエールに急いで口をつける、水で薄めすぎたのかエールの味は良く分からなかった。



 その後パーティメンバーが揃って分配の話が終わり、ゲンジが口を開く。



「聞いてくれ。皆も気づいているとは思うけれど、今回の報酬分でパーティの目標達成だ」



 一瞬ゲンジが何を言っているのか本気で分からなかった。俺が固まった瞬間にパーティの皆がワッと湧いて、取り残された俺は曖昧な笑顔でぱちぱちと手を叩く。



 パーティは結成時に大抵目標を定めるものだ。ダンジョン踏破、ドラゴンを討伐、世界を救うといった子供の夢みたいなのもあるが、いくら稼ぐという目標で結成されるパーティは多い。うちもその中の一つだった。



 設定された金額は当時の俺には世界を救うレベルの無理な数字に感じられ、達成前に俺か誰かか死んで未達に終わるものと思えたのだ。



 皆は口々にこれからやりたいことを語り、大いに盛り上がった。



 ゲンジは故郷に帰って畑を耕し、ライスワインを作りたいそうだ。


 リリアが恥ずかし気にそれについていくことを宣言し、二人の婚約報告が改めて行われた。


 スカウトのクロウはようやく自分の身分を買い戻せると呟いてはにかむ。


 マジックユーザーのロマはため込んだ素材の研究をしたいと語り、一生では時間が足りないと嘆く。


 前衛仲間でドワーフのグリンは細工師として再出発するそうだ。弟子が年上では師匠もやりにくかろうと髭を揺らして豪快に笑う。



 大いに騒ぎ、飲んで、食って、語った。



 俺はその輪に混ざりつつも、目に映る景色がまるで水面に映ったようにゆらゆらとしたものに見えて、夢でも見ているかのようだった。酔ったせいだと自分に言い聞かせたが、俺の近くに置かれた三杯目のエールのぬるさがそれを否定していた。



 皆と別れ、一人夜道を歩く。



 「あなたは何をしたいの?」というリリアの言葉と無邪気な笑顔が頭の中をぐるぐると回っていた。俺はなんて答えたんだっけか…そうだ、平和な日常でも謳歌すると答えたんだった。我ながら薄っぺらいセリフを吐いたものだと自嘲する。



 明日から俺は何をすればいいのだ、新しくパーティを組んでまたダンジョンに挑もうか。



 今のメンバーよりも明確に上だと思える奴らは思い浮かばない。


 仮に同等のパーティに潜り込めたとしても、一から信頼を積み上げ、連携を強化し、稼ぎが戻るころにはベテランどころかロートルに片足を突っ込んでいることだろう。現実的ではなかった。そもそも何のために稼ぐのだ。



 自宅に帰って寝て、明日になればいつか待ち望んだはずの平和な日常ってのがやってくる。金の心配もいらず、飯に困ることもない。野宿の必要性もないし、死と隣り合わせの戦いを繰り返す必要もない。



 しかし、平和な日常とどう戦えばよいのだ。親がいた時の記憶を思い出すが、すでに親もいない。頼もしいパーティメンバーには頼れない、ソロでの戦いだ。剣で切れない相手にどう立ち向かえばいい?



 こうして世界を救うわけでも、お姫様を助けるわけでもなく、俺の冒険は幕を閉じた。


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