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17.夜の蝶

 協会を出るとニアに遠慮がちに袖を引かれた。


「あの、お金が足りないのであれば、私のお金も使ってください。私、どこか働けるところがないか探してみます。後は、うーんと、サーシャさんに来てもらうのを減らして、その分私がお手伝いをするとか…」


 相談と提案ができるのは素晴らしい。基本ができているとニアを褒める。その上で、ニアが持っていたお金は自分で好きに使うこと、これから稼いだ分は、二人でどう使うか相談しようということ、生活に必要な分を引き下ろすのは差し支えないので、働き口は信用できる場所を探すこと。あとはサーシャについては彼女の働いた分は協会の売り上げにもなるためさして問題がなく、住み込みで働いてもらうことも可能であることを伝えた。



「住み込みはダメです!あっ、いえ、さすがにお金がもったいないというか。えっと、私も家事ができるようになったら日数が減ってしまうでしょうし、そうしたら失礼…ですよね?」



 ニアはなかなかの倹約家のようだ、自分の金銭感覚は世間とはズレてしまっている自覚はあるので心強い。


§


 まずは服を買いに行こう。サーシャにも忠告されたし、先ほどのマナージの反応からも一般人には見えないと言われたようなものだ。しかし、防御面に不安が残る…やはり外出用はこれでいいんじゃないだろうか。購入するのは部屋着と下着で十分だろう。



 しかし、肝心の店についての心当たりが全くない。サーシャに聞いておくべきだったかと後悔するが、ここで一つ思いつく。そうだ、ニアがいるじゃないか。基本に立ち返り、本人に聞いてみることにした。



「女性向けの服を扱うお店ですか?うーん、下着はバザーで中古の物を見繕っていたのですが、服をお店で購入した経験が…あっ」



 どうやら何か思いついたようである。やはり女性のことは女性に聞くべきであった。早速そこに行こうとニアに案内を頼む。



「姐さん…えっと、私の面倒を見てくれていた人に聞いたお店があります。教えてもらったときには私にはまだ早いかもと言われていたので、すっかり忘れていました。確かあっちのほうだったはず…案内しますね」



 ニアに連れられて目的地へと向かう。周りの様子を見ると人通りはまばらであるが、夜には賑わうだろうな思われる場所。繁華街というか、歓楽街というか、少しだけ治安のよろしくなさそうな雰囲気漂う一角にその店はあった。



<夜の蝶>という看板が目に付く。はて、蝶は夜に見かけないものだ。転じて珍しいものを取り扱っていますよという意味だろうか。インテリ担当であるロマに聞けば〇〇という蝶は夜行性でね、といった講釈が聞けるかもしれないと思いつつ入店する。



 やや薄暗い店内に入るとずらりと女物の服が並んでいた。うむ、この店で合っていそうだ。自分だけでは辿り着けなかっただろうとニアを褒める。女性向けの店だからだろうか、どこか果物のような甘い匂いがする。すこし奥に進むとなかなか年季の入った店主を名乗る女性が声をかけてきた。



「いらっしゃい、お嬢ちゃん初めて見る顔だね。可愛い顔をして男連れとはなかなかやるじゃないか。今日は何をお探しかね」



「あの、室内用の服と、あと下着を探しているんです」



「なるほどね、こちらで見立てるってことでいいかい?奥で試着もできるから、それで決めるといい。旦那、予算と種類はどうするね、好みがあればいいのを見繕うからさ」



 店の者に手伝ってもらえるならそれが良いだろう。俺は全くわからない。金額がかなり大きいなら小切手での支払いになることと、種類については良くわからないので一週間分もあればよいということ、できれば丈夫なものを頼むと伝える。



「太っ腹だねぇ、しかし、お嬢ちゃんも大変だね、こりゃ毎日する気だよ?」



 何が大変なのだろうか、毎日着替えるのが億劫になる程だと部屋着には不適当だ。なるべく脱ぎ着し易く、動きやすいものを心がけるよう付け加えた。



「ひっひっひ、旦那も好きだねえ。任せておくれよ、着たままでもできるようなのも豊富にあるからね。肌ざわりだって良いものを見繕おうじゃないか。楽しみに待ってな、お嬢ちゃんと奥で選んでくるからねぇ」




 さすがは専門店の店主である。その自信溢れる様子に間違いないだろうと確信した。何故か赤面してわたわたしているニアに店主さんとよく相談して良いものを選ぶといいとアドバイスをする。



「…はぃ、なんていうか、すみません」



 小声で謝罪するニアに、お下がりの装備から初めて自分用の装備を調達した時の初々しい気持ちを思い出して、ほっこりとした気持ちになる。



 店内の椅子を借りてしばし待つ。いたずら心で聴覚を魔力強化して店の奥の音を拾うと、二人の声が聞こえた。



「これって…んな風になってた…すね…さんが…いたまま…るのを見て、ずらしてして…と思って…した」



「ヒッヒ、そんなわけがないだろう、ずらしてなんてやるとね、相手が擦れて痛くなっちまうんだ。よほどここを選ばないとだめだね、それだって足を動かしたら戻ってきちまう。ここをあんまり細くしたりするとねえ…お嬢ちゃんだって穿いてて気になるのは嫌だろう?」



 店主の声ははっきりと聞き取れるが、ニアの声は小声で拾いにくい。しかしやはり専門の人のレクチャーを受けられているようである。うん、そのまま精進してほしいと思いながら聴覚の強化を切る。



 さらに少し待つとパンパンに膨らんだ布袋を持って二人が戻ってきた。



「いやあ、我ながら良い仕事をしたと思うよ。飽きが来ないようなのを選んだつもりさ。たくさん買ってくれたし、この袋はサービスしとくよ」



 店主を呼び寄せ、料金を尋ねて釣りはいいと支払う。こんなに買って金貨三枚にも満たないのか。とても良心的な店だと思う。袋のお礼を言って、また頼むことになるかもしれないからその時はよろしく頼むと伝える。



「まいどあり、ぜひまた来ておくれ。その時は吊るしモノじゃなくて仕立ててもいいだろうね。お嬢ちゃんと旦那ならその時は勉強させてもらうよ」



 上機嫌の店主を見るに、ニアはずいぶんと気に入られたようだ。店の者と良好な人間関係を築くのはとても大事だ。意図的に粗悪品を押し付けられるようなことを防げるためだ。



 うまくいったであろう買い物に俺も上機嫌で店を出る。後ろについてくるニアは袋を抱きしめながらおずおずと口を開いた。



「あの、こんなにたくさんすみません。高かったですよね。ご主人様の贈り物ですし、とてもうれしいです。これを着て私、頑張りますから」



 ふむ、金貨三枚などニアが着ているプロテクションローブの一割にも満たない金額である。装備品として考えればはした金であるが、あくまで心持ちの問題であり、金額の多寡ではないのだろう。買ってもらった分頑張るというのは非常に前向きで、良い心がけだ。頑張ったご褒美としてまた買いに来るのもいいかもしれないとニアに笑いかける。


「はいっ!楽しみにしていますね」


 と、素敵な笑顔で返してくれた。これだけでご褒美をあげたくなってしまう俺はきっとダメな奴なんだろうと思う。袋を持とうかと尋ねるも、ニアは袋を抱きしめて離さないのであった。さっそく愛着がわいたのだろう。にまにまと上機嫌にしている彼女から取り上げるのも無粋であろうとそのまま持たせておくことにした。


 さて、次の店に向かおうか。



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