14.はじめてのお出かけ
家を出た瞬間から魔力を活性化させる。探索は数日にわたるので必要に応じて入り切りするが、半日なら持つだろう。いつもよりも遥かに巡りの良いソレに首をかしげるが、調子が良いのなら問題ない。
しばらく歩いて俺は自分の装備選択のミスを悟る。遠隔に対してのカウンターが少ない。なぜ投石のアンサーに防御だけを想定したのだ。俺のフォローをしてくれるグリンやゲンジも、耐えていれば敵を吹っ飛ばしてくれるロマも、背後に回り致命の一撃を見舞うクロウも、回復を担うリリアもいないのだぞ。
投げ矢かスローイングダガーを持ってくるべきであった。完全に言い訳であるが、仲間と協力して化け物を相手にする俺には万能性を求める意識が低いのだ。
危険を悟ったら引き返す。鉄則だ。
ニアに振り返り謝罪をして一度家に帰還したい旨を伝えると、彼女は赤い顔をして息を荒げながら頷く。
毒系の攻撃を疑い周辺に意識を広げる。敵は見つからない。疲労、だろうか。昨夜はもっと長い距離を移動していたが、装備が重いのか。
なんにせよ撤退である。ニアを抱えあげて自宅へと走る。ブレストプレートが邪魔だ、俺も移動補助のブーツにしておきべきだったと歯噛みする。
門を蹴破り玄関を破壊する勢いで家に入る。土足?後で拭けばよい。
一刻も早くニアの状態を確認しなければとケープを外し、ローブを脱がせ、シャツをめくる。
顔色は悪くない、むしろ上気している。体温と心拍数の上昇、やや汗ばんでしっとりとした肌の感触、傷もなし、と。致命的な状態には見えない、ひと安心だ。熱中症に近いだろうか。
横に寝かせてやり、シャツのボタンを外してやるとニアが何かを口にするが聞き取れない。思ったよりも重度の熱中症だろうか、水を持ってきて口に水を含み口移しで飲ませてやる。
ニアの水の飲み方はとても独特で、舌をこちらにやたらと絡めてくる。さぞ飲みにくいであろう。それの証拠に大部分の水は彼女の瑞々しい唇の端から溢れてしまっている。ひどく艶めかしいその光景を極力無視し、こぼれてしまった分を補うべく俺は無心で何度も水をやるのであった。
二杯目の水を持ってきたときに、熱の籠った赤い瞳が俺を見つめる。俺はその瞳に目を合わせると、吸い寄せられるように水も口に含まず唇を重ねた。彼女も瞳を閉じてそれを受け入れてくれた。
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昼を知らせる鐘の音が聞こえて我に返った。
やってしまった、俺は破廉恥なクソ野郎だ。弱るニアに付け込んで襲うなど到底許されることではない。相変わらず瞬殺される相棒であるが、意気軒高な様子でまだやれると言わんばかりであった。頼むから少しだけ黙っていてくれ、ずっとは困るから少しだけでいい。
ニアに謝意を示すため、俺はベッドの上でドゲザの構えを取る。言い訳がましいが、むしろ軽蔑してくれと言わんばかりに告白する。情けないことにこういったことは昨夜が初めてであったので抑えが効かないこと。水を飲ませてやっているときからこういったことに期待していたことを懺悔した。
「やっ、やめてください、頭を上げてください。私なら大丈夫ですから!このとおり全然平気です!それに…その、私もうれしかったですし、だから大丈夫なんです!」
ありがとう、ドゲザ。おかげさまで謝罪を受け入れてもらえたようだ。しかし俺はおいそれと頭を上げることはできなかった。
おそらく俺の頭の上で元気なことをアピールしているであろうことがベッドの揺れで分かる。快活に動き回るニアの上下左右に揺れているであろうソレを見て、平静を保てると思うほどには自分への信頼は持てなかったのだ。
俺はただ頭を下げながら弾むベッドのシーツをみつめる。赤い点が見えた、血痕?であろうか。朝にはなかったと思うのだが…白い波にもまれて思考がまとまらない。服を着ることを提案するのを思いつくまで、しばらく俺は伏して許しを請うのであった。
まだ十分にある携行食を昼食に並んで食べていると、ひどくご機嫌な様子のニアに心癒された。その後二人で仲良くして、夕食を取り、また仲良くしながら気を失うように就寝する。
こうして初めてのお出かけは失敗したのであった。