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13.目覚め

 朝の鐘で目が覚める。


 不安に駆られて横を見ると、向こうを向いてニアが寝息を立てていた。



 ほっと胸を撫で下ろす。昨夜の出来事はあまりにも俺にとって都合が良く、夢ではないかと思えたからだ。もしそうだったら立ち直れそうもない。



 寝姿を見つめるのも趣味が悪かろうと、よく眠るニアを起こさないように静かにベッドから這い出した。体を拭き清め、顔を洗い、ひげをそる。鏡は今日もくっきりと俺の姿を映し出す。改めて昨夜の気遣いに感謝をした。



 そっと寝室に戻り、脱衣所に置いたままであったニアのシャツを置いておく。女物の服を買わねばならんなと思うが、生憎と装備品を置いてあるような店以外に心当たりがない。後でどうにかしようとその場を離れることにした。



 水を汲むために外に出る。空は青く澄み渡り、とても良い天気であった。



 日常生活とは何をすればよいかが分からなかったが、考えてみればやること、決めることは無数にあった。朝飯をどうするかだって決めていないし、先ほど思いついた服のこともそうだ。一緒に暮らしていくのだからいろいろと必要になるものもあるだろう。パーティと一緒だ。ニアと相談して決めていこう。


 そう決めると心が一気に軽くなった。


 家の中に戻るとニアに似た天使が立っていた。



 そいつは俺がニア用にと置いたシャツを勝手に着ているではないか。けしからんと俺が訝しげにしていると、はにかみながら挨拶をしてくる。



「おはようございます」



 いや、ニアなのか?ちょっと自信がない。



 俺はぽかんとして「おはようございます」とオウム返しに挨拶を返す。



 潤んだように輝く青緑の瞳、煌めくピンクブロンドからはぴょこりと尖った耳が存在感を主張する。シャツから飛び出したしなやかな肢体は傷どころか、染み一つ見つからないような瑞々しさを湛えていた、周囲は光の粒子を散りばめたように見えて、いっそ神々しさすら感じる。



 ニアとの共通点は多い。いや、パーツは同じだ。しかし圧が違うというかなんというか…ダンジョンの浅層で見かける奴を深層で見かけた時のような、何かが決定的に違っているように感じる。



 飯を腹いっぱい食って一晩寝たら体調が万全に整うという若さゆえの特権なのか。いや、たった一晩で霊薬を飲んだのかと疑うような変化があるとは考えにくい。それとも、コレがアレだろうか。恋は盲目というものなのか、ゲンジの言うアバターモエクボなのか。まさかわが身に降りかかるとは全く予想できなかった。



 混乱から立ち直れず、恐る恐る「ニアさんですか?」と尋ねてみる。



「はい、あなたのニアです」



 満面の笑みである。ニアは天使で天使はニアだった?さらに深く混乱した俺は「それはよかったです」と返して硬直する。



 ニコニコとこちらを見つめる瞳に射抜かれて俺は立ち往生してしまう。ダンジョンで困ったときは目の前の敵を殺せば大抵は解決した。しかし、敵がいないこの状況をどうにかする方法が見当たらずに時間だけが過ぎていく。



 俺がまごまごしているとニアの眉毛が下がっていく、ダメだ、まずい、行動を起こさねば、見ていろ!俺はやるぞ!!



「「あの」」



被った。クソすぎる。今すぐ敵を出せ、ニアに見えないところでミンチにしてやる。



「あの、えっと、ごめんなさい。お先にどうぞ」



 先手を打たれてしまったか…しかし一度火をつけた俺の心はそう易々と鎮火はしない。ダンジョンで何度も奮い立たせてきた歴戦の心である。裂帛の気合を込めて口を開く「あさごはんたべましょう」と。



「あっ…はい、私も手伝いますね」



 手伝ってもらえるのはうれしい、しかし俺は料理ができない。我が家のキッチンはパーティメンバーが使ったことがあるが俺は一度もない程だ。まともな食材も無い。携行食を煮たり焼いたりはできそうではある。しかし、ニアに昨日食わせていたような携行食を食わせる?否だ。あんなもん後で俺が全部食う。いつも俺はどうしていた?そうだ、市場で買って食っていた、外出だ!外に行こうと誘いかける。



「私もついていっていいんですか?」



 もちろんだが?なぜそんなことを聞くか理解できなかったが、回りだした俺の頭脳が答えを導き出す。


 装備だ、装備が足りない。



 ニアは靴もないのだ。装備品はシャツ一枚、これではさぞ心細かろう。俺の仲間になったようなものだ、パーティ間で装備を融通するのは常識である。



 俺はもちろんだと返し、ちょっとここで待つように言って大急ぎで装備品置き場に走った。

 体力がないであろうからと後衛用の装備を見繕う、武器は護身用だけで十分だろう。認可もないし、敵は俺が斬ればよい。



 シャツの上から容易に装着できるものとして、まずはプロテクションローブ。

 中層位からの後衛の御用達だ。これはクリーム色をしており、汚れが目立つからと女性陣から敬遠されて死蔵していたものだ。魔術、刺突、斬撃に対してとくに強い抵抗を見せる。遠隔攻撃に抜かれることの多い後衛にはありがたい逸品であり、打撃耐性こそ低いものの、そもそも後衛が直接殴られる事態は避けねばならない。基本的にタンク役の前衛は死んでも死んではならないのだ。



 その上にフード付きのハーミットケープ

 手練れのスカウトが好んで装着する。見えなくなるわけではないのだが、不思議と悪意を持った敵から認識され難くなる効果を持っているものだ。色はワインレッドで、クロウはこれを嫌がっていた。今は黒色のケープに交換したのでこれはクロウのおさがりである。血がついても目立たなくてよいと思うのだが。



 足元には風切りのブーツ。

 素直に移動補助をチョイス。基本的にパーティは足並みをそろえて行動するので、特定個人の移動速度が上がっても恩恵はないのだが、後衛陣曰く疲れが違うらしい。前衛は防御力を重視した装備にするので体感したことはないが間違いないだろう。



 そして護身用の短剣に蜂の一刺し。

 対人の護身用としてコレを持っておけば問題ないだろうという鉄板装備である。普通の鎧相手であればチェインメイルもろとも容易に貫く貫通性の高さ。気軽に手を出したならば一人目だけは刺し違えてでも殺すという専守防衛が形になったような一品だ。化け物相手には殺傷力が乏く持て余していたが、良い使い道が見つかったものだ。



 魔道具の装備一式を身に着けたニアを見つめる。ふむ、攻撃に参加しないのであればなかなか高バランスにまとめてあると自画自賛した。中層に挑むのであれば十分すぎる装備であろう。とても似合っていると声をかける。



「えっと、あの…はい、ありがとうございます。うれしいです」



喜んでいただいて何よりだ。装備をいじっていたお陰か、俺はすっかり冷静さを取り戻していた。やはり魔道具は良い。



 俺もいつもの外出用装備を身に着ける。しかしそこで気づきがあった、打撃防御力に乏しい。さすがに街中に盾は持っていかないが、そうすると投石に対しての防備が薄い。俺一人であれば何とでもなるが今日は守るべき対象がいるのだ。



 しばし悩んだが、ブレストプレートだけ装着することにした。これでニアに向かう投石に対して体を滑り込ませて守るのが容易になるだろう。



 ニアはブレストプレートを身に着ける俺をキラキラした目で見つめていた。打撃防御に対する判断を褒めてもらえたようであるな。ベテランの良いところを見せられた気がして俺もうれしかった。



「あの、出かける前で申し訳ないのですけど、私のローブを回収してもいいですか?私の面倒を見てくれた人からもらった大事なものなんです」



 俺はあのぼろ布を思い出し、口に出さなくてよかったと密かに安堵する。


 ローブは外のタライに入れたままであること、そこに入れておけばハウスキーパーに洗濯してもらえることを伝える。家を空けることが多かったので週一でも十分だったが、二人になったし掃除や洗い物も増えるだろう。週三くらいが妥当だろうか。



「私の分まで洗濯をしていただくのはもったいないです。私の方でやらせていただけませんか?せめて働き口が見つかるまではお手伝いさせてください」



 良い娘である。ジンとしてしまった。しかし働き口については以前の仕事を否定するわけではないが継続することは許容できない。リスクが高すぎると反対する。ただの独占欲から出た言葉である。



「もちろんです。あなた以外に許すつもりはありません、絶対に」



 見惚れるような笑顔、俺の厭らしい下心も見透かした上で赦してくれているのではないかと甘えた考えが脳裏にちらつく。勝手に返答しようとする相棒を意志の力でねじ伏せ、中腰で井戸まで歩いた。こいつちょっと俺の意思に反しすぎだろう…



 気まずさを誤魔化すように、出かけるついでに他に回収するものはあるかと問いかける。



「いえ、その日払いの木賃宿に身を寄せていたので大したものはありません。お金もローブに縫い込んでありますし、しばらく分の滞在費はお支払いできるかと」



 何か勘違いしているので改めて言っておく、ニアはもう俺の身内のようなものであり、ここは我が家と思ってもらいたいと。



「ありがとうございます…精いっぱい頑張りますので、これからよろしくお願いします」


 背中から聞こえる声は涙交じりの物であったが振り向かなかった。一緒に住む以上当たり前のことであるし、今振り向いたら相棒の醜態を見られてしまう。それでは恰好がつかんだろうと、俺は中腰のまま歩を進めたのだった。 



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