11.ニア
俺は自分の感情をうまく呑み込めなかった。あれ以来、何をしても反応のなかった半身が急に復活したのだ。
当然ながら感動というか、感慨深いような喜びはある。
もうダメかと半ば諦めかけていた事もあり、僥倖であるといった気持ちや、助かったというような安堵感。なぜ今になってという疑問、自分はいつしか年下趣味になっていたのだろうか、しかし間違って男に対して復活しなくてよかったという思い。
ビビらずにさっさとそういった店にでも行くべきだったかという後悔。
そういった方面に金を使わず、装備を充実させたおかげで今があるのだという自負。
そして、またすぐにダメになってしまうかもしれないという強い不安を感じた。
思考の海に浸かっていると突然背中にぬるっとした柔らかいものが押し当てられる。無意識にそれを振り払おうとする体をなんとか自制したが、体が仰け反ってしまった。後頭部が固いものにぶつかった鈍い音と共に、少女の「うっ」という声が響く。
とっさに振り返ってしまった。少女を至近距離で真正面から見てしまう。
俺の目に映るすべての物がアンバランスに感じた。やや小柄な体躯に似合わぬ大きめの胸とぷくりとした突起。腰から下は女性らしいカーブを描きつつありながらもつるんとした下半身。そして、衝突した痛みを堪えているはずの、あどけなさを残す顔に浮かぶ妖艶な表情。
目を逸らせばよいと思うものの、吸い込まれるようにそれらから目を離すことができない。
俺はとっさに少女を抱え、風呂場から飛び出す。自分はきっとひどく厭らしい表情をしているだろうと思いながら鏡の前を通った。鏡は自らを湯気で曇らせており、ひどく俺を安心させる。
寝室のベッドに少女を横たわらせ「いいか」と問うと、笑みを浮かべて了承してくれた。
思わず覆いかぶさると少女は高く足を上げる。あの時の困難はなんだったのかと思うほど容易に俺は少女の中に吸い込まれていった。
俺は童貞を捨てられたのだ。他人から見れば取るに足らない事かもしれないが、十数年越しの卒業に俺は何か特別なものを感じた。俺がこれまでやってきたことは間違っていなかったと報われたような気がして、この少女に救われたのだと強く思った。
中ほどまで進んだところで一つ悟る。
もう動けない。進もうにも、戻ろうにもすでに限界だった。
進退窮まった俺はどうしようもなくなり、少女に話しかけようとしてはたと気づく。俺は彼女の名前を知らない。こんな場面で、おいとかお前と呼びかけるのは違うだろうと今更ながらも名前を尋ねることにしたのだ。
彼女は困ったように笑い「私、名前ないんです」とだけ答える。
俺は彼女の境遇を思い知った。そしてとても嫌な想像をする、してしまった。
もし、俺が彼女とここで別れたとする。彼女はこれまで通りの生活に戻るだろう。俺の知らない男に対してこういう行為を続けるはずだ。俺が丹念に洗った花の香りを纏う髪を握ったり、汚したりするやつもいるだろう。想像の中で泣き叫ぶ少女の髪を乱暴に掴んで笑う男の顔は、俺から逃げ出した男の顔だった。
許せるわけがない、断じてだ。
俺は彼女にそばにいて欲しいと乞う。今日だけではない、ずっとだ。その願いを込めて「ニア」という名前を捧げる。彼女は涙を浮かべてその名を受け入れてくれた。
その瞬間動いてもいないのに、ニアがうねりだし、あっさりと限界を迎えた。俺は必死に彼女に抱き着き、名を呼びながら果てた。彼女は腕の中で身をよじりながらも強く抱き返してくれる。俺の半身が脈動すれば、それに呼応するかのように蠢動を返し、それによりまた脈動をする繰り返し。
その長い長い果てを経てもなお、半身は熱を失わず、積年の借りを返さんと言わんばかりであった。相棒をこんなに頼もしく感じたのは初めてだ。泣ける。
その後、相棒は何度打ち取られても、死を恐れぬ戦士のように幾度となく立ち上がり、その都度ニアによってあっけなく討ち果たされた。ニアに励まされて立ち上がり、ニアによって倒されるというマッチポンプのような戦いが十を優に超えた時、相棒はまだやる気のようであったが俺に限界が訪れる。
俺はすまないと呟き、ニアを潰さぬように気を付けながら気を失うように眠りについた。