10.少女の日常4
主人公と別視点になります
風呂に行くと言われて少し驚く。姐さんが嫌そうに語ってくれた話で聞いたことがある。
大きいお屋敷みたいなお店があって、そこに私たちのような女の人が住んでいるそうだ。前に姐さんもそこに住んでいたらしく、いけ好かない連中だと言っていた。
そのお店にはお湯を張られた大きなタライのようなものがあって、それが風呂というものらしい。その話になると姐さんの機嫌がすこぶる悪くなるので詳しい話は聞けなかったのだが。
私と一緒にそのお店に行くということだろうか、それともその店に住まわせられるのか。姐さんの言っていた世界が見られるかもしれないという好奇心と、姐さんの嫌う何かへの不安はあったが、彼はお家の入り口とは逆方向に私を誘うので首をかしげながらも付いて行く。
彼がお家の奥まった場所のドアを開けると目の前に大きな鏡があった。姐さん秘蔵の手鏡の何倍も大きく、何倍もはっきりと映し出される姿に驚く。何よりも私に衝撃を与えたのは、自分のまだらに汚れた髪だった。鏡に映った彼の隣にいる私は、ひどく分不相応に感じられて、私を映したことで鏡を汚してしまったような申し訳ない気持ちになる。
彼は明るい口調で鏡を購入した経緯や、ご友人の話をしてくれた。暗くなった気持ちがつられてすこし上向きになる。この人には救われてばかりだ。
服を脱いで小さな椅子に座る。不思議とこの空間は温かく、湿っていた。頭にお湯をかけてもらい、石鹸で洗ってもらう。初めての体験と高級品の登場に私の思考は固まってしまう。
言われたとおりに強く目をつむり、頭に触れる彼の指の感触に身を任せる。何度かお湯をかけてもらったときに彼が一度離れ、頭に何かをかけてくれる。それはお花畑を凝縮したような良い香りがした。ひどく滑らかに頭をなでる彼の指の心地よさと、良い匂いが合わさって天にも昇る気持ちよさだ。
どうしよう、石鹸も使っていないのに下半身にぬるりとした感触を感じる。下半身のムズムズを堪えていると彼が背中を洗ってくれるという。
正直あまり余裕がなくて、申し訳ないとかの気持ちは浮かばなかった。不意に彼の手が私の背中をなでた瞬間、体の中を甘い電流が走り抜ける。
思わず声が出てしまい、仰け反ってしまう。人生で二度目の絶頂であった。
ちかちかした視界の中で姐さんの声が聞こえた。
「客の中にはね、ひどく厄介なのがいる。ああ、首を絞めてくるようなのもそうなんだが、毛色の違うのがいてね。逆に舐めさせてくれとか、触らせてくれってのがいるんだよ。大抵はこっちの反応を見て楽しむのが目的なんだろうが、こっちが気をやるまで責めてきて、耳元で優しい言葉を紡ぐのさ。まあ疲れるが悪い気はしないもんだ。でもね、これにコロッと騙されて男に貢いじまう女の多い事といったら。奴ら最初からそれが狙いなのさ、そんなのに食い物にされないためにね、気をやるってのがどんなもんか教えてやる。一回だけだよ」
そう姐さんは言うと、私の体で気をやるということを教えてくれた。
姐さん、背中を触られただけでこうなってしまうことは良くあることなんでしょうか。
息を荒げないように背中を撫でまわす感触に耐え、なんとか前を洗う。お湯をかけてもらうと熱を帯びた体がほんの少しだけ楽になったような気がした。
体を落ち着けていると彼が触ってもいいかと聞いてくる。
助けてください、姐さん。もっとすごいことをされたら耐えられそうもありません。
しかし、姐さんはここにいないのだ。それに私は彼にお礼をすると決めたではないか。自分を鼓舞し、覚悟を決めて彼の好きにしてくれるように答えると、彼は肩に触れてくる。気合を入れていたお陰か、気をやるような醜態は晒さずに済んだ。少し声は出てしまったが。
すると彼は体が冷えているからお湯に入れという。肩透かしもいいところだった。彼が口にした、経験があまりない、気持ちいいという単語が頭の中から離れない。姐さん私を叩いてください。
お湯に浸かり、ぼーっとした頭で彼の引き締まった後姿を見つめる。
彼はご友人の話をしてくれた。顔は見えないがきっと優しい顔をしているであろうことは容易に想像できる。
事が済んだ後に話を聞かせてくるのが好きなお客さんは結構いる。それは姐さんがしてくれたようなお話ではなく、自慢話や誰かの悪口、ひどい人はまじめに働けと言って来る人もいた。とても聞いていて楽しくなるような時間ではなかった。
彼の話はそのどれもと違っていて、ご友人のゲンジさんは変わっているが物知りで頼りになるとか、クロウさんの度胸はマネできるものではないとか、グリンさんの絶対的な安定感はすごいとか、ロマさんの頭の良さは随一だとか、リリアさんの治癒の腕は超一流であるとか、皆さんのことが本当に好きなのであろうことが良く伝わってきた。
おそらく女性であろう方のお話を聞いた時は不思議と胸のあたりがちくりと痛んだ。
彼の体を洗う姿をじっとみつめていると、背中がよく洗えていないことに気づく。先ほど洗ってもらえたように私も洗ってあげようと思いついて立ち上がる。
許可を求めると、嬉々として受け入れてもらえた。よし、好感触だ。
上機嫌に話を続ける背中に、先ほど私が感じた心地よさの少しでも返せればと両手に石鹸をつけて心を込めて擦る。
背中に触れた瞬間、空間が静寂に包まれた。くすぐったかったのだろうか。無言で彼の背中を擦っていると自分の心臓の音がひどくうるさく感じられた。私はなぜこんなにもドキドキしているのだろう。