表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/61

第59話 朝風に包まれて

 (ヂワン)の攻撃は更に勢いを増した。

 拳打や蹴撃の当たるたび、まとった雷の爆ぜる音と光が飛び散る。


 樹羊王こと独覚(ドッカク)は、当初こそ翻弄され、苛立ちを隠せぬ様子だったが、まずは一人撃退したことと、壮の苛烈な攻撃が結局は致命傷にならぬということに、もはや悠然と受けて立つ有様だった。


 樹羊王はじっくりと狙いを定め、ここぞという瞬間、巨腕を振るう。

「まさに羽虫よなァ!」


 地面に叩きつけられる壮だったが、まだ、雷気はまとったまま。

 すかさず、その場を脱して咆哮弾の直撃を免れた。


 口角から血を流しながら果敢に攻め続ける。

 奴に悟らせぬよう、単に一箇所だけを狙うことはしない。

 決着の候補としては三箇所。

 その他にも適度に当てていくが、重点的には、左の脇腹と、右肩背面と、下半身は山羊部分の胴体右側だ。


「ただただ鬱陶しい! 生憎と、それだけのことよ!」


 だが傷は着実に、回復が遅れ始めている。

 三箇所の樹皮めいた皮膚が剥がれ落ちている。


 そのことに独覚はまだ気付いていないようだった。

 気付くはずもない。

 それだけでは決して致命傷足りえないのだから。


 澄泥(チャンニィ)は円刃で壮の追撃をしつつ、その異能であちらこちらへ瞬間移動を繰り返す。

 相手を翻弄し、咆哮弾の狙いを定められぬように……と思わせて、隙あらば独覚の傍にこっそり現れ、その巨躯のあちらこちらに術を仕込んでいるのだ。


 独覚は、大技で一息に決めるよりも、己の耐久性および道士たちの決め手のなさを利する、持久戦に舵を切ることにしたらしい。


「無駄な抵抗せねば楽に殺してやったのだがなァ、愚かしく矮小な人間どもよ」


 全身に棘という棘が生えるや否や連続発射。

 それは次々に、空を裂き、地を穿った。

 そして壮と澄泥にも、いくつか傷を負わせることに成功したのだった。


「澄泥! 大丈夫か!?」

「これを大丈夫と言うなら、死ぬこと以外はそうですわよ!」


 ふたりとも、躱し、弾いたが、全弾をとはいかなかった。

 急所にこそ刺さらなかったものの、無数の裂傷と出血が、その体力すなわち継戦能力に、どれほどの影響を及ぼすかは想像に難くない。

 澄泥は肩で息しているし、壮の逆立った髪は一部、元に戻っている。


 水珠(スイジュ)は今すぐにでも、ふたりを連れて逃げ出したい衝動に駆られた。

 未熟な己の、不確かで危険極まりない、策とも言えぬ策で、ふたりを死なせてしまうなんて、あってはならない。


 たとえ、本当にそうしたとしても、きっと、ふたりは許してくれる。

 それでも水珠は、歯を食いしばり、耐えていた。


 だって、ふたりはまだ戦っている。

 諦めていない。血を散らしながらも舞い続ける。


 世のため、人のため、師のため、奪われた命のため、友のため――。

 様々な思いを乗せて、自分を信じて戦うふたりより先には、水珠もまた諦められなかった。


 ふたりの力になりたい。

 その一心で、静かに戦い続けていた。


「――今ですわ!」


 水珠が潜む樹のほうに、奴が巨腕を振り上げながら、左の脇腹を無防備に晒した。

 まずは澄泥が、樹羊王の体に仕込んできた術を発動させる。


(しっ)!」

 すると奴の腕や肩、胴体、脚などに金の環が現れ、その動きを止めた。


 巨躯が巨躯だからか、術の維持には相応の力を要すらしい。

 澄泥は独覚に向けて二本の指を突きつけた姿勢のまま、彼女自身も固まった。

 十二枚の円刃も空中で静止している。

 その指先は早くも、ぷるぷる震え始めていた。

 喉の奥から搾り出すように唸った。


「た、頼みましたわよ、水珠! できればっ、は、はやく~っ!」


 だがしかし、水珠は未だ樹冠の中にいた。

 狙いを定められていないのだ。


 これも青き花剣の力なのか。

 独覚の邪悪なる魂を感じ取れないままだった。


(焦るな、わたし! 澄泥ちゃんなら、頑張ってくれる!)


 けれども、はっきりとわかるのは、己の鼓動が大きくなっていく様子ばかり。

 喉が渇いて貼り付くようだった。

 なのに目尻は妙に熱く、今にも零れてしまいそう。


 そうこうしているうちに、壮と澄泥が奴の脇腹で育ててきた傷も、回復の兆しを見せる。


 それに気付いた壮が雄叫びと共に、そこへ殴り掛かった。

「うおおおおっ!」


 ひたすらの連続突き。技術もなにもない。がむしゃらと言うに相応しい。

 この好機を失わせやしない。


 水珠には、その気迫が背中越しに伝わるようだった。


 異形を拘束する光の輪にひびが入る。

 かと思いきや、直り、また、ひび。繰り返す。


 この好機を少しでも長く。

 澄泥の姿は樹冠からは見えないが、その献身に感じ入る。


 一滴、水珠の頬を流れた。


 瞬間――、

「見えた!」

 樹の太い幹を力強く踏みつけ、水珠は飛び出した。


 それと同時に壮は射線上から退避。

 回転する円錐はまさしく矢の如き速さで、たちどころに独覚の脇腹は、樹皮が剥げ、青い汁めいたものの滲む傷へと突き刺さった。


「もっと、もっと深く!」

 その異形の奥底に潜む、悪しき魂にまで届かせんと、水珠は布槍の回転速度をあげる。


 光の環が砕け散った。

 すかさず独覚が、手を伸ばしてくる。


「死にぞこないがァ!」

「それは、お前だああああっ!」


 怪腕が円錐を握り潰すようにして水珠を捕らえ、引っこ抜いた。

 そして勝鬨(かちどき)をあげるが如く鳴き声をあげて、水珠を掲げる。


「はっはっはっは――ァ!」


 その腕を勢いよく振り下ろした。

 が、水珠が地面に叩きつけられることは、遂に、なかった。


「あァ?」


 独覚が思わず呆けてしまったのも無理はなかろう。

 なにせ、右腕が、根元からぼろりと、取れてしまったのだから。


 取れた腕は空中に浮いている。

 いや、浮いているのは、その手の中の水珠だ。


 彼女は、すっかり脆くなった五指を羽衣で斬り刻み、異形を見下ろした。


 なにも言うことはなかった。

 人でなしとして生き、人でなしとして死んでいくことを選んだ者に、掛ける言葉なんて、一つも見つからない。


 他の生き方ができるのなら、きっとそうしていただろう。

 そういう生き方しかできない理由があったのだとしても、今更どうしようもない。


 ただ、可哀想だと思った。


「――ふざけんじゃねえぞ」

 独覚は、せめて、とでも思ったのか。

 水珠を四つの目で()め上げながら、残る怪腕を伸ばす。


 あんなにも威勢の良かった動きも、もはや、出来ない。

 それが水珠の鼻先に届く頃には、彼の体はことごとく、灰となって朝風に攫われていった。


 終わった……。

 一息いれる暇など三人にはなかった。


 わずかに残った灰の中に人の形を見たのだ。

 裸のようだが、埋もれていて正体はよくわからない。


「水珠!?」

「わ、わかんないよ! 魂は今度こそ」

「抜け殻ってことか? お前たちは待機だ。俺が確かめる」


 壮が警戒しつつ近づき、その正体を見るや否や笑った。

 その人物は生きているようで、彼は、その者が上体を起こすのを手伝ってから、水珠たちを呼んだ。


「早く来いよ! 大仁(ダーレン)だ! 大仁が生きて」

 最後の言葉は、声にならなかった。


 その気持ちは水珠たちにも痛いほどわかった。

 水珠も、澄泥も、彼の姿をまともに見ることなんて、すぐには出来なかった。

 傍まで行ったときにはもう、顔は涙でびしょ濡れだった。


「ずっと暗いところにいた」

 再会を喜んでいると、大仁はふと思い出すように言った。


「けど、光が見えたんだ。あれは……水珠、きみの花剣だったんだね」

「大仁くん……! わたし、ずっと、言いたかった!」

「うん」

「あ、あのとき、庇ってくれて――ありがとう!」

「無事でなにより。……いや、よく見たらあまり無事でもないね。傷だらけだ」


 さて、残念なことに泣いているような暇は、道士たちにはない。

 そのことを最初に思い出したのは壮で、彼は水珠たちを置いて結界の要を探し出すと破壊し、また戻ってきた。


 ここが最後の要だったらしい。

 結界が破れた気配でようやく、水珠と澄泥も、当初の目的を思い出した。


「大仁くん、ごめん! わたしたち、行かなきゃ」

「実は今、大変なことになっていまして」

 澄泥が明後日の方向を向きながら、ざっくりと経緯を話す。


「なら、おれも……と言いたいところだけど」

「無理しちゃ駄目だよ!」

「ですわ! その、服もありませんし……今は灰で隠れているから良いものを」

「わかってる。ただ、きみたちの傷を治すくらいの余力は、ある。全部は無理だけどね」


 壮は、その場に座って言った。

「なら頼むわ。少しでも回復できるなら、そのほうが良いからな。決戦前だ」


 病み上がりならぬ蘇りの大仁に対して、水珠と澄泥は気が進まないところもあったが、壮の言葉も一理ある。

 揃って厚意に甘えることにした。


「それじゃあ、行ってきます!」

「うん。頑張って。死なない程度にね」


「大人しく待っているんですわよ?」

「流石に、しばらく動けそうにないからさ」


「帰ったら、まずはお前の墓を壊そうぜ」

「そりゃ楽しそうだ」


 飛び立つ三人を見送ってから、大仁は呟いた。


「……朝の空気、おいしいな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ