第54話 水珠の剣
水珠も立ち上がろうとしたところで、黒鉄君に呼び止められた。
「少し話がある」
「あ、はい」
浮かせかけた腰を戻す。
話……なんだろう。水珠の頭にまず過るのは、勝手に崑崙を出ていったことだが、それなら白銀君のほうからだろう。
怪樹や山羊樹人については、わかる限りのことはすでに報告済み。
全く心当たりがなかった。
澄泥たちが充分に部屋を離れた頃を見計らって、黒鉄君は突然、頭を下げた。
「頼む、水珠。お前の力を貸してくれ」
困惑していると彼は続けて、
「お前の、心を斬る力で、アイツを斬って欲しい」
水珠は合点がいった。さすれば四仙人は友にして兄弟を殺さずに済むのだ。
赤銅君を凶行に走らせた原因、森羅万象の叫びとやらにまつわる記憶を、斬り捨てることが叶えば、きっと。
だが、即答は、できなかった。
そのために今度は、仙人たちが、敬愛する師が、命を落とすことになったら……。
そんな考えが頭の片隅で、あの山羊の鳴き声を発する。
師が言った。
「やはり、私は反対です。これ以上、彼女に――彼女たちに背負わせるものではありません」
青錫君も同意見のようだった。
「そうよねぇ。ただでさえ、嘘をついて、は……まあ、いないけれど……本当のことを隠して道士にさせて、後ろめたい気持ちが今、ようやく少し晴れたところですもの」
黄金君は茶を啜って、
「殺さずに済むのなら、それが一番良い。貴様らもそれは同じ気持ちのはずだ」
「ええ」
と白銀君。
「ならば、捕獲することができたら彼女に託す形で良いではありませんか」
「できると思うか? 奴とて馬鹿ではない。万が一のときには、我々、四人と相対することも当然、考慮している。間違いなく、備えている。ならば、この決戦は、互いの総力戦となろう」
黄金君は彼を睨みつけ、改めて問うた。
「できると思うか?」
少年らしからぬ圧に対して、白銀君もまた、
「できないのですか? 黄金君ともあろう者が」
と、らしからぬ挑発で返す。
「我々の中で最も優れたがゆえに、黄金の名を頂いたのは、気のせいでしたか」
「その僕様と、貴様ら三人と相対するということを、奴こそ甘くは見ん。ゆえに、道士どもはいればいるだけ有難い。奴を密かに探すためだけに鍛えたつもりは、僕様にはなかったな」
彼は水珠をちらりと一瞥だけし、続けた。
「強制はしないし、捨て駒にする気もない。だからこそ、殺すつもりでやらねば。捕獲など、最初から考えてはいられん。戦いの最中、隙をつくほうが、まだ考慮に値する」
「ですから、私はそもそも、彼女を巻き込むことに反対なのです」
黒鉄君が眉間に皺を寄せながら、
「下手な鍛え方はしてねえだろ?」
「露払いまでは良いでしょう、本人にその意思があるのなら。しかし対仙人は話が別です」
「だから、基本は俺たちだって」
「先の黄金君の言葉をもうお忘れで?」
「あ゛ぁ?」
「仮に道士三人が出張ることができたとして、果たして我々のうち、何人が、赤銅君に対することができるのか。彼の、我々への対策もわからぬうちから、貴方たちこそ甘いのでは?」
黒鉄君が椅子から立ち上がった。
それに応えるように白銀君も。
青錫君が呆れたように溜息をついた。
そして水珠を手招きすると、ふたりで外に出る。
「部屋まで案内するわ」
そう言って歩き始めた。
その少し後ろをついていった。
「ごめんなさいね、水珠。何年も前から、この件は平行線でねぇ」
「い、いえ……わたしが未熟だから。だから」
大仁のことを口にしようとしたのに気付いたのか「違うのよぉ」と遮られた。
「仮に壮だったとしても同じような流れになっていたわ。それくらい、仙人と道士との間には差があるの。だから、白銀君も、貴女が未熟だから反対したわけじゃないわ。単に大切なのよ」
もう一度、青錫君は、その言葉を繰り返す。
少しだけ俯いて。
二歩ほど後ろを歩く水珠には、その顔は見えなかった。
彼女は目元を拭うような素振りをして、慌てた様子で振り返った。
「なにも黄金君や黒鉄君が、貴女を大切にしていないわけじゃないわよ? わたしたちみんな、貴女たちが大切よ。弟子だし、色々と隠していたから、負い目もある。あのふたりは、自分がいるから大丈夫って、ただ、そう思っているだけよ。無謀なことを押し付けるつもりはないわ」
「……黒鉄君さまは、赤銅君さまと、特に仲が良かったのですか?」
彼が特に、殺したくないという思いがあるように見えた。
最初に口を開いたのも、彼だったから。
「んー……あのふたりはね、崑崙の前からの付き合いなのよ。二三年くらいだそうだけれど。あ、でも、水珠はそんなこと気にしなくて良いからね? 加わってくれたら、嬉しいけども、無理強いはしたくないもの。だから貴女は、貴女の気持ちに従って。ね?」
その先の部屋までの道のりを水珠に教えて――と言っても、あとは真っ直ぐなものだったが――青錫君は来た道を戻っていった。
部屋の前には人型宝貝・仙道助手がおり、名前を告げたところ「承っております」と戸を引いてくれた。
隣の部屋と、そのまた隣にも、同様のものが立っている。
澄泥と壮の部屋に違いあるまい。
「なにか、ご用命がありましたら、なんなりと」
「お茶をお願いできますか。……甘いものも、あれば」
運ばれてきたそれらを腹に入れた後、水珠は寝台に腰掛けて、ようやく、ほっと一息ついた。




