表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/61

第51話 再起動

「ただし、使用者は、巻き戻った世界に存在しなくなる」


「――は?」

 白鼬(シンシン)は一瞬、固まり、次いで牙を剥いた。


「な、なんで!? そんな馬鹿な話がありますか! このクソガキ!」


 一方、水珠(スイジュ)は冷静に、

「危険だから、だよ。誰かに利用されないように、そうしたんですよね?」


「その通りだ、水珠。ここに入るには僕様の宝貝(パオペエ)が必要だ。それは本来、下界に流通するものではないが……花剣や、赤銅君(セキドウクン)に盗まれたものが、今は地上にある。いずれも、世界的危機の際には、ここまで導くようになっている。だから、僕様だけが使えるようにしたのだよ」


 そこで彼は溜息を一つ漏らした。

「我ながら情けない。その僕様が、まさか、ここに来ることもないとは」


「無理もありませんよ。見ないと実感はないでしょうが、あれは、仙人さまでもどうしようもありません」


「ならば早々に切り上げるべきだった。……実態はわからぬ、が、この僕様も結局のところ、あの男に対して情を捨て切れなかったところはある。それが、この事態を招いたのだろう」


 白鼬(シンシン)が「そんなことより!」と、また吼える。

「お嬢、もう出ましょう! こんなものに用はないです!」


「なに言ってるの? これしかないよ、もう。わかるでしょ?」


「こんなもの使っちゃ駄目なんですよ!」

 遂には彼女は両目から大粒の涙を零してしまった。


「お嬢がいなくなるなんて、そんなの、嫌ですよ!」


「大丈夫だよ。存在しなかったことになるんだから、次の世界では泣くこともない」

 頭を撫でようとする水珠の手にも、がぶりと噛みついて、


「痛っ!」

「この傷も、次の世界にはないんですよ!? それが……それが、どんなに(むご)いことか!」


 白鼬は黄金君(オウゴンクン)を睨みつけた。

「他に、なにかないんですか!?」


「天界や他の仙人、あるいは、他の誰かに期待するか。この宝貝(パオペエ)を使う前提なら、少なくとも他の誰かに起動を託せば、貴様たちは次の世界に行ける。理想としては、本体が来ることだな。僕様には安全弁を外す手段がある」


「お嬢! せめて、せめて待ちましょうよ! あと一日だけでも!」

「僕様もそれを勧めたいところだが、そんな余裕があるのなら、これを使う必要もなかろう?」

「クソガキは黙ってなさい!」

「ならば最後に一つだけ。人並の知があるのなら、人でなくとも使えるぞ、こいつは」


 白鼬(シンシン)が、はっと息を飲む。

「あたしゃ、お嬢のためなら!」


 水珠は右肩に手を伸ばして、彼女をそっと取り上げた。

 そして、その目を見つめて怒気を孕んだ声で、


「馬鹿言わないで」


「言ってくださいよ、あたしがいて良かったって! ねえ、お願いですから……!」

心心(シンシン)、あなたが嫌なように、わたしだって、嫌なんだよ、そんなことは」

「でも! あたしゃ、ただの(イタチ)じゃないですか! それに雪梅(シュエメイ)ちゃんのことはどうするんです!?」


 一年にも満たないけれど、濃密な時を過ごしただけのことはある。

 痛いところを突くなぁ、と水珠は苦笑い。

 妹にもう会えなくなる。そう考えると、確かに、揺らぐものがある。


 けど、それでも、その選択肢は、あり得ない。


「最後に会えた、それだけで充分。わたしのいない世界でも、あの子はきっと、大丈夫」


 水珠は手の中で術を発動させた。

 細い水の縄が、その小さな体の動きを止める。


「待ってください、お嬢! 話はまだ終わってません!」

「嬉しいよ、あなたの気持ちは。でもね、心心。あなたは、ただの鼬じゃないんだよ」


 床に優しく置いて、最後に優しく頭を撫でた。


「あなたがいて、良かった。わたしの大切な友達。頼れる相棒。それをさ、自分のためにさ、身代わりにするなんて、できるわけないじゃん。そんなの、人でなしだよ。あなたが、そんな風に思ってくれるわたしは、人でなしじゃ、ないでしょ?」


「ええ、ええ、そうですよ! だから、お嬢に生きていて欲しいんです! それが、あたしのいない世界だとしても! あたしみたいな小獣でも、あなたの助けになれたなら、最高の最期じゃないですか!」


「助けてくれたよ、いっぱい。ありがとう」


 水珠は立ち上がり、金色の球体に向かう。


 黄金君が口を開いた。

「改変にあたっては直近の出来事をお勧めする。大きな改変は影響が計り知れないからな」


「はい。心得ました」

「お嬢! やっぱり一日だけでも、待って」


 その言葉にはもう振り返ることなく、

「雪梅……あなたのいるべき世界は、こんなんじゃない」

 両手で挟むようにして、水珠は球体を掴むのだった。



     ◇



 光に包まれ目を瞑った次の瞬間、水珠は大気が肌を撫でるのを感じた。


 恐る恐る瞼を開けてみる。

 そこは覚えのある場所だった。


 大人三人分ほどの高さある、尖がった岩の柱がいくつも屹立している。

 崑崙(コンロン)の、この場所でいつだったか、道士四人で空中戦をしてみたものだった。


「――はっ!?」

 戦闘の気配に天を仰ぐ水珠。


 五人と、一人が戦っている。

 その五人組のうち一人が、相手に捕らえられると真下に向かって投げ飛ばされた。

 女だった。


 悲鳴をあげながら水珠の足元に叩きつけられる。

 目を回したその顔にもまた、覚えがあった。


青錫君(ショウシャククン)さま!?」


 若い、と思った。十代の頃だろうか。

 格好も道士のそれ――青藍色の長袍(チャンパオ)である。


 続けて槍の如く投げられて地面に叩きつけられたのは、ふたり。


 一方は赤みがかった黒髪の丸い頭の少年だ。

 これが、かつての赤銅君(セキドウクン)だろう。


 もう一方は、長い黒髪を後ろで一つ結びにした美少年。

 一瞬、水珠は「ん!?」と思ったが、よく見れば、間違いない。

 白銀君(ハクギンクン)だ。


 目を丸くしていたら、激突音が背後で轟いた。


 思わず振り向いたときには、影が真横を通り過ぎて、先に叩きつけられた道士三人の傍で止まった。

 その女仙の両手には若かりし黒鉄君(コクテツクン)と、今と変わらぬ姿の黄金君(オウゴンクン)とが首根っこを握られていた。


 どうやら、そのまま岩峰に叩きつけられた挙句、ここまで高速で引きずられてきたらしい。ふたりの服はボロボロで、顔も擦過傷だらけだ。


 女仙は「はっはっはー!」と豪快に笑うと、頭を振って長い赤髪をばさっと後ろに払った。そして首を捻って水珠のほうを振り返る。


 ニィと口角を吊り上げた。

 その不遜さは黄金君にも引けを取らないだろう。


 背は黒鉄君と同じくらいか。男性の中でも長身に当たる。

 腰の位置が高く、足が長く見えた。


「やあ、水珠ちゃん。我が来世ちゃんよ。あたし様の名を知らぬとは言わせないぜ?」


 水珠は左拳を右掌で包むと、胸の前に掲げた。

「はじめまして、拳白仙(ケンパクセン)さま――我が前世さま。お噂はかねがね」


 女仙は握り締めた道士服をぱっと放し、ようやく体を水珠に向けた。

 その胸は豊満だった。


 黒と金の道士が、立ち上がりながら不満や悪態を零す。

 それが突然に、彼女がなにをせずとも、ぶっ飛んだ。

 いや、きっと過去の彼女は、このとき殴るか蹴るかしたのだろう。


「本当に、お噂はかねがね」

「ふふん。余程、良い噂らしい」


 それはさておき、と拳白仙。

「少し話そうぜ、我が来世ちゃん」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ