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第47話 女仙転生

 水珠(スイジュ)は、雪梅(シュエメイ)白鼬(シンシン)と一緒に部屋で夕食を頂いた後、彼女たちを残して部屋を出た。

 お膳を下げにきた仙道助手を通して白銀君に呼び出されたのだ。

 戸越しに声をかけると、すぐ入室の許可が下りた。


「し、失礼します」


 とても気まずかった。

 置手紙だけ残して去った挙句、自分の都合で舞い戻り、これが最初の挨拶も同然。

 彼の屋敷に帰ってきたときには彼は黄金君(オウゴンクン)の屋敷に行っており、やむなく無断で上がったのだった。

 もちろん、仙道助手を遣いに出して連絡はしたし、その後、戻って来た師とは顔を合わせたのだが、その際には掻い摘んだ事情説明のみだった。


 水珠は拳を掌で包み、胸の前に掲げた。そうして、わずかに目を伏せる。

「我が敬愛なる師、白銀君(ハクギンクン)さま。このたびは……申し訳ありませんでした」


 一度ばかりか、二度も、雪梅を救う機会を与えてくれた。

 そのことは感謝してもしきれず、その大恩は返しても返しきれない。

 そもそも一度目のそれすら満足でない中、ほっぽり出した。

 なれば、もう、空虚な謝罪の言葉しか、水珠には口にするものはないのだった。


 彼は相変わらずの涼しい顔で、座るように促す。

「妹君と積もる話もあるでしょうに、呼び出したりしてすみません」


「いえ……」そんなことで師に謝られは、本当に申し訳が立たない。

「それでも、話しておきたいことがある……そう、ご理解ください」


 なんだろう。青錫君(ショウシャククン)の失踪や、宇宙の真実の後では、まるで想像がつかない。

 差し出された茶に口をつけると、彼は言った。


「貴女の出生についてです」


「え――」

 思いがけず、息が止まる。

「……え? しゅっせい?」


「そうです。水の玉より産まれし貴女なら、一度は、考えたことがあるでしょう?」

 空から降ってきたという、その玉は、どこから来たものなのか。


 水珠は、首を縦にも横にも振らなかった。

 どうせ考えたところで答えなんて見つかるはずがない。

 それが、いつもの結論で、いつもそれは一秒さえ思考を割くことはなかったのだから。


 だのに、彼は言う。


「私は知っています」

「ど、どうして!? どうして白銀君さまが」


 もしかして父なのか。

 一瞬、そんな疑問が頭を過ぎり、すぐに霧散した。


「水珠。貴女は――拳白仙(ケンパクセン)さまの生まれ変わりなのです」


 その名には覚えがあった。五金君――産まれた場所や年は違えど、同じ年、同じ月に、同じ仙境に上がった彼らは、一様に三人の仙人に師事することになったという。

 そのうちの一人が、拳白仙なる女仙だ。

 今では三仙人は崑崙(コンロン)ではなく、別の修行場や天界にいる、と。

 師からいつだったか、聞いたことがある。


「わたしが、その産まれ変わり……?」

 信じられない。水珠は目をぱちくりさせる。


 彼は、言葉を選んでいるようだった。

「拳白仙さまは、ある日、言いました。このままでは(タオ)に至れぬから、やり直す、と」

「人生を? 占いにそうしたほうが良いと出たとか、そういうことですか?」

「勘だそうです。彼女は、私以上に占いが不得手でしたので」

「か、勘……」


 それで自身の積み上げてきたものを捨てられるとは、聞きしに勝る豪放磊落(ごうほうらいらく)さだ。


「……わたしとは、全然、似てませんね」

「そうですね。今の自分より次の自分、というのは、そういうことだったのかもしれませんが……仮に貴女がいずれ、道を得ることがあったとしても、それは彼女の功績では、ない」


 だから、と彼は寂し気に微笑んだ。


「やり直すなんて方便に過ぎず、ただ、己に見切りをつけただけ――なのかもしれません」


 水珠は、ふと訊いてみたくなった。

 師が、師の話をすることは数えるほどだが、そのたびに感じていたことだ。

 しばらく、あるいは二度と会わないかもしれない今なら、良いと思った。


「お慕いしていたんですか?」


 白銀君は、窓のほうへと視線を遣って、黙った。

 水珠も同じように外を見てみる。


 もう真っ暗。月は、今日は出ているだろうか。

 小さな丸い窓からは、見えなかった。

 鳥や虫の鳴き声が、かすかに聞こえるばかりだった。


「……どうなのでしょうね。案外、自分の心ほど、わからないものです」


 そう答えて彼は話を戻す。

「貴女を崑崙から放り投げた後も、私は時折、貴女の様子を見ていました。拳白仙さまからは放っておくように言われていましたが、流石に、そんな気にはなれませんでしたね」


「わたしに花剣を与えてくれたのも、生まれ変わりだったから、ですか?」


「それは違います」即答だった。「青錫君の占いに出た良き地が、あの辺りだった。最優先に考慮すべきはそれで、その範囲内に貴女の故郷があったから、第一の候補としたまでのこと。そして、貴女は託すに相応しい人柄であり、あのとき私は、貴女を……助けたいと思いました」


 あの魂からの慟哭が、そうさせたのだ、と。


「あれは、他ならぬ、貴女の叫びでした。水珠として生きた、なによりの証でした」

 だから――、

「貴女にならば、と思ってしまった」

 そう言って彼は頭を下げた。


「白銀君さま! わたしは、雪梅を助けてもらったんですから」


「助けるだけならもっと簡単でした。にもかかわらず、あえて迂遠な方法を取り、辛い思いをさせてしまった。私たちのために。全ての事情を打ち明けた今、改めて謝らせてください」


 日に一度でも、師が弟子に対して(こうべ)を垂れるなんてことがあろうか。

 それが今日だけで二度も。

 彼が、どれほどの申し訳なさを抱えてきたのか、計り知れない。

 この六年間、きっと彼は、心の中では毎日のように謝っていたのだろう。


「どうか、どうか、お顔をあげてください。わたしは、貴女の弟子になれたことを、何一つとして後悔なんてしていません。ただ、ひたすら、己の未熟さが恨めしいばかりで」


 彼は、それこそ違う、と頭を上げる。

「こればかりは何度でも言わせていただきます。責があるとするならば、それは私たちです。それを違うと貴女が言うのなら、だとしても、次に責められるべきは、赤銅君です。たとえ、貴女が貴女を許せなくても、他の誰も、貴女を責めたりはしません。それとも誰かいましたか? 一人でも。大仁の死は、貴女のせいと言うものが」


「それは……」


 白銀君は、いくらか優しい声になって、

「すぐには飲み込めないのも、わかります。だから……今回の決定は貴女にとって、良きことと思います。貴女が任務を離れるのも、ここを去るのも、貴女の都合ではなく、我々の都合で、何も負い目など感じる必要がありません。本当に、良かった」


 水珠がなにも言えずにいると、白銀君は「それで」と話を変えた。

「これからの予定は? やはり妹君と、故郷へ?」


「……そうですね。父と母の弔いも、しなくてはなりませんし」

 その先のことは、言わなくても良いだろう。


 けれど、師は悟ったのだろうか。


「水珠。貴女には一人でも生きていける術を教えましたね」

「あ、はい。とても感謝しております」

「でも、だからと言って、一人で生きなくてはならないものではありませんよ。折角、家族がいるのですから。ふたりで、ご両親を弔って差し上げなさい。きっと、お喜びになられます」

「そう、でしょうか……わたしのことなんて、忘れてしまったのに」

「ええ。家族の縁というものは、斬って斬れるものではありませんから。……良くも、悪くも」


 それは、いつだったか聞いた言葉だった。

 その言葉の本当の意味を、あのときはわからなかったが。


(わたしは、その縁のために、大仁くんを死なせてしまったけれど……)


 彼らはこれから、同じ師のもと、兄弟も同然だった友を、討たなくてはならない。

 その苦しみや悩みが、どれほどのものか、水珠には想像がつかなかった。


 部屋を出るとき、師にから杏の白い花を渡された。


「これはもう貴女のものです。少し時間を置いてから返そうと思っていたのですが……まさか出ていくとは、思ってもみませんでした」


 これを今日も持っていたら、もう少し冷静でいられたかもしれない。

 そう思うと再び手放す気にはなれなくて、水珠はそれをまた側頭部の髪の結び目に括りつけるのだった。


「白銀君さま。お世話になりました」

「こちらこそ」


 明日ここを発つ。


 そうして二度と会わなくなって、この先、何十年と経とうとも彼は責任を感じ続けるのだろう。

 自分や、大仁や、澄泥や、壮や、赤銅君に。

 そして自分も、ずうっと、自分のせいだと言い続けるのだろう。

 水珠はそう感じた。


 ただ、それをいつか、胸の内に留めて置けるようになったら、また会いたいとも。

 そのときには、もう少しくらい、お互いの許しを受け入れられると思うから。

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