第46話 再会-雪梅
解散すると、水珠は急ぎ、雪梅のいる部屋に向かう。
彼女の前では宇宙の真実など、なんの価値もない。
今後のことも彼女の顔を見ずして考えることはできない。
流石にもう目が覚めているだろう。
独り、心細い思いをしているはずだ。
と思いきや、部屋の中から、なにやら楽しそうな話し声が聞こえてきた。
そっと戸を開けてみれば、寝台の上に寝間着姿で座る雪梅と、その膝の上で立ち上がって相棒の武勇伝を身振り手振り交えて語る、白鼬の姿があった。
「かくして不死の盗賊団を退治しに向かった、我らが水珠お嬢! しかして、彼らは不死などではなかったのです!」
「やっぱりね。不死は言い過ぎ。村の人が恐怖のあまり勘違いしたんでしょ」
「彼らはなんと! すでに死者! 唯一の生者たる頭目に使役される幽鬼だったのです!」
「お、おぉ~!? それは考えてなかったよ!」
(あー……あったな、そんなこと。旅に出て、最初にやったやつだ)
「それが水珠お嬢の脅威に、どうしてなるでしょう。仙人さまより賜った霊剣でばったばったと斬り伏せ、たちまち頭目の目と鼻の先! 奴も当然に抵抗しましたがね、それこそ死者軍団ほどの脅威ではありませんよ!」
「うんうん!」
(説話人かな? ちょっと脚色が)
「とうとう観念して、お助けを~! 小便漏らして額を地べたに何度も叩きつける! すると我らが水珠お嬢は、その鼻先に純白の剣を突きつけ、こう言った! 裁きの時だ――ってね!」
「ふお~! かっこいい!」
(言ってない言ってない!)
そもそも頭目は不利を悟ると逃げ出したし、その背後から斬りつけて意識を失わせた後は、被害にあっていた村に引き渡し、町から役人を呼んでやったのだった。
(脚色は別に良いんだけども。聞く側に立つと、せ、背中がむずがゆい!)
照れ臭さに水珠が悶える一方、白鼬は雪梅から拍手を貰って気分良さげ。
「続きまして……これは、お嬢が決して結ばれぬ恋に身を焦がしたときの」
「きゃー! おねえちゃんってば、お年頃ね!」
妹を楽しませてくれるのはありがたいが、流石に、全く記憶にない物語は看過できない。
水珠は戸を勢いよく開けた。
「捏造はやめい!」
一人と一匹は飛び上がりそうになった後、恐々と声の主へと顔を向ける。
「お、お嬢、お帰りなさい」
「うん、ただいま、心心。ありがとうね、面倒見てくれて」
雪梅は目を丸くして、白鼬と水珠を交互に見た。
無理もない。六年も会っていなかったのだ。
しかも当時の水珠はみすぼらしい格好で、髪なんて妹の拙い手で整えてもらっていたくらいだ。
それが今や、清潔な麻服を着て、健康的な肌艶の少女になり、側頭部の片側の髪を一つに結ぶ程度には洒落っ気も出している。
その変わり様には、昔を知っている者ほど驚くというもの。
いや、雪梅がなによりも驚いたのは、生き別れになった姉と再会できたことに違いない。
「お、おねえちゃん……? 本当に、おねえちゃん、なの?」
「雪梅……その……ひ、久しぶり?」
水珠が、ばつの悪そうな笑みを浮かべると、たちまち、雪梅の可愛らしい目元に涙が滲む。
膝上の白鼬を忘れて、急に立ち上がった彼女は、その勢いのまま姉の腕の中へと飛び込んだ。
「おねえちゃん、会いたかった! ずっと、会いたかったよ!」
こんなにも寂しい思いをさせていたなんて、水珠は思わなかった。
七つのときにいなくなった、義理の姉のことなんて、良くても朧気なものなのだろう、と。
あるいは、忘れてしまっているものだろう、と。
だがそれは、自分の勝手な願望だったのだ。
両親の記憶を斬ってしまった。それを元に戻す手掛かりも見つからない。
家族を無茶苦茶にした負い目から、会いに行く勇気が出なかった。
そうして、ずるずる先延ばしにすること、六年。
その言い訳をするための、自分勝手な願望に過ぎなかったのだ。
(わたしって……わたしって、全然、変わってない!)
そして雪梅もまた、変わっていなかった。
胸元から見上げてくる、その丸い目はもちろん。
「おねえちゃん! あのね、お話ししよっ! い~っぱい、しよう!」
ああ、なんて懐かしい響きだろう。
夢にまで見ていた、あの甘い声を、この耳で聞いている。
水珠は、はらはらと涙して、愛する妹を抱きしめた。
「雪梅……ごめんね。本当に、ごめんね……っ! わたしも会いたかった、ずっと!」
姉妹水入らずを邪魔するほど、白鼬は無粋ではない。
目を潤ませながら微笑み浮かべ、そろそろと部屋を後にした。
もっとも、夕食の頃には呼び戻されることになったが。
雪梅が随分と懐いたというのもあったし、水珠としても、大切な友達をちゃんと紹介したかった。
姉妹は抱き合ったまま、しばらく泣いていた。
それが落ち着いてから、まずは両親のことを話さねばなるまい。
なぜ、雪梅がここにいるのか。
その理由を話すためにも避けては通れない。
とは言え、真実を語ることは憚れた。
妖怪に取り憑かれている間のことだとしても、その爪で、その歯で、愛する父と母を殺したと言われて、どうして雪梅が平気でいられるだろう。
突然、虎の妖怪に家を襲われた。
両親は殺され、雪梅は連れ去られたのを助けた。
それでも取り乱すというのに。
「嘘だよ、おねえちゃん! おっとうと、おっかあが死んだなんて! なんで!? なんで、そんな嘘つくの!? いやだ、嘘だよ、そんなの!」
水珠は、ただ首を垂れて、謝るばかり。
「雪梅、ごめんなさい……。守れなかった……! ごめん、ごめんね、雪梅!」
たとえ叶わずとも夢見続けていたかった彼女の言葉も涙も、これ以上なく本物だ。
さすれば雪梅も、それが真実なのだと受け入れるしかない。
「お、おっとう……おっかあ……。そんな……。うっ……うわぁぁあぁんっ!」
ふたりは、また泣いた。
幼子のように、わんわん泣いた。
「雪梅、ごめんなさい……! ごめんなさい!」
「ううん! おねえちゃんは、あたしを守ってくれた……守ってくれたよ……!」
「わたしなんか、全然! 一人じゃ、あなたを救えなかった」
「でも、あたしはここにいるよ。それは、おねえちゃんがいたからだよ! そうでしょ?」
「雪梅……っ! ありがとう……生きていてくれて、ありがとう!」
それから夕食の時間になるまで、色んな話をした。
あの靄を斬った夜のこと。両親が記憶を失った本当の理由。
修行の日々。仙人のこと。友達のこと。妖怪退治に、旅のこと。
雪梅は、時に笑い、時に一緒に泣いてくれた。
いくつもの後悔を、あの夜のように、優しく抱きしめてくれた。
水珠は自嘲気味に笑った。
「これじゃあ、どっちがおねえちゃんか、わからないね」
「もう、なに言ってるの? おねえちゃんが、ずっと、あたしにしてくれたんでしょ」
「え?」
「あたしが泣いてるときは、おねえちゃんはすぐに来てくれたよ。いいこ、いいこって、頭を撫でてくれたよ」
「……三歳くらいのことじゃない? 雪梅、悪ガキと喧嘩しても泣かないじゃない」
「そのときはいつも、おねえちゃんは後ろで見守っててくれた」
「ハラハラしていただけだよ」
「でも、いたんだよ。だから、あたしも、おねえちゃんにそうするの」
「それは……おっとうと、おっかあだよ」
父と母が、自分にそうだったから、自分も妹にそうしたのだ。
「そっか」
雪梅は口元を綻ばせた。
「あたしたち、おっとうと、おっかあの子だもんね」
「……うん。そうだよ。ちょっと、仲の悪いときもあったけれど」
間違いなく家族だった。だから元に戻りたかった。
しみじみ、そう思うと、水珠はまた少し泣いてしまった。




