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第42話 おねえちゃん

(しっ)!」

 水珠(スイジュ)が掛け声あげれば地面から草が伸びる――前に、別の草に押さえつけられる。


 跳躍して蹴る。守られる。滞空しながら防御の上から蹴り続ける。

 澄泥(チャンニィ)が小石を発射させた。

 それを宙返りで躱したなら、すかさず水の球を――形成途中を同じ術で破綻させられる。


「水愚! この戦いに、なんの意味があるんですの!?」

「だって! 澄泥ちゃんは道士でしょ!? 人間でしょ!?」


 同時に三つの術を発動させながら殴りにいくと、澄泥が姿を消した。

 次の瞬間には空気を裂く音を耳元で聞き、水珠は反射的に防御姿勢。

 腕に拳が当たると同時に、彼女の脇腹を爪先で刺す。


「ぐぅっ!」


 怯んだ気配に続けざま、渓流から水の縄を伸ばす。

 澄泥の胴体に巻き付いたそれは、やはりすぐさま黒き円刃に斬り払われる。


(花剣! 敵に回すと、すっごい厄介!)


 澄泥が歯軋りし、言った。

「貴女だって!」道士だ、人間だ。


 そう訴える目は、ほのかに濡れていた。

 水珠は、緩みそうになった拳を、再び固く握りしめ、仕掛ける。


雪梅(シュエメイ)はもう……人を殺しちゃったんだよ! おっとうと、おっかあを!」


 想定外の告白だったのだろう。

 澄泥が一瞬、動きを止めた。


 そこで組み付き、河原に押し倒す。


 馬乗りになって、その白い首に手をかけた。

 彼女に恨みは全くないけれど、もはや生きる世界が違うのだ。


「だから、わたしが守らなきゃいけないんだ!」


 雪梅が人でなしとして生きるのなら。

 花剣道士は、敵だ。

 人でなしどもの敵だ。


「わたしは……わたしは! おねえちゃんなんだから!」


 澄泥が、引き剥がすべく背中を蹴ってくる。


(この期に及んで、わたしを殺さないつもり!?)

 花剣を使えば、今すぐにでも、この首を落とせるだろうに。


(それはもう、優しさじゃないよ! 甘さだ!)

 だったら、このまま……このまま!


「――あっ」


 不意に手の中から彼女が消える。

 その次の瞬間には、横っ面を衝撃が襲っていた。


(触ってても隠れられるの!? 崑崙(コンロン)じゃ一度も!)


 ひっくり返った水珠の上に、今度は澄泥が乗り上がる。


 そして胸倉を引っ掴んで、

「簡単に諦めてんじゃねえですわ!」

 平手打ちが炸裂した。


「か、簡単!? 簡単に、大事な友達を殺す決意なんか、するか!」

「この上なく簡単ですわよ、そんなもの! 死ぬまで殴るか刺すか、するだけじゃない!」


 澄泥が、また平手打ち。


「貴女は人間でしょう!? だったら諦めない!」

「わたしは、雪梅は、もう……!」

「妹さんがそう言ったんでしょう!? 本当に裏切るつもり!? それで良いんですの!?」


 水珠は言葉に詰まった。

 必死に堪えていた涙が、また溢れる。


 その涙を鉄拳がぶっ飛ばす。

 鼻の奥から熱いものが垂れてきた。


 澄泥は、それを指で拭って、水珠の眼前に突きつける。


「ほら、真っ赤な血! わたくしと、おんなじ! へそがないから化け物? 大愚(おばか)!」

「しっ、知らないくせに! わたしは、水の玉から産まれたんだよ! 人間じゃないんだ!」

「んなこと、知るかあああっ!」


 また平手打ちだ。

 頬も鼻もじんじんして、しょうがなかった。


「わたくしは雪梅ちゃんを助けたいですわ! 友達の妹だもの! 友達が、どんなにその妹が大好きか、思い知っていますもの! なのに姉である貴女が諦める!? 守る!? 殺す!? そんな悪ふざけ、絶対に許さねえですわよ!」


 今度は胸倉をぐっと引き寄せ、頭突き。それが一番、効いた。

「貴女は、おねえちゃんなんでしょう!?」


 澄泥は、そうして額と額を擦り合わせ、涙をぽろぽろ流した。


「水珠はね、妹さんのためなら、なんだってするんですわ。だから決して諦めないんですわ。ねえ、水珠、そうでしょう? 雪梅ちゃんを、あのまま放っておかないでしょう?」


 その熱い雫が、水珠の顔にぽたぽた落ちる。

 とても熱かった。

 これはきっと人間の心の熱さなのだと、水珠は思った。


「澄泥ちゃん……ど、どうして……。わたしは、殺そうと」

「殺せてないじゃない。なのに、どうして恨むというの? ほんっとうに、貴女って大愚(おばか)


 全くもって、その通りだった。

 自分は途方もない大馬鹿者だった。


 そして澄泥は、誇らしき友達だった。

 彼女のような人間を、殺せるはずがない。

 だって本当は、殺したくなんか、なかった。


 水珠は、大切な友達の背中に手を回し、そっと抱き締める。

「ごめん……ごめんなさい……!」


「良いってことですわ」

 澄泥は胸を撫でおろした様子で、腹の上から退いた。


「だいたいね、水珠。本気で殺す気なら、森に引きこんで、実戦に持ち込まなきゃ。崑崙でも決闘じゃ、貴女、わたくしに負け越してるじゃないの」


「……普通、今、駄目出しする? こっち超不利だったし。花剣なしだよ?」


「なおさら決闘形式を避けるべきでしたわね。本気で殺す気だったのなら。いえ、もっと言うなら、最初の一撃で殺せば良かったんですわ。拳で殴るんじゃなくて。完全に油断してた瞬間なのですから」


 ぐうの音も出ないとは、このことだ。


「だから、貴女は結局、人なんですわよ。人だから、自暴自棄になることもある」

 それだけのこと――そう言って彼女は、己が懐に問うた。


「どう? 雅雅(ヤァヤァ)。人虎の行方は」


 黒兎がぴょこんと顔を覗かせる。

 辺りをきょろきょろした後、片耳をある方向に折り曲げた。


「あっちが怖いッスね~」

「よろしい。さ、行きますわよ、水珠」


 差し伸ばされた手を、水珠は袖で涙と鼻血を拭ってから、握り返すのだった。

「ありがとう、澄泥ちゃん」


 ふたりの道士が飛翔する。

 それから間もなく、水珠は、はたと思いついた疑問を投げかけた。


「ねえ、澄泥ちゃん。どうして、ここに?」

「白銀君さまから頼まれたんですわよ。うちの黒兎(ヤァヤァ)を通して。貴女の故郷に妖気が現れたから行ってくれ、って。一番近いのが、わたくしだったのでしょうね」


 そう言えば……と、思い出す。

 師は、極彩色の(もや)のようなことがまた起きないように、村に結界を張ってくれたのだった。


「白銀君さまは、こうも言っていましたわ。村の中で突如として発生したとしか思えない、と。それで、あの雪梅ちゃんでしょう? 思うに、憑依されたのではないかしら?」

「憑依? そっか、魂だけで結界をすり抜けて。いや、そもそも、もっと前に()いた可能性も」

「どちらにせよ、そういうことなら、貴女なら憑依したものを斬れるんじゃなくって?」

「う、うん。可能性は、ある。あるよ!」


 花剣を握れば、妖怪の魂をより確かに感じ取ることができるだろう。

 そして、雪梅の魂がまだ残っているのなら、妖怪の部分を斬って元に戻せるかもしれない。


「でしょう? ……まあ、色々ありましたものね。わたくしだって同じ立場だったら」

 澄泥の目が曇る。

「妹さんがああなって、ご両親まで……。それに、大仁のことも」


「聞いたんだ、ね」

「詳しいことは、まだ。ただ身代わりになって、と。白銀君さまが、とても心配していました。黙って崑崙を出てきたそうじゃないの」

「て、手紙は置いてきたから……」

大愚(おばか)


 彼女は、そっと水珠に近寄ると背を優しく撫でた。


「ねえ、水珠。妹さん……雪梅ちゃんは必ず、取り戻しましょうね」


 もしも妹の変貌が、魔性に取り憑かれたがため、ではなかったとしたら。

 そのときは花剣でも、どうにもならないかもしれない。

 水珠はその恐れを口にはしなかったが、澄泥もきっと、頭に浮かべていたに違いない。


「いつだって、わたくしたちが、ついていますわ」


 また泣いてしまいそうだった。

 けど、堪えて、頷いた。


「そ、それじゃあ、わたしは花剣を取りに」


「いえ、あんまり長いこと変化していたら、元に戻せなくなるかもしれませんわ」

 そう言って彼女は胸元の黒き牡丹を寄越す。


「澄泥ちゃん……ありがとう!」


 水珠が黒く透き通る羽衣を身にまとったところで、確かに聞いた。

 獣の咆哮を。

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