第34話 少年潜入中
屋敷の前は、術師でござい、と言いたげな、いかにもな格好した者で溢れていた。
真っ当な僧侶や道士らしき姿は、ほとんどいない。
当然と言えよう。
方術大会――あまりにも俗すぎる。
なにかの実績になるわけでもなければ、栄誉もない。
得られるのは酒、飯、金だ。
(それでも……)
と大仁は周囲を見渡す。
(本物らしきが、五分の一はいるか)
だいたい十人ちょっと。
懐の青蜥蜴にも、そっと訊けば同じ見立てだった。
間もなく門が開き、一人ずつ入っては、事前審査なるものが行われ始める。
いくら神通力者歓迎と言っても、誰彼構わず屋敷にあげられるわけがない。
嘘つきや詐欺師を振り分けるため、必要な措置だとは思うが、それをどうやって見抜くというのだろう。
(……独覚と、いきなりご対面か?)
大仁は、深呼吸する。
順番が回って来た。
待ち受けていたのは、一人の使用人だった。
彼の前で適当な術を披露すると、すぐに奥へ行くよう促される。
拍子抜けだ。
大広間には、すでに十数人が待っていた。
その顔ぶれのうち、本物と思しき者は三人で、大半は明らかな偽物だった。
(うーん……よっぽど仕掛けが下手でなければ、嘘つきでも構わず通してるのかな?)
すぐに、違うなと感じた。
見分ける方法は、きっと、なにかしらあったに違いない。
(方術大会の話を広めるために、あえて屋敷から出ていかせる役に偽物もいれてるんだろう。褒美を貰って帰らされた者がいるのと、いないのとでは信憑性が段違いだしね)
いわば疑似餌。
本物をこそ釣り上げるための。
(で、おれたちは生贄にされるわけか。まあ、そんなことさせるつもりも、なるつもりもないけどね)
さて、残る審査が終わるまで宴会は始まらない。
この間に大仁は屋敷を散策することにした。
部屋に案内されたとき、ちらと見た中庭に人がいたのだ。
すぐさま咎められることはないはず。
堂々としていれば、ある程度のところまでは難なく入れるだろう、と彼は考えた。
屋敷は日の字のような形をしており、宴会場は門に近い側の角にある。
近くの部屋から見て回った。
わずかに戸を開け覗いてみれば、どこも来客用の部屋らしい。
薄っすら埃が溜まっている。得るものはなさそうだ。
(主の部屋は、やっぱり奥かな? まあ、とりあえず、反対側に行ってみよう)
真ん中の渡り廊下を通ると、二つ目の中庭に生える樹が目に入った。
屋敷の建つ前からあるのではないかと思うほど、立派なものだった。
浅黒い肌をしており、どっしりとした太い幹から方々に伸びる、細くひねくれた枝は、互いに絡まり合いながら横に広がり傘の様相を呈している。
間近で見てみる。
鬱蒼と生い茂る、山羊の蹄めいた形の深い緑の葉には、小さな白い斑点がぽつりぽつり。無数の目のようだと大仁は思った。
ずっと見ていると言いようのない不安感が込み上げてくる。
懐から顔を出すことなく、蜥蜴が言った。
「怪樹」
それは、一見なんの変哲もないはずの樹なのに、妙に、しっくりくる言葉だった。
樹の下には三人の客が集まって立ち話をしていた。
全員、術師としては偽物だ。
大仁は挨拶を交わし、
「珍しい樹ですね。初めて見ました」
長い髭の老人が言った。
「おお! ちょうど、同じことを話していたところですよ。こちらの道士の方も、知らないと言うから、きみならどうかと思いましたが」
「いえ、全くです。若輩者ですから、勉強させていただきたいと思いまして」
すると道士風の女は「あたくしは草木には詳しいんですけどね」と。
「でも、これについては全くですの。きっと異国のものですわ」
三人目の男が、ぽつりと言った。
「金沙かな」
「ああ」と老人。「あり得ますな、ここの州守は以前から」
言いかけて、おほん、とわざとらしい咳払い。
大仁が問うた。
「以前から、なんです?」
「いや、まあ、噂ですよ、噂」
そう言って話を打ち切ろうとする彼だったが、三人から見つめられると観念したようだ。
あくまでも噂、と。しつこいくらいに念押しして、
「ここの州守さまは、講和以前から金沙国と深い付き合いがあり、一時は反逆の疑いさえ……まあ、講和が成ったことで、有耶無耶になったようですが」
道士風の女は、流石に信じられなかったのか。
「お詳しいのね?」
「ははは。こういう生業ですからなぁ。蛇のほうから、わざわざやってくるのですよ」
一方、三人目の男は、ある程度の信憑性はあると思ったらしい。
「火のないところに煙は立ちますまい。私も実を言えば、州守が講和派と聞いたことがあったゆえ、この樹は金沙からのものではないかと思った次第で」
そうして、ちょうど話が一段落したところで、使用人から声を掛けられた。
大仁は三人に「私は先に厠を済ませてきます」と言って別れた。
もう少しだけ、奥の部屋を探ってみたいところだ。
(それにしても……本当に金沙と通じているのなら、呪術の目的は天元に反旗を翻すため、か? ふざけやがって)
そんなことのために、子供たちや、多くの人の命をなんだと思っているのか。
怒りを胸に探すは、この屋敷の主たる州守の部屋。
今ならきっと彼は大広間にいるだろう。
それらしき部屋に、いざ入らんとしたときだった。
「――何をしている?」
隣の部屋から顔を覗かせた男に、そう、声を掛けられた。
「いやぁ、厠を探していたら迷ってしまいまして」
大仁は、どうにか、表情に驚きと焦りを出さずに答えられた。
男の額には十字の傷あり。
細長い体躯の僧侶だった。
(こいつが邪法師、独覚!)
彼は大仁に怪しむような目を投げ掛けるも、
「厠なら、外庭だ」
とだけ。
懐に隠した蜥蜴や花剣に感づかれていなければ良いが、果たして。
なんにせよ、この部屋を探るのは不可能なようだ。
「ありがとうございます。では失礼」
大広間には、すでに食事の用意がなされていた。
大仁は先の三人に見つけられ、同じ円卓につくことにした。
州守の、中身のない乾杯の挨拶を長々と聞かされ、ようやく宴会は始まった。
酒は飲めない大仁も、料理の上等さは一口食べるだけでわかった。
悔しいが、小さな町の飯店たる父のものより美味い。
(……まあ、材料で敗けてるだろうしね、どうしても)
それはさておき。
(おれたちをどうやって贄にするつもりなのかな)
まず頭に浮かぶのは毒だが、特定の本物にだけ飲ませるのは難しいだろう。
食事は皆、大皿で提供され、おのおの小皿に取り分けている。
(全員に、というのが最もありそうか)
だとすれば、すぐに死ぬようなものではないということだ。
麻痺毒か、睡眠薬だろう。
だからと言って飲み食いの量を極端に減らすことはなく、大仁は普通の客を装った。
(他にありそうなのは、個室に呼ばれる形かな)
州守をちらりと見た。彼は卓を回りつつ、客人と話をしたり、簡単な術をその場で披露してもらったりしている。
(で、後で、もっとよく見せて欲しいとか、素晴らしかったから褒美をとか言って呼び出す。そうして油断させたところで狩るわけだ。……おれとしては、こっちのがやりやすいかなぁ)
州守は術師ではなさそうだし、そうなればほぼ間違いなく独覚との一対一になる。
外の水珠が来るまで時間を稼ぐことも、なんなら、倒してしまうこともできるだろう。
(あとは、なにかしらの術だが……これはある意味、考えようがないしな)
さて、宴もたけなわを過ぎると、周りの客たちに船を漕ぐ者が目立ってきた。
中にはすでに突っ伏している者もいる。
それはお香が焚かれ始めて――州守は適当な理由をつけて出ていき――小一時間ほど経った頃のことだった。
大仁も瞼が重くなるのを感じていた。
懐から青蜥蜴が顔を出す。
その口には小さな巾着を咥えている。
彼が卓に降りやすいように、大仁は上体を折り曲げた。
小さき相棒は懐より這い出ると、器用に前足を駆使して袋の中から取り出した丸薬を一つ、口に運んでくれた。
それを噛み砕き、ひとまず胸を撫でおろす。
「ありが、とう……」
その丸薬は崑崙を発つ際に石蜜から餞別として贈られたものの一つ。
愛しき毒娘の血肉から生み出された毒消しである。
有名な毒は、まず打ち消せるという。
(仮にこれが……検証していない毒でも……ある程度の効果は望める、はずだ……)
もっとも、一度は眠ってしまうのは避けられないか。
もう瞼は完全に落ちている。意識だけが辛うじて、現世で耐えていた。
「か、かんかんは……」
「我、蜥蜴」
なるほど、この睡眠香は人間にしか効かないものらしい。
彼はそう答えるや否や、いずこかへ走り去っていった。
その気配に大仁は、すっかり安心して意識を手放すのだった。




