第33話 再会-大仁
空を往きながら水珠は言った。
「詳しくは聞かなかったけれど、他所でも胎児の頭を……だとしたら」
懐の白鼬もまた、沈んだ調子で答えた。
「呪術、でしょうねぇ」
「やっぱり、そう思う?」
「動物を使うのは蠱術の典型ですからね」
蠱毒とも呼ばれる。
その有名な手法は、百匹の毒虫を一つの壺に封じて共食いさせ、最後に残ったものを鬼とし、それを使役し対象の命や財を奪うというもの。
そのため勘違いされがちだが、用いるのは毒虫に限らないのだ。
また、共食い以外の方法もある。
例えば動物の死肉で人形を作り、呪いたい対象の名を記した紙などと共に埋めれば、相手に不幸が降りかかるという。
このとき、動物をより残酷に殺せば、効果が増すともいう。
黒犬幇斬法は、今や詳しい方法は天界の禁書にしか載っていない恐ろしい術として、水珠は記憶している。
用意するものは、四十九日をかけて妖気を込めた剣に、幇斬符と対象の姓名を記した紙、そして雄の黒犬だ。
符紙を燃やしながら呪文を唱え、黒犬の首を斬り落として火にくべれば、紙に名の書かれた者が死ぬという呪術である。
その真価は紙に書く名が一つである必要はない点にあろう。
戸籍なら町一つを、軍名簿なら軍一つを、たちどころに殺せてしまう。
千年以上前には、動物の死体を対象のよく通る道に埋めるという方法で――今では失われたということは、実際にはもっと複雑な手順があるのだろう――時の黄帝を疑心暗鬼に陥らせた。
これは都を大いに混乱させ、果てには皇太子の挙兵にまで至った。
呪術師の密告が相次いで、連座も含め数万人以上が死罪となったとされる。
そのほとんどが冤罪であったろうことは、言うまでもない。
白鼬が吐き捨てるように、
「くだらないことに命を使いますよ、まったく」
「うん、本当にそうだよ」
二日後、水珠は巳陽に到着した。
州の中心たる都市だけあって広く、人も多し。
水珠は慣れない人混みを、人相書き片手に回る。
詳細を明かすことなく聞いてみれば、その額に特徴的な傷ある僧侶は、州守の食客として抱えられているらしい。
その名も、独覚だった。
「行商人の言った通りだ」
「もう間違いありませんね、お嬢」
しかし、そうなると解せないことがある。
邪法師・独覚は、なぜ、わざわざ、自分の居所を教えるような真似をしたのか。
頭を捻りながら歩いていたものだから、人にぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい!」
「いや、こちらこそ――って」
「大仁くん! それに康康くんも! 久しぶり!」
「水珠、心心! 奇遇だね!」
「ね! びっくりしちゃった」
こんなところで花剣道士と、そのお供たる青蜥蜴に再会できるとは。
彼の優しそうな目元に、荒んでいた心が少し、和らいだ。
「それにしても」
と水珠。
「意外とみんな、近いところをうろちょろしてるんだなぁ」
「他にも誰か会ったの?」
「ちょっと前まで、壮さんと一緒だった」
「そうなんだ。あ、こんなところで立ち話もなんだし」
ふたりは適当な飯店に入って、食事をしながら話すことにした。
「それじゃ、大仁くんは三日前にはここに?」
「ああ。ちょっと狸に頼まれてね」
「狸?」
「東のほうにある、拳頭山の、って言ってもわからないかな、狸たちがそう呼んでるだけだし。そこに化け狸の一家がいてね。おれも通りがかりに脅かされたんだけど」
「ま、通用しないよね」
「そしたら、なんだか懐かれちゃってね。それで、おれの力を見込んで兄を探して欲しいって。まあ、方角のこともあるから確約はできないと言ったけど、右往左往して結局、ここさ」
いわく、その兄狸は、ある目的のためにこの町へ向かった、と。
その目的というのが――、
「方術大会?」
「水珠は、来たばかり? なら、まだ知らなくても当然だね」
なんでも州守は三年ほど前から、僧や道士や、ともかく神通力があると自称する者を半年に一度、屋敷に集めて歓待するようになったのだそう。
美味い酒と豪華な食事にありつけるうえ、褒美もくれる、という。
白鼬が口を開く。
「ねえ、お嬢。もしかして、独覚がここに来いと言ったのは」
「うん。わたしを方術大会に参加させたかったのかも」
あの独覚がいる州守の屋敷に、石子の術を使ってでも忍び込むのは難しいだろう。
なれば、この方術大会とやらは良い口実になる。
そうして、のこのこやって来たところを、不意打ちでもするつもりだったのかもしれない。
一人と一匹が通じ合っていると、大仁たちは怪訝な顔。
そこで水珠は、これまでの経緯を語ろうとしたが、
「あー……ご飯、済ませてからのほうがいいかな」
「よっぽどの話なんだね」
さて、食後の茶で喉を潤してから改めて、水珠は話した。
大仁は眉をひそめ「……酷い話だ」と。
「でも、おれたちがここでこうして出会ったのは、きっと、このためなんだろう」
「大仁くんなら、そう言ってくれると思った」
「それで、水珠、被害者は子供だけでもなさそうだよ。この数日で少し調べたところ、兄狸の他にも方術大会に参加して、行方不明になった者がいる」
「そうなの?」
「屋敷を訪ねて門前払いにされた人から聞いた。ただ、参加者全員でもないようだけれど……呪術のためだとすれば」
「そうか、なにか、求める条件に合致した者たちが」
多分――と青蜥蜴が口を開く。
「本物」
白鼬が補足する。
「術師や霊能者として、本物のみが標的にされたんでしょう。呪術の効果を増すためか、それ以外の理由があるかはわかりませんけどね」
なるほど、と水珠と大仁は頷いた。
そして大仁が言った。
「犠牲者は結構な数になっているかもしれない」
水珠に異論は全くなかった。
「だね。そして、今後も増えていく、きっと」
「おれたちで、食い止めよう。今、ここで」
「うんっ!」
水珠は、まるで百人力を得たような気持ちだった。
あの邪法師には、一対一で敗ける気はしない。
そこに大仁もいれば、万が一もあり得ないと確信できた。
だが、白鼬は不安そうに、
「動物の勘ってわけじゃありませんけどね。ずっと背中の毛がそわそわしてるんです」
水珠は撫でてあげるも、やっぱり、そわそわしていると言う。
しかも青蜥蜴までもが「危険」と。
ふたりの道士は神妙な顔を見合わせる。
小獣と言えども仙境産まれの仙境育ち。
その二匹が言うのなら本当に、自分たちが思う以上の危険が待ち受けているのかもしれない。
それでも、往かねばならない。
そのことは二匹もわかっているから、止めはしないのだ。
「わかってる」と大仁。「充分に気をつけるよ」
「だね。独覚が強いのは、身をもって知ってる。油断はしないよ、本当」
方術大会は、翌日の夕方より、正式に募集を始めるという。
屋敷には大仁のみが赴くこととなった。
「水珠、きみは顔が割れているし、石子の術で潜入しても、相手の庭ではすぐに露呈するかもしれない。術を破るのは、独覚の得意とするところのようだしね」
「うー……やきもきするけど、そうなるよねぇ」
「どうせすぐに、きみも駆けつけることになるさ、きっとね。そして、そのときが」
「うん、そのときには」
――邪法師の最期だ。




