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第23話 無料賭博

 それから数日後、道士一行は二つの村を経て町についた。

 城壁に囲まれた、そこそこ大きな町だ。


 道端では家の無いらしい人たちが、ちらほら、ぼんやりしている。

 そのためだろうか、どうにも空気が重い。


 水珠(スイジュ)は眉をひそめた。


「町守さまは、なにしてるんだろう?」

「さあな。暗愚なのか、単に、どうしようもねえのか」


 宿を確保するや否や、ふたりは調査に繰り出すことにした。

 もっとも、本当に町守の政策がためなら、道士の出る幕ではないが……。


 聞き込みは二手に別れて。

 水珠は主に、道端でぼんやりしている人たちに当たってみた。


 ところが、なんとも要領を得ない。

 皆口々に、よくわからないと言うのだ。


「えっと……」

 水珠は戸惑いつつ、訊き返した。

「事業に失敗した、とか。こういうことになった原因があると思うんですけど」


 男は、虚空をじっと眺めて、やはり、首を横に振った。


「わからない、なにも……なにか、こう、頭に靄が掛かったみたいだ」

「失礼ですが、ご家族は?」

「わからない……いたような気もするし……最初から、ここにいるような気もする」


 まさか、そんなことはあるまい。土から産まれたわけじゃなし。

 そう思えど、彼の只ならぬ様子に、水珠は閉口した。


 ひとまず、その場を離れる。

 肩の相棒が、怪訝な声で言った。


「なんだか変ですよ、お嬢。家無しになった理由がわからないなんて」

「うーん……でも、己の恥を口にしたくないだけかもしれないし」

「またまた。お嬢だって本気でそんな風には思ってないでしょ」


 それは彼女の言う通りだった。

 誤魔化しているとか、そういう雰囲気を彼から感じ取ることは出来なかった。

 他の人にしたってそうだ。


「……記憶」


 水珠の呟きに、白鼬(シンシン)が首を傾げる。


「どういうことです?」

「家の無い人たち、話を聞いて思ったのは、肝心の記憶がないんじゃないかなって」

「だから、家を失った理由も、家族のことも、わからない、って?」

「うん」


 水珠は、自身が記憶を消せる側だから、そう思ったのだった。

 これ以上は、壮の収集した情報も合わせて、意見を交わす必要があるだろう。


 一人と一匹は待ち合わせ場所に定めた、町の広場へ向かった。

 すでに彼は待っていた。


 傍らには、もう一人、妙齢の女性が立っていた。

 随分とやつれた様子だ。


(ヂワン)さん、お待たせしました。それで、そちらの方は?」

「この町で起きていることを教えてくれる人さ」


 女性は、涙ながらに話し始めた。


「わたしには夫と子がいます。でも、今は、実家で暮らさなくてはならないのです。もしも、わたしの両親がすでに亡くなっていたら、わたしも星月の下で寝ることになっていたでしょう」


「夫婦喧嘩、ってわけじゃないみたいですね」


「それだったら、どんなに幸せだったかと思います。……子供は病気なのです。治るものだと言われていますが、それにはたくさんの薬がいります。本当にたくさんの……夫とわたしは、爪に火を灯すようにして働いていました」


 そんな、ある日のことである。


「夫は真面目な人です。賭け事なんてしない人だったんです。でも、ほんの数ヵ月前から、町では変わった賭場が出来たみたいで……」


 水珠は首を傾げた。

「変わった、って?」


「場代を取らず、いえ、そもそも、無一文だって賭けられるというんです」


「それは確かに変ですね」

 というよりも、まともじゃない。水珠はそう思った。

 儲けを得ない、得る気がない賭場なんて、あり得ない。


「それも、そこでは賭場の主人との一対一でしかやっておらず、勝てば、その主人がなんでも好きなものをくれるというんです。お金でもなんでも。現に、それで大金をせしめた人もいるんだ、って夫は……」


 そこで女性は大きな涙を零した。

「帰って来た夫は……どういうわけか……わたしのことを覚えていませんでした」


「それで家を」

「はい……」

「お子さんは?」

「子供のことは、覚えているみたいで……」


 嗚咽を漏らす彼女の肩を、水珠は抱いてあげた。

「ええ、わかりました。ありがとうございます、話してくれて。わたしたちにお任せください」


 そうして壮を見る。

 彼も力強く頷いた。


「あんたは、家に帰るときのことを考えていれば良い」

「ほ、本当に……? あ……ありがとう、ありがとうございます……!」


 教えてもらった賭場に、ふたりは早足で向かう。


「町中に溢れる家無しの人も、きっと、そこで記憶を盗られたんだ」

「だろうな。あの人は……いや、夫のほうか……勝った奴もいるなんて誰かに聞いたようだが、確かに最近、金持ちになった家もあるにはあるが、賭場とは無関係だったぜ。成金だ、ただの」


 件の賭場は、町の外れにある。

 異様な屋敷だった。なにせ、門のすぐ傍には男も女も、目の虚ろな者たちが、塀に寄り掛かるようにして座り込んでいたのだ。

 酷いにおいだった。風呂も入らず、糞尿も垂れ流しのようだ。

 中には、すでに息絶えている者も……いるかもしれない。


 壮が舌打ちする。

「取り上げられたもんを取り返そうとして、次から次に記憶を賭け金にしちまったんだろう」


 小猿(リーリー)が「なるほどのォ」と頷く。

「その挙句に、生きるのに必要な記憶もやっちまったんじゃなァ」


 水珠は、じっと屋敷を睨みつける。


 記憶――それは、その人の根源と言えよう。

 もしも自分が、愛する家族の記憶を奪われたら、それはもう決して水珠とは言えないものになる。水の玉から産まれた、人間ではないなにかだ。


 塀の傍で項垂れる人たちも、もはや人間とは言えぬ有様。

 ここの主は人間性を奪っているのだ。


 あの女性の夫のように、家族のために勝負した、ばかりではないのだろう。

 ここにいる多くが、欲に目が眩んだ者ばかりなのかもしれない。

 だが、それは、こんな風に、人を人でなくして、一人寂しく死んでいくことを是とする程の罪だろうか。


 必ずや、この賭場の主にこそ、罪の報いを受けさせなくてはならぬ。


 水珠が花剣を握り締め、今まさに屋敷へ突入せんとしたところ、

「お嬢! 待ってください!」

 肩の白鼬(シンシン)に止められた。


「なに? 早く助けないと」


 壮が言った。

「虎穴に入らずんば、とは言うが、無策で突っ込んでどうする」


 では、どうするのか。


「まずは俺が行く。一人でな」

「一人より、ふたりのほうが」


 彼は手で制し、続けた。


「俺は正面から、賭けをしにきた(てい)で入る。主人とやらに出会って、ボコす。上手くいけば、それで決着(ケリ)だ。記憶を奪う術なんざ、喰らわなければどうとでもねえからな」


「んむ……それは、まあ、そうかもですね」


 決闘において、彼は四花道士の中では最も優れていると五金君から評価されている。だから信頼はできる。

 ちなみに澄泥は術の発動が早く精密なことを、大仁は回復術を、それぞれ高く評価されている。


「が、ここじゃあ、花剣や術が効かねえなんてこともあり得る。つーか、ほぼ、な」

「どうして、そう思うんですか?」


「術師の賭場だからだ。術師なら他の術師もいることくらいわかってる。そして、力で結果を覆されるような賭場は、賭場にならねえ。賭けってのは取り立てがあって成立するもんだ」


 普通の賭場にも、そういうときのために用心棒がいる。

 腕力には腕力で対抗する。

 ならば、特殊な力の持ち主は、同じように特殊な力の持ち主に対抗する手段を用意しているという道理。


「つーわけで、まずは力でどうにかなるか、試してくらぁ」


 そして壮は懐に小猿(リーリー)を隠し、門をくぐるのだった。

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