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第10話 少女失踪中

 水珠(スイジュ)澄泥(チャンニィ)梅城(バイジョウ)という町を訪れたのは、彼女たちが仙境から人界に降りてから、三日目の昼の頃である。

 この間に一つの町と村を巡ったが、これといって花剣道士の関わるべき問題は起きていなかった。


 城壁に囲われた中規模の町で、元の名前は梅城ではない。いつの頃からか、東の壁の隙間を縫って生えてきた梅の木が物珍しいと有名になったことで、その名に改められたのだ。


 梅の花はすでに散ってしまった後だが、水珠は妹を思い出さずにはいられなかった。口の中に甘味と苦味が同時に広がるようだった。


 名前が雪梅(シュエメイ)ということもあってか、彼女は梅の花が好きだった。


 宇宙からの侵略者が降ったあの里山の麓には白梅があり、時期になると家族四人で観に行ったものだ。妹が三歳のときと、四歳のときだけだが。

 妹が五歳の頃から――水珠が両親から疎まれ始めた頃からは家族三人で行くようになった。雪梅だけは、後から水珠とも行ってくれたものだった。


(秘密のお花見も、楽しかったけど……でもやっぱり)


 家族四人が仲睦まじかった頃の思い出は、なにものにも代えがたい。

 たとえ、化け物の娘を疎んじるようになったとしても、両親にもその記憶はあったのだ。


(でも、斬ってしまった。他でもない、わたしのせいで……)


 あの頃の記憶は、雪梅も朧げなものとなっていることだろう。

 あるいは、夢のようにさえ思っているかもしれない。


(きっと……あの頃をちゃんと覚えているのは、わたしだけ)


 この世で、ただ独りだけ。誰に語っても、それを真に思い出せる者はいない。

 孤独な思い出なのではなかろうか。


 水珠は、道士となった日から雪梅に会っていない。

 なにを話せば良いか、わからなかったし、両親のことで負い目もあった。


 ただ、年に数度ほど、こっそりと村を覗く。

 両親は記憶の他には後遺症のようなものはないようだ。

 妹も、もはや自分のことなど忘れたのかもしれない。


 それならそれで良いとも思った。

 元気に、幸せに、暮らしている。混じりっ気のない家族三人で。


(わたしという偽りの娘がいたこと……思い出して欲しいって、あのときは思ったけど)


 今でも思ってはいる。

 けれど、それは、そのうえでまた、元の家族四人に戻りたいという途方のない夢でもある。


(そうでないのなら、戻らないほうが、良い? 白銀君さまは説得してくれると仰ってくれたけど……)


 なんとなしに横を歩く澄泥をそっと覗く。

 もしも花剣の能力が、と言ってくれたとき、嬉しかった。

 けれど、本当にそうなったとき、彼女に頼るかどうかは、まだ、わからなかった。


 不意に澄泥と目が合った。


「水珠? どうかしましたの?」

「う、ううん。なんでもない」

「そう? なら良いのですけれど、なにかあったらお願いしますわね」


 水珠は、思う。

 答えの出ない問いなんて、後で良い。


(そもそも、記憶が戻らない可能性のほうが高いんだし!)


 今はとにかく、白銀君への恩返しこそ、己の果たすべきこと。

 花剣道士として、師に代わって、天下の陰に蠢く魔を討つのだ。


 そのためには、腹が減ってはなんとやら。

「澄泥ちゃん、あそこでご飯にしよ!」

「あら、良いですわね。海老はありますかしら」


 それが、期待からも恐れからも逃げる道だという自覚は、水珠にはなかった。


 食後、澄泥が白湯を啜りながら言った。

「良い意味で、占いが外れたのかもしれねえですわね」


「たしかに、なにもないのは、良いことだよね」

「ま、こちらとしても、悪い意味で外れるよりは良いですわね。拍子抜けではありますけれど」


「悪い意味って?」

「それはもちろん、わたくしたちでは、どうにもできない問題が起きていた場合ですわよ」

「あー……最悪。まあ、でも、期限は一週間なんだし、ね」

「ですわね。結論を出すには早計でした。ここは、それなりに大きな町ですし」


 ひとまず、ふたりは役所に向かってみることにした。


 が、門前払い。

 この前の村や町では長から話を聞けたのだが、梅城の町守は道士を信じていないらしい。


 水珠は少し困った顔で、

「術の一つでも見せられたら、よかったんだけど」

「それ以前の問題ですわね。水珠、貴女、ちょっと忍び込んで驚かしてきて」


 笑って冗談めいた提案を受け流し、あっ、と閃いた。

「道端で術のお披露目でもするのは? 話題になったら、困ってる人が来てくれるかも」

「あら、名案!」


「お困りごとあらば、なんなりと! 花剣でパパッと解決いたします!」

「良い! 良いですわよ~、その口上でいきましょう!」


 火の粉や水の泡の散る幻想的な剣舞は好評を博して、あれよあれよと言う間に、おひねりが集まってきた。


「って、違うんですの~!」


 まだ人のまばらなときに口上を述べたのが良くなかった。

 水珠が改めて、なにか困っていることはないかと問えば、ある不機嫌な顔した主婦は、

「うちの人、浮気してるんですよ! 性懲りもなく三度目! 懲らしめてやってくださいよ!」


 ある赤ら顔の呑兵衛は、

「水を酒にすることってぇのは、無理ですかね、へへへ」


 また、ある商屋の雑役らしき少年は、

「最近、売り上げが落ちてるみたいでさ。さっきみたいなの、うちでも頼める?」


 といった具合に、花剣道士の出張るような話は中々ないまま。

 そのうち騒ぎを聞きつけてやってきた衛兵によって強制的に解散させられるのだった。


 水珠らが次なる一手を相談しつつ、ひとまず、その場を離れると、三人の衛兵のうち、最も若い男が追ってきた。


「君たち!」


 澄泥は鬱陶しそうに手を振った。しっ、しっ、と。

「もう、やりませんわよ」


「そうじゃなくって……君たち、術師ってのは本当かい?」


 水珠は察して、例の口上。

「お困りごとあらば、なんなりと! 花剣でパパッと解決いたします!」


「お、おぉ。頼もしいね、うん。それで、実は――」


 月にふたり、と彼は言う。

 うら若き娘の失踪が相次ぎ、早四ヵ月。


 七人がいなくなった。

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