はち
平気なふりをしているだけだった。
ちっとも、大丈夫なんかじゃなかった。
ライナスは、まだフェリシアのことを想っている。
考えてみれば当然のことだっだ。この4年間、あんなにも焦がれた目で見ていたのだ。そう簡単に、気持ちの整理がつくわけがない。
私だって彼の気持ちを知っておきながら、何年もずるずると想い続けているのだ。終わらせることの難しさは誰よりもよく分かっているはずだったのに。
どうして、それが私じゃないのだろう。
ライナスは今でもフェリシアのことが好き。その事実を改めて目の当たりにして、そこまで想われている彼女への嫉妬と羨望が私の中にぐるぐると渦巻くのを感じる。
はっと乾いた笑いが出た。2人には幸せになって欲しい。あんなの、とんだ偽善だった。論外という言葉を聞き、心の底ではホッとしていた。フェリシアにその気がないのを知り、私は喜んでいたのだ。
……ごめんね、ライナス。
ウィル様の逞しすぎる身体を見て、何がなんでもフェリシアに会わせたいと思った。それは心の何処かで、これでフェリシアがライナスの手を取ることは永遠にないと感じていたからだ。
今もそう。彼に申し訳ないと思うのに、それでも会う約束を止めようとは言い出せないでいる。ライナスは一人で黙って泣いていた。それでも、私はあんな場面を見ておきながら、ウィル様と会う都合のいい日を聞かれて淀みなく答えてしまっている。
悪魔のような女。
散々言われた言葉を思い出して、自嘲の笑みが漏れた。全くもってその通りだわ。
――フェリシアがウィル様と結ばれたからと言って、ライナスが私を好きになってくれるわけでもないのにね。
……だって私は、フェリシアとは全然違う。
彼女のように可愛くもなければ、柔らかな空気も纏っていない。
そもそも彼には妹のようだとハッキリ言われている。
恋愛対象にないのだ、私は。
ごめんね、ライナス。
ああでも、まだあの2人が結ばれるとは決まっていない。
フェリシアは筋肉が好きだけど、相手の人柄もちゃんと見ている。ウィル様の見た目は好みでも、性格は嫌だと思うかもしれない。気の良さそうな人だったから、可能性は薄そうだけど。
ウィル様だって、フェリシアを気に入るとは限らない。結婚相手を探しているとはいえ誰でも良いわけではなく、辺境伯夫人として相応しい相手を求めているはず。彼女はふんわりとした見た目に反して意外としっかりしているので、可能性は薄そうだけど。
そうよ。ウィル様が、隣にいる私の方を気に入ってくださる可能性もある。
黒い髪に赤い目をした悪魔のような私だけど、好みというのは十人十色だ。フェリシアと違って可愛げはないし、彼女のように癒されるタイプでもなければ、華やかな見た目もしていないけれど、それでも私を選ぶ可能性だってある。
……ぺらっぺらに薄いというだけで。
いっそウィル様色のドレスでも着て、アピールしてみようかしら。
ちらりと想像して、止めた。
彼、髪も瞳も黒なのよね。黒髪の私がウィル様色のドレスを着たら、……喪服になるわ。
それに会う場所は外である。
気候もいいことだし、王都の外れにある大きな植物園に行こうという話になったのだ。室内で向かい合って紅茶を啜るよりも、珍しい花でも見ている方がお互い緊張せずに済むだろうし、話題にも困らないだろうというライナスからの提案だ。
植物園ならドレスよりも、動きやすいワンピースの方がいい。
それに当のウィル様だって、びっくりして引いてしまうわよね。
……馬鹿なことを考えるのは止めよう。
「ねえリンジー、このワンピースどうかしら?」
今日は週末の約束に向けてフェリシアと服を選びに来ていた。清楚な白のワンピースを身に着けて試着室から現れたフェリシアは、背中に羽が生えてるんじゃないかと思ってしまうくらい綺麗で、清らかな天使のようだった。
「まあまあまあ! とてもよくお似合いです!」
他の客もチラチラとフェリシアを見ているし、店員さんもテンションが上がっている。
「こちらの帽子も合わせられてはいかがですか? お手持ちのアクセサリーとも良く合いますし、お客様の魅力がよりいっそう引き立つかと思います!」
「あら、素敵な麦わら帽子ね。どう、リンジー?」
「っ!!!」
これは……悶絶レベルだわ……
「まあ…………」
店員さんも、女性だけど真っ赤な顔をしてぽ~っと見惚れている。
私も、眩しすぎて言葉が出てこない。
ライナスが見たら真っ赤になって固まりそう。ウィル様も即落ちするんじゃないかしら……
う、ううん、落ち着いてリンジー。
可能性はゼロではないのよ。限りなくゼロに近いというだけで。
「とっても素敵ね。いいと思うわ」
フェリシアが試着したワンピースを私も着てみたけれど、びっくりするほど似合っていなかった。
◆ ◇
可能性はやっぱり極薄だった。
「…………」
「…………」
植物園で邂逅した瞬間、ウィル様とフェリシアの時間がピタリと止まった。2人とも頬を桃色に染めながら、お互いを食い入るようにじっと見つめまくっている。
これは……予想以上の反応だわ。
この2人を会わせたらお互い好意を持つのでは? と思ってはいたものの、ここまで顕著な反応が見られるとは思わなかった。誰がどう見ても、双方一致の一目惚れ状態である。
恋って年数じゃないのね……
4年も想ってきた相手を、ぽっと出のウィル様に一瞬で奪われてしまった。隣で立ち尽くすライナスをおずおずと横目で見ると、彼がなんとも言えない気まずそうな顔をして私を見ていた。
なぜか、ポンポンと慰めるように軽く頭を撫でられる。
ちょっとよく分からない。傷ついているの、あなたよね……?
しばらくして埒が明かないと思ったのか、ライナスがウィル様の背中をばしっと叩いた。途端にハッとしたウィル様が、フェリシアに深いお辞儀をした。
「ああ、申し遅れました。ウィルフレッド・エインズワース辺境伯といいます。どうか俺のことはウィルと呼んでください」
「私の方こそ、ぼーっとしてしまってすみません。フェリシア・レストンと申します。ウィル様があまりにも素敵すぎて、つい見惚れてしまいました」
「見惚れていたのは俺の方です。あなたが、あまりにも可愛らしすぎて」
「まあ、お上手ですのね。お世辞でも嬉しいですわ」
2人の周囲にキラキラとしたエフェクトが見えた気がして、思わずごしごしと目をこすった。
完全に2人の世界が作られている。
これは……このままプロポーズが始まってもおかしくない空気だわ……
「社交辞令ではなく本心だ! あなたのように素敵な女性は見たことがない。俺のような男には不釣り合いだと分かっているが、どうしてもあなたが欲しい。フェリシア嬢。どうか、この俺と結婚してくれませんか」
「とても嬉しいです。ウィル様、私をあなたの妻にしてください!」
懸念していたら本当にプロポーズが始まってしまった。する方もする方だが、される方も大概だ。ハイスピードの求婚は間髪入れずに受け入れられてしまった。
あまりにも早すぎる展開に、ライナスがあんぐりと口を開けている。
「ばっ、馬鹿かお前は! 手ぶらでプロポーズする気か!」
いや、そこじゃないと思うけど。
とっさの対応力に優れていると評判の騎士団長サマが、だいぶ混乱している。
「あぁ、それもそうだな……。なんの用意もなく不躾に申し訳ない。フェリシア嬢、後日改めて屋敷までお伺いさせて頂きたい」
「ありがとうございます。ウィル様のご来訪を心待ちにしていますわ」
ウィル様がフェリシアにさっと手を差し伸べる。フェリシアもすかさず手を伸ばし、触れあった瞬間、2人が再び見つめ合った。今度は、バックに薔薇が舞うエフェクトが見えた。
すっかり自分たちだけの世界を作りあげている2人を感心する思いでまじまじと眺めていると、ポンと肩を叩かれた。
ライナスがわざとらしく咳払いをする。
「リンジー、行くぞ。……こいつらはもう放置でいいだろ」
完全同意である。
私は深く頷いて、ライナスの後に続いた。