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 論外事件の翌日、ライナスの様子は明らかにいつもと違っていた。


 朝の挨拶もぎこちないし、視線も合わせてくれない。書類にペンを走らせているけれど、どこか上の空で窓の外を見ている。


「…………はぁ」


 そして、深い溜め息。


「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

「何か悩みがあるなら、私で良ければ相談に乗るわよ?」


 やはり、昨日のフェリシアの発言に相当ショックを受けているようだ。よく見ると目の下にはうっすら隈が出来ている。


 無理もない、好きな人に論外とまで言われたのだ。


 ……ごめんね、ライナス。

 罪悪感でチクチクと胸が痛む。もう少し、場所を考えて話をすれば良かった。


「その、私じゃあまり役に立たないかも知れないけれど、愚痴ならいくらでも聞いてあげられる。もちろん、誰にも言ったりしないわ」


 私の慰めなんて何の足しにもならないかもしれないけれど、それでも、一人で抱えているよりマシだと思う。


「…………誰のせいだと思ってるんだか」

「え? 何? もう少し大きな声でお願い」

「悩みなんてこれっぽっちも存在しないと言ったんだ」


 ライナスは私を恨みがましい目でじろっと睨んだ後、ガタっと席を立った。


「ちょっとライナス、どこに行くの?」

「訓練所だ。……部下たちに指導をしてくる」


 ――――それ、八つ当たりじゃないわよね?





 ライナスの様子が気になって、彼に黙ってこっそり後をつけてみた。対象者は現在、ドカドカと大きな足音を立てて騎士団の廊下を歩いている。


 本人が身体を動かしてすっきりしたいだけならいいけれど、関係ない騎士たちを巻き添えにしてはいけない。

 いざとなれば責任をもって彼を止めないと。


 フェリシアに論外なんて言わせたのは、私のせいでもあるのだし。


「あれ、リンジーさん。こんなところでどうしたんですか?」


 使命感を持ってこそこそ尾行をしていたら、角を曲がるところで背後から声を掛けられた。

 昨日の細身くんだ。

 彼の声に反応したのか、ライナスがピタッと立ち止まっている。まずい、気付かれちゃう!


「し、しーっ! ちょっと黙ってて」

「わかりました、フェリシアちゃんとのデートで手を打ちますよ」

「はぁ?」

「今すぐ黙りますから、オレに協力してください!」


 チャンスだと思ったのか、細身くんが私の肩をがしっと掴んで、詰め寄って来た。

 なんて図々しい!


「そんなの、無理に決まってるでしょ!!」


 思わず大きな声が出て、はっと口元を手で抑えた。


 しまった。そう思うも遅く、ライナスがこちらを振り返っている。

 地獄の番人のような、恐ろしい顔をして。


 このピリピリとした空気にまったく気付いていないのか、細身くんは呑気に笑っている。


「そんなこと言わずにお願いしますよ~。約束を取り付けてくれたら、お礼にリンジーさんにもいい人紹介しますから」

「あなた、危機感がないって言われない!?」

「動じない男だとはよく言われます」


 長い足であっという間に距離を詰めたライナスが、私に張り付いていた細身くんをべりっと剥がす。


「――――おい、お前。ちょっと来い」

 

 それは、生贄が決まった瞬間だった。



 

 ◆ ◇

 



「………………」


 本日は晴天。窓の外は憎らしいほどの良いお天気である。


「どうした、暗い顔して。何かあったのか?」


 書類仕事をしていたライナスが、机から顔を上げた。今朝と違って、どこかスッキリとした表情をしている。


「…………別に、なんでもないわ」


 一方の私は、明らかにどんよりとした顔をしながらも、素っ気なく言い放って彼からくるりと背を向けた。 


 ――言えるわけないじゃない。貴方のことで落ち込んでいるなんて。



 あの後、細身の彼があまりに哀れだったので、私は再びライナスの後をつけていたのだ。そうしたら、怒りのオーラを纏ったライナスが、騎士団の地下にある特別啓発室に細身くんを引きずって入っていった。

 

 通称、お説教部屋である。


 ぶるっと身震いして部屋の窓から中を覗いたら、凄みのある声が外にいる私にまで聞こえてきた。


 ライナスの声だ。


「お前はそれでも騎士か。嫌がる女性にしつこく迫る、そういう奴らを取り締まる立場なのに同じことをしてどうする」


 震えあがる細身くんにライナスが容赦なく圧を掛けている。じろりと睨む金の瞳は鋭いなんてものじゃない。殺気が混ざっている。


 一体、何をそんなに怒っているの?


「いいか、フェリシア嬢のことは諦めるんだ。これ以上リンジーに迷惑をかけるな。次に彼女たちにちょっかい掛けたらどうなるか……分かっているだろうな」

「は、ははは、はい! 了解でありますッ!!」



 …………ああ、そういうこと。



 その瞬間、私は全てを理解した。ライナスは八つ当たりではなく牽制をしていたのだ。

 フェリシアに、悪い虫がつかないように。


 そういえばさっきの細身くんは、かなりしつこくフェリシアとのデートを所望していた。


 昨日だって、ライナスがいつからあそこにいたのか分からないけれど、恐らくフェリシアが細身くんに絡まれていたところを遠目に見ていたのだろう。


 スッと心が冷えていく。説教部屋の中ではライナスが未だに何か凄んでいて、細身くんが無言でコクコクと首を縦に振っていた。


 きっともう、彼はフェリシアに近寄らない。しつこいデートの誘いも、これでぱったり途絶えるだろう。



「論外なんて言われても、諦めきれないんだわ……」



 とっくに分かっていたけれど。

 やっぱり私の恋は報われなくて、覆せない現実なのだと思い知らされてしまった。






 あれから半日も経っていない。

 さすがに気持ちが切り替えられなくて、今朝のライナス以上に鬱々としていたら、ポンと肩を叩かれた。


「リンジー、手を出せ」


 振り返ると、手のひらにコロンと一粒のキャンディが転がってくる。


「これ……」

「やるよ。――好きだろ、それ」


 鮮やかなイチゴ色のキャンディ。


「うん、好き……」


 実際に果物が使われているこのキャンディは、甘いだけではなくほのかに酸味も効いていて、とても美味しい。

 私の大のお気に入りで、子供の頃、両方の頬に詰めていたらリスのようだとライナスに揶揄われたことがある。


「言いたくないなら黙っていればいい。でも、どうしても吐き出したくなったら、俺に言えよ」

「……ありがとう」


 窓から差し込む日の光を反射して、宝石のようにきらきらと光るキャンディをぎゅっと握り締める。


 ……ふふっ。悩みの原因に慰められるなんて、可笑しいわね。


 ライナスは昔からいつもこうだった。私が悲しい顔をしていると、こうして気に掛けてくれていた。そして、いつもこのキャンディをくれるのだ。


 幼い頃はただ甘いキャンディが嬉しくて笑っていた。


 今では彼の優しさが嬉しくて笑みを浮かべてしまうのだけど、キャンディが好きなだけだと未だに思われている節がある。

 騎士団に入りたての頃も、仕事でミスをして落ち込んでいたら、よくこのキャンディをくれたっけ。


 だから好きになってしまったの。だから私は、いつまで経っても彼に囚われたままでいる。


 彼に、好きな人が現れても。


 あふれる気持ちを堪えるようにきゅっと目を閉じたら、泣きそうだと思ったのか、ライナスの大きな手が私の頭に伸びてきた。

 ぽんぽんと、優しく慰めるように撫でてくれる。


 普段は不愛想なくせに……

 こういうところ、ほんと、ずるい。


「ライナスも、吐き出したくなったら私に言ってね」

「リンジー……」

「大丈夫! ライナスのいいところをフェリシアが知れば、きっと好きになってもらえると思うわ」

「……っ」


 この私がそうであるように。


「私で良ければ協力するわよ。デートも、私と3人なら彼女も頷いてくれると思う」


 ライナスが何か言いたげに瞳を揺らしている。

 少しでも彼の慰めになるように、にっこりと笑ってみた。

 

「……ライナス?」


 けれど、なぜかくしゃりと顔を歪めて、ふいっと顔を逸らされる。


「そういうのは必要ない。俺のためを思うなら、余計なことをしないでくれ」


 彼はただ苦しそうな顔をして、黙って窓の外を見ていた。


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