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そもそも、ライナスにとって私は対象外の存在である。
16歳のデビュタントの時に、彼が団長と話をしているところを私は聞いてしまったのだ。
『あれがライナスの大事な子か。綺麗な子じゃないか』
機嫌の良さそうな団長と違って、その日のライナスは終始渋い顔をしていた。眉間にしわを寄せて、むっつりと押し黙っている。
『プロポーズはもうしたのか? 早くしないと、他の男に奪われてしまうぞ』
『揶揄わないでください。リンジーはただの従妹です。俺にとって、あいつは妹みたいなものですよ』
彼は私のことをただの従妹だと言った。妹みたいなものだとも。
……だから彼が私を見ているだなんて、ありえないことだったのだ。
◆ ◇
「フェリシアちゃん! 今度の休日、オレとデートしない?」
「ごめんなさい、その日は予定があるの」
騎士団内でも、学生時代と同様にフェリシアは頻繁に声を掛けられている。
さっさと帰りたいのに、今日も廊下で足止めを受けてしまった。
「予定ってなに? 来週でもいいよオレ」
彼は新人騎士らしく、綺麗な顔をしているが体格は細身だ。中身も軽そうだし、残念ながら彼女の好みからは程遠い。
にこにこと愛想良く笑っているけれど、フェリシアの腰は完全に引けている。
「来週になっても無理よ。申し訳ないけれど、あなたとデートはできないわ。本当にごめんなさいね」
「え~、なんで? どうして駄目? 好みのタイプとか教えて欲しいなあ」
はっきり断られているんだから諦めればいいのに……。
しつこく絡まれて、フェリシアが可哀想なくらい困っている。黙っていられなくて、ずいっと彼女の前に出た。
「フェリシアは私と買い物に行くのよ。ちなみに、来週も再来週も私が予約しているわ。これから先もずーっとフェリシアの相手は私よ。貴方の出番は永遠にないと思って」
「じゃあリンジーさんも一緒にどう? オレの友達も呼んで4人で行こうよ」
「結構です。あなたも、あなたの友人にも、これっぽっちも興味はないの。これ以上しつこくしたらハラスメントだって上に報告するわよ」
「うう……この悪魔め……」
じろっと恨みがましい目で見られた後、とぼとぼと細身の彼は去っていった。
「ありがとう、リンジー。助かったわ!」
「夜会が近いせいか羽虫のようにわらわらと湧いてくるわね……。私と違ってフェリシアは可愛いから大変ね」
「違うわ。リンジーと違って、決まった人がいないから寄って来るだけよ」
「決まった人ってもしかしてライナスのこと? それ、夜会のパートナー限定よ」
ある意味理想の高いフェリシアは、私と同じく22歳にもなって未だ婚約者もなく独身を貫いている。実家は貧乏な子爵家なので特に問題ないらしい。いいのか、それで。せっかく可愛いのに、勿体ない。
ライナスのことはどう思っているんだろう。
騎士団の中にお目当ての人はいないらしいけど、相手がライナスなら私に遠慮して黙っているだけだという可能性もある。
私の気持ちをフェリシアに言ったことはないけれど、私がライナスの気持ちに気付いてしまったように、親友の彼女なら察知されていてもおかしくはない。
ライナスは美形だけど、精悍な顔立ちをしているのでひ弱な印象はないはず。目を見張るほどの厚みはないけれど、6年間騎士を務めているだけあって十分に逞しい体つきをしている。全くの圏外ではないはずだ。
部下たちに指示する時の冷静な姿はキリリとしてカッコいいし、剣を振るう熱い姿は言葉を失くして見惚れてしまうほど素敵である。
鋭い金の瞳は睨まれると怖いけど、笑った顔は可愛いし、寝顔はもっと可愛くてキュンとする。
書類仕事が苦手なライナスは、時々居眠りをしてガクッと身体が揺れるのだ。よだれの垂れる無防備な姿が拝めるのは、補佐の特権だと私は思っている。
威圧的なところもあるけれど、根は優しいし思いやりだってある。ライナスは決して、見た目や肩書だけの人じゃない。
フェリシアが惹かれてもおかしくないのだ。
「それよりも、フェリシアはどうなの?」
「どうって、なにが?」
「ライナスのこと……どう思う?」
「は?」
きょとんとした顔でフェリシアが私を見ている。
思いもかけない人の名前が出ました、て顔。
「ええ、なに言ってるのよリンジー。どうもこうもないわよ。リンジーは知っているでしょ、私の好みのタイプ」
「筋肉が好きなんでしょ。散々聞いたから知ってるわよ。でも、それならライナスもいい線いってるんじゃないの? 騎士だし、鍛えているから筋肉だけはあると思うけど」
「確かにそこいらの文官よりはマシだけど、まだまだ厚みが足りないわね。腕の筋肉が、せめてあと1.5倍は欲しいところだわ」
拳を握ってしみじみと語るフェリシアの目は本気である。
本気で、1.5倍を所望していらっしゃる。
思わず、じっとりとした目を返してしまった。
……いやそんな人、どこにもいなくない?
国境沿いにある地方の砦とかに行けば会えるのかしら……。少なくとも、都会的な男性の多い王都で見つけるのは至難の業だと思う。
「フェリシアって理想が高いわよね。結婚適齢期なんて短いのよ? ある程度は妥協しないと、独身を貫くことになっちゃうわよ」
「別にいいわ。どうせ実家は貧乏な子爵家だし、いい人が見つかっても支度金が用意できないもの。ここの給料はそこそこ高いし、騎士のみんなも理想には足りないけど目の保養としては悪くないし、大好きなリンジーもいるし。私、今の生活を気に入ってるの」
大好きなリンジー。
その言葉に、胸がジーンと熱くなった。
嬉しい。私だってフェリシアのことは大好きなのだ。
彼女もライナス同様、可愛らしい外見だけの人じゃない。ちやほやされるからと言って甘えることなく仕事はきちんとこなしているし、影でコソコソ人の悪口を言ったりしない。
学園にいる時も、私が公爵令嬢だからといって構えることなく普通に仲良くしてくれた。
他の人たちと違って、媚びることも、避けることもしなかった。
私が王太子殿下の婚約者を苛めているという噂が立った時も、フェリシアだけは私を疑わなかった。殿下に詰め寄られた時も、リンジーはそんなことをするような人じゃないと私を庇ってくれた。
だから彼女なら。
フェリシアなら、きっぱり諦めようと思えるのだ。
ライナスの想う相手がフェリシアだからこそ、2人が両想いなら切ないけれど身を引ける。むしろ2人には幸せになって欲しいとさえ思う。
だって2人とも、大好きだから。
「フェリシア……私もあなたが好きよ。でもフェリシアは可愛いから勿体ないと思うのよね。ねえ、本当にライナスは駄目? 少しくらいいいなと思わない? 今は厚みが足りないかもしれないけれど、これから育つかもしれないわよ? フェリシアとライナスならお似合いだと思うわ」
「しつこいわよリンジー。ライナス様は論外よ!」
……でも、どうやらライナスの一方通行のようね。
論外。言うに事欠いて、論外ときたか。
ライナスに恋愛感情はない……なんとなくそんな気もしていたけれど、ここまで対象から外れているとは思わなかった。フェリシアの呆れた目は本心で、私に遠慮しているわけではなさそうだ。
ライナスも可哀想に。望みが薄いと感じていたから、私で手を打ったのかしら?
それとも既に撃沈しているのだろうか……
その時、ガシャン、と派手な音がした。
振り向くと、後方約3メートルくらいのところにライナスがいて、傷ついた表情で呆然と立ちつくしている。
隣には彼と仲の良い第1の部隊長がいて、言葉を無くしたライナスを気まずそうにちらりと見ていた。
……もしかして、今の会話聞かれてた!?
「うっわ、ライナスかわいそ~! 脈無しじゃん」
「うるさいっ、行くぞ!」
床に落ちた大きな剣を拾い上げ、ライナスがこの場を去っていく。
後ろ姿がどんよりして見えるのは、気のせい……じゃないわよね。まずい、完全に聞かれていた。まさかこんなにも近くに彼がいるとは思わなかった……
「はぁ~あ」
いっそ両想いであって欲しかった。それなら私も、見込みのない片想いに終止符を打てたのに。
ほんと、世の中は上手くいかないことばかりである。