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「リンジー! あなたの従兄ってすごいわねえ。いくら伯爵家の子息とはいえ、24歳で騎士団長なんてそうそうなれるものじゃないわよ」
午前の業務を終え、騎士団の食堂でやや遅い昼食を口にしていたら、トレイを持ったフェリシアが隣の席にやってきた。
淡い金髪に、澄んだ水色の瞳。
パンケーキのようにふんわりとした雰囲気の、とても可愛い女性だ。
彼女は学生時代からの親友で、私と同じくここ騎士団で働いている。副団長であるライナスの補佐が私で、騎士団長の補佐をしているのがフェリシアだ。
補佐と言っても剣をふるう騎士ではなく、事務方の仕事をしている。
18歳で学園を卒業してから、早くも4年が経った。最初は失敗ばかりだった仕事も、もうすっかり慣れた。
初めのうちは働くことに反対していた父も、諦めたのか今では何も言われなくなっている。
父は私を溺愛しているので、嫁に行きたいと言われるくらいなら、働きたいと言われる方がマシだと思っているのかもしれない。冗談なのか本気なのか、お酒が入ると泣きながら「一生うちに居ていいんだよ」と言うのが父の口癖なのである。
「ライナス、剣の腕だけは昔からすごかったから」
「剣の腕だけじゃないでしょう? 軍略も見事だし、とっさの判断力も優れているし、人をまとめ上げる能力も自分以上だと団長様が褒めていらしたわ」
頬を薔薇色に染めて語るフェリシアに、食堂のあちこちから熱い視線が集まっている。彼女は騎士団の男性陣にとても人気があるのだ。
性格も穏やかで優しく、自分の妻にと狙っている男は多い。
私とは真逆である。
フェリシアには学生時代から下心のある男性がたくさん群がっていた。それを冷たい視線と厳しい口調で蹴散らしてきたのがこの私、リンジー・エクランド。これでも公爵家の令嬢である私のガードは鉄壁で、肩を落として引き下がる後ろ姿を何人も見送ってきた。
彼らいわく、私は悪魔のような女らしい。
まあ、この外見だしね……
銀色のスプーンにゆらりと映るのは、華やかさの欠片もない女。重たい黒髪に、血のように真っ赤な色をした瞳。フェリシアとは全然違う。
性格だって彼女のような可愛さはない。悪魔というのはあんまりだが、フェリシアのように天使ではないのも確かである。
……別にどうしても結婚したいわけじゃないから、いいけれど。
とろりとした黄色のオムライスを掬って、ぱくりと口の中に入れた。うん、今日も絶品だわ。
言っておくが、私だって彼らとの仲を無差別に引き裂いているわけではないのだ。フェリシアの好みは逞しい身体をした男性なので、ひょろりとした貴族の令息たちでは彼女の心を得られなかった。ただそれだけのことである。
しつこい男に絡まれて困っている友達がいれば、全力で助ける。それって友人として当然のことよね? たぶん誰でも同じことをすると思う。
ちなみに、恐ろしいことに彼女のお眼鏡にかなう筋肉の持ち主は未だ現れていない。逞しい男性がごろごろ転がっている騎士団で働いているにも関わらず、だ。
騎士と言ってもそこまで筋肉があるわけじゃないのねという落胆の声には、彼女の好みを熟知している私ですら驚愕した。
騎士ですら厚みが足りないってどうなの……。
フェリシアはいったいどんな熊男を求めているのか、私には理解しかねる領域である。
「ねえ、プロポーズはもうされたの?」
「は?」
「今度の夜会では、ライナス様にパートナーを申し込まれたんでしょう? それってそういうことよね。リンジーを、未来のパートナーに希望されているということよね?」
水色の瞳をきらきらと輝かせるフェリシアに、ふっと冷笑を送った。
「そんなわけないじゃない。私がパートナーを務めるのは、ただ単に他に候補がいないだけよ」
「そうかしら」
「それにまだ私と出るなんて決まってないわ。夜会まであと一月もあるんだし、その間にライナスに恋人が出来たら、そっちに乗り換えるでしょ」
フェリシアが期待するような展開は、ありえない。
私は消去法で選ばれた、間に合わせのパートナーなのだ。
エスコートをしても周囲が勘繰らず、本人も勘違いして恋人気取りをしてこない、都合の良い存在。それが私なのである。丁度いいって今朝ライナス本人も言っていたもの。
それにほら、ライナスも……フェリシアを見ている。
ちらりと横目で彼を見た。ここから少し離れたところに座っているライナスが、私たちの方をじっと見つめている。
……なんて顔をしているのよ。
切なげに細められた金の瞳には、ありありと恋慕の情が見て取れる。決して冷やかしなどではない、本気の目だ。
視線の先はもちろん私じゃない。私の隣に座る、可愛い親友に向かっている。
――――そう、ライナスはフェリシアが好きなのだ。
慎重に選んだ結果が私。
それはつまり、思い切って彼女に声を掛ける勇気が、ないということ。
今朝は私を散々威嚇して、誤魔化そうとしていたけれど……要するにそういうことよね?
間に合わせの私じゃなくてフェリシアを夜会に誘えばいいのに。断られるのが怖くて踏み出せないのだろう。
ライナスは、私に気付かれていないと思っているのだろうか。
私の隣にいる彼女をこんな目で見ておきながら。
私がライナスの視線に初めて気が付いたのは、騎士団に入って一月が経った頃だった。熱を孕んだ眼差しは、最初は自分に向けられていると思って浮かれていたけれど、すぐに勘違いだと気が付いた。
だって彼は、仕事中にこんな目で私を見ることはない。
彼の瞳に想い煩うような色が混ざるのは、フェリシアと一緒にいる時だけなのだ。
そもそも彼とはそれなりに長い付き合いである。
お互いの母が姉妹なので、その関係上ライナスとは幼い頃から何度も出会っていた。
でも私は、これまで彼のこんな焦がれるような目を、一度も見たことがなかった。ライナスにじろりと睨まれたり、呆れた目で見られることはあっても、熱を帯びた視線なんて受けたことがない。
こんな彼を知ったのは、騎士団で働くようになってから。
ライナスは女性に人気があるのに、24歳になった今でも婚約者どころか恋人すらいない。
昔はそれなりに遊んでいたらしいけれど、フェリシアが入団した4年前からは、女性の影がぱったり途絶えていると先輩たちから聞いている。
その答えなんて、もう、一つしかなかった。