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じゅう+に


 宝飾店を出た後、天気が良いので公園をぶらぶらと2人で歩いてると、ライナスが芝生の上に腰を下ろした。



「悪い、少し休ませてくれ」


 もうすぐ隣国から使者が来るので、その関係でライナスはここ数日とても忙しそうにしている。昨日も遅くまで仕事をしていたらしく、目の下にはうっすらとクマが出来ていた。


「無理しなくても良かったのに」

「無理をしていないから、こうして休んでいるんだろう?」


 久しぶりに取れた休暇なのだから、デートなどせず家でゆっくり身体を休めて欲しいと言ったのだけど、私と一緒にいる方が癒されるからと言ってライナスは譲らなかった。


 穏やかな空気が頬を撫でる。

 気持ち良さそうに目を閉じた彼の隣に、私もすとんと腰を下ろした。


「出掛けて正解だ。ベッドの上で寝ているよりも、こちらの方がよほど心地良いな」


 柔らかい芝の上で寝転がりながら、ライナスが私の手をすりすりと頬にすり寄せた。まるで飼い主に甘えている大型犬のようである。


 人肌が癒されるのかしら……


 以前、失恋をきっかけに猫を飼い始めたと知り合いのマダムが言っていたのを思い出す。ペットの温もりに心が癒されるらしい。それと同じ感覚なのだろうか。


「眠くなってきたな……」


 ライナスが大きなあくびをした。本当に眠そうで目がとろんとしている。

 なんだか可愛い。


「ふふ、膝枕でもしてあげましょうか?」

「ああ、頼む」

「……うっ。ごめんなさい、冗談でした」

「なんだ、してくれないのか」


 ほんの出来心で揶揄ってみたら、返り討ちにあってしまった。即座に謝罪をしたけれど、寂しそうに目を伏せられてぐっと喉を詰まらせる。


 うろうろと視線を彷徨わせた後、覚悟を決めてどうぞと言って足を差し出せば、幸せそうに薄く微笑まれて余計に頭がパンクした。




 ◆ ◇




「ねえ、ライナスまでこちら側に来るとバランスが悪くない?」

「大丈夫だ。うちの馬車は、その程度でぐらつくような安物じゃない」


 帰りの馬車の中で、ライナスは迷うことなく私の隣に座ろうとした。

 今までは対面で座ることが普通だったのに、私たちの間にあった普通が短い期間であっという間に塗り替えられている。


 隣に座ると肩を抱き寄せられた。

 馬車に乗るといつもこうだ。ライナスはやたらと私に触れてくる。


 癒されたいのは分かるけど、ほどほどにして欲しい。心地よさそうな彼とは違い、私はまだまだこの状況に慣れていないのだ。

 

「ライナス」

「ん?」


 だからどうして、そんなに甘やかな目で私を見るのよ。

 声だって妙に甘いし。フェリシアの言っていたことを……うっかりと信じそうになるじゃない。


「ネックレスありがとう。私からも、何かお礼をしなきゃいけないわね」


 彼からスッと視線を外して、金色のチェーンに指を滑らせた。

 ピンクにも見える可愛らしい赤の宝石を眺めていると、ライナスがふっと笑った。


「礼ならもう貰ったからいい」

「? まだ何も返してないわよ?」

「して貰っただろう? さっき、公園で」


 スカートの上から足をつうっと撫でられて、ひゅっと息が止まる。

 気を抜いてからの攻撃は本当に止めて欲しい。真っ赤になった私を見て、ライナスが嬉しそうにくすくすと笑っている。


「あんなの、お礼のうちに入らないわよ」


 むっとした顔をするも、それすらも楽しそうである。


「それなら、もっと別の礼を貰おうか」


 ライナスが急に真面目な顔つきをして、私の顎を掬い上げた。ほんの数秒前までふざけていたのに、その名残を感じさせない真剣な目にざわざわと胸が騒ぎだす。


 彼がスッと目を細めた。

 薄い唇が少しずつ近づいてきて……


「おっ、お礼だけど、ゆっくり考えさせて!!!」


 私は、ものすごい勢いで首をブン!と横に振り、顔を逸らした。

 バクバクと心臓が猛振動をしている。



 ねえ。あなたは、好きでもない子とキスが出来るの……?



 後ろから深い溜め息が聞こえてきた気がしたけれど、気付かない振りをして窓に張り付いた。


 それから家に着くまで、私は外の景色を眺める態を装って、家に着くまで遣り過ごしていた。




 ◆ ◇




 ライナスに家まで送り届けられた後、ホールでぼ~っと立ち尽くしていると母がやって来た。扇で口元を隠しているが、ニヤついているのがはっきりと分かる。

 あんなにのぼせ上っていた頭が、一気に冷えた。


「素敵なネックレスじゃない」

「……お母様。愛はないですよ?」

「あら、おかしいわね。私には愛しか感じられないわ」


 以前と変わらない母の態度に、さっきまでふわふわと浮いた気持ちが途端に萎れたものになる。愛なんてありえない。彼にとって今の私は、温かくて癒される猫のようなものなのに。


 ペット感覚で甘えて、可愛がろうとしているだけよ!


 母が扇をパチンと閉じて、私の胸元に突き付けてきた。


「ぶすくれているけれど、現実を御覧なさいな。あなたが首からぶら下げているそれが、何よりの愛の証でしょうに。金色のチェーンに赤色の宝石よ。あの子色のネックレスを贈られておきながらどうして否定できるのか、私には理解できないわ」

「これは……たまたま目に付いたネックレスが、これだっただけよ……」

「ふん、偶然にしては出来すぎているわね。この前の夜会のドレスも赤と金が使われていたのよ? きちんと色を見て選んでいるに決まってるでしょ」

「あのドレスは関係ないわ。あれは……元々、私に贈るつもりで用意したものではなかったのよ……」


 半ば押しつけのように渡されたドレス。

 もし私に着てもらいたくて用意していたのなら、もっと早く贈られていたはず。

 ううん、それだけじゃない。

 あんな思わせぶりな色のドレスを渡しておきながら、ライナスはそのことに何も触れずに帰って行った。


 ぐっと唇を噛みしめていると、母が深いため息をついた。


「リンジー。あなたそれ本気で言っているのかしら」

「言ってるわ。だって、1週間前に贈られたのよ!? あまりにも急じゃない」

「そう。あの子がドレスを持ち込んだのは、1週間前だった。直前とも言える頃合いよ。それなのにこちらが対応できたのは、一体、どうしてかしらね?」


 母の言葉にハッとする。

 言われてみれば確かにそうである。


 どうせ好みのドレスは似合わないからと、全てお任せにしているからピンときていなかったが、通常、夜会に着るドレスは何ヵ月も前から用意をしておくものだ。

 オーダーメイドで製作に時間がかかる上、人気の店だとすぐに予約が埋まってしまうからである。


 手持ちのドレスを使い回すこともあるが、王宮主催の大規模な夜会でそれはあり得ない。公爵家としての矜持にかけても一級の品を新調することになっていたはず。

 それなのに、急に贈られたドレスを見ても母は慌てず、むしろホッとしたような顔をしていた。


 よくある種類の宝石なので疑問に思わなかったが、父から贈られたアクセサリーも今思えばドレスの雰囲気に良く合っていた。

 そして、あのドレス自体も私の身体にぴったりと合っていた。


 そう、まるで誂えたように。


「騎士団長に叙勲されると決まった時にね、ライナスが公爵家にお願いに来たのよ。ドレスはこちらで用意させて欲しいとね」



 嘘………………

 あのドレスは、急に決まったことではなかったの?


 

「それがどういう意味を持つのか、あなたも馬鹿じゃないなら分かるでしょ。……もう少し、ライナスを信用してあげなさいな」 



 母の言葉に、私は何も返せなかった。

 ふらふらとしながら自分の部屋に戻り、部屋着に着替えさせようとする侍女を下がらせて、ベッドに身体を投げ出した。


 …………ライナスは本当に、私のことを?


「まさか……」


 ポツリと呟く。

 あのドレスは、私の為に用意されていたものだった。彼の色を使ったドレス。それの意味するところは私にでも分かる。

 

「まさかね……」


 失恋の特効薬は新しい恋というけれど、それは簡単なことではない。

 だって新しい恋には相手が必要だ。以前の恋を、上書きできるような出会いがないことには何も始まらない。そして、一方通行であれば再び苦しむだけである。


 フェリシアたちのような運命的な出会いがあれば、どんなに辛い恋でもあっという間に忘れられると思うけど…………あれは稀有な例だ。


 だから私に触れるのだと思った。


 彼にとって手近にいる私。丁度いい存在である私の温もりに触れて、失恋の傷を癒そうとしているのだと思っていた。

 でも、ただ私に触れたいだけだとしたら……



 私は、私が気付いていなかっただけで、実はライナスに愛されていたのだろうか。



 ぐっと、シーツを握り締めた。


 でも、と思う。

 にわかには信じきれない。



 だって決定的な言葉がない。

 私はライナスから、1度も好きと言われていなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ライナスさん……まぁ、なんどかリンジーの勘違いやら間の悪さやらで、言いそびれた部分らはありますが。 結婚も決まったし、伝わってると思ってるのかな?女の子は言わないとだめですよー(ノ_<)…
[一言] そりゃそうだよねぇ。 言葉で最初から表していればねぇ。 そんでもって母よ、リンジーが第二候補、として事前にドレスが用意されていたという計算高く最悪な可能性を除外しちゃダメよ。
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