じゅう
ライナスに求められている。
そう錯覚してもおかしくないほど彼の様子は熱を帯びていた。苦しそうに告げられた彼の言葉には、愛を乞う響きが感じられる。
私でいいの……?
頬がみるみる上気していくのを感じる。声が震えて、上手く言葉が出てこない。
「わ、私……」
すっかりのぼせ上っていた私は、続いた彼の言葉に一気に全身の熱が引いた。
「確かにウィルはいい奴だ。情に厚いし、懐だって深い。人の話にはきちんと耳を傾けるし、自分が悪いと分かれば素直に謝罪する潔さもある」
……どうしてウィル様が出てくるの?
ああ、そうか。
すとんと腑に落ちた。この熱は私に対するものじゃない。
彼はただ、私に縋り付いているだけなのだ。彼女に伝えることができない言葉を、代わりに私に告げている。
「剣の腕前も優秀だ。騎士学校時代のあいつは、俺と常に互角でやりあっていた。辺境を守るからと言って騎士団には入らなかったが、もしウィルがいれば団長の座は俺ではなくあいつだったかも知れない」
ライナスは恐ろしく剣の腕が立つ。あまりに実力差がありすぎて話にならないので、剣術系の大会には参加していない。そんな彼と同等とは、ウィル様はかなりの実力者なのだと推測できる。
きっと、2人は素敵なライバル関係だったのね。
学生時代の2人を想像して、温かいものが私の胸に流れてきた。ライナスにとってウィル様は、フェリシアの心を奪った恋敵に他ならない。それでも、彼の口からウィル様を貶めるような言葉は一言だって出てこなくて、ひたすら賛辞ばかりが綴られていく。
私と、フェリシアのようだわ……
彼の言葉の端々から、ライナスにとってウィル様が大事な友人なのだということが伝わってくる。彼は嫉妬しつつも、ウィル様のことを誰よりも認めている。
ライナスはウィル様のことが大好きなのだ。
「あいつに惹かれる気持ちは分かる。既に家督を継ぎ、辺境伯として立派に責任を果たしているウィルと比べると、俺はまだまだ未熟だと思われていても仕方がない。気持ちだって簡単に切り替えられないのも理解している。それでも、」
そこまで告げて、ライナスがぐっと眉を寄せた。
「それでも、俺を選んで欲しいんだ…………」
ああ。本当に、よく似ている。
好きな人が、自分よりも素敵な友人に惹かれている。
応援したい気持ちと、それでもなお自分に振り向いて欲しいと願ってしまう黒い感情。天使と悪魔が自分の中でせめぎ合う、その状態にライナスも陥っている。
私と、同じだわ……。
ライナスの言葉は私の心の深い部分に潜り込んできた。それでも私を選んで欲しい。それは、心の奥底で私が抱えていた本音と全く同じものだったから。
切なそうに揺れる彼の目が、今にも、泣き出しそうに見えて。
私は拳をぐっと握って、声を張り上げていた。
「そんな顔しないでよ!」
ライナスがハッと目を見開いている。
「ライナスも素敵な人よ。弱っている人がいれば気に掛ける優しさを持っているわ。厳しいことも言うけれど、筋は通すし、決して見捨てない情の厚さもある」
彼は部下に厳しいけれど、決して突き放しはしない。私の好きな赤いキャンディ。あれを、落ち込んでいる他の団員にあげているのを私は見たことがある。
細身くんの件だって、ただ自分勝手に牽制していたわけじゃない。そもそもフェリシア本人が嫌がっていたし、私だって困り果てていた。2人とも迷惑していたからこそ、しっかり言い聞かせてくれた部分もあるのだと思う。
その証拠に、あれから細身くんに特別当たりが強くなったかといえばそうじゃなく、むしろ可愛い女の子を紹介してあげたと聞く。ライナスは怒ると恐いけど、面倒見もいいのだ。
「ウィル様のこともそうよ。恋敵だからといって、貶めたりしないじゃない。ライナスは相手のいいところをきちんと見ることが出来るし、認められる人よ。だから部下もあなたについていくの。ライナスだって、立派に団長を務めているわ」
彼が剣の腕だけの人なら、前団長はライナスに後を任せたりしない。戦闘能力が欲しいだけなら、副団長のまま据え置きにしたって問題ないのだ。
騎士団の皆をまとめられると信じたからこそ、ライナスに団長を託していった。
「ライナスだってウィル様に負けてない。あなたは十分、魅力的な人よ。前の団長はライナスのことを可愛がっていたし、団員たちも皆あなたを慕っているわ。夜会ではいつも大勢の令嬢がライナスに熱い視線を送ってる。だからそんな顔をしないで。みんな、あなたのことが大好きなのよ!」
――――フェリシアに選ばれなかったからといって、自分を卑下する必要なんてない。あなたは素敵な人で、皆に愛されているのだから。
訴え掛けるように彼の目を見たら、ライナスの顔がぶわっと赤くなった。
「リンジーは」
「私?」
「リンジーはどうなんだ? 俺のことを、少しくらい好きだと思ってくれているのか?」
「え、ええ。まあ」
「じゃあ婚約してくれ」
「え?」
「そこまで言うなら……俺と婚約してくれるよな?」
………………………………。ええ?
「リンジー、返事は?」
「は、はい?」
「いいのか! ありがとう……!」
いえ、これは返事じゃないのだけれど。
しかし、感極まった様子のライナスにぎゅっと抱き締められてしまい、それ以上言葉が出てこなかった。なんか、水を差すようで……
どうして、いきなり婚約なんて言い出したのか。
彼がなにを考えているのか、さっぱり分からない。
ライナス、失恋してやけになっちゃったのかしら?
◇ ◆
ライナスの行動は早かった。
翌日には、108本の薔薇を抱えたライナスが我が公爵邸にやって来た。
母は歓喜しているし、父はぶつぶつと呪詛を唱えている。
この展開に、私だけ理解が追いつかなくて戸惑っている。
確かにあの時、私は彼の誤解を敢えて訂正せずそのままにしておいた。それは、婚約とは恐らくあの場限りの勢いであって、すぐに我に返ると思ったからだ。
あの時のライナスは酷く傷ついているように見えた。今にもぷつりと糸が切れてしまいそうな危うさを感じたのた。不安に揺れた瞳で縋るように見つめられて、あの時の私に彼を受け入れない選択肢はなかった。
それに、そもそも婚約は成立しないと踏んでいた。おそらく父が全力で拒絶すると思ったのだ。しかし、なぜか予想に反して父はがっくりと肩を落として、大人しく書類にサインをしている。謎すぎる。これは明日雨が降るどころではない。大規模な災害の前触れかもしれない。
ライナスとの婚約。それ自体はもちろん嬉しいけれど……それよりも現状、戸惑いの方が勝ってしまっている。
「なるべく早く結婚したい。婚約期間は3か月ほどでいいか?」
ねぇ、ライナス。
あなたは本当に………………これでいいの?