いち
楠結衣さま主催「騎士団長ヒーロー企画」参加作品です。
私の好きな人には、他に好きな人がいる。
彼は隠しているようだけど、私はすぐにピンときた。だって彼はいつも熱を帯びた目で、彼女をじっと見つめているから。
視線はなにより雄弁だ。時折、金の瞳が切なそうに揺れていることも。彼女に近寄ろうとする男性を鋭く睨みつけていることも。うっかり視線が合いそうになって、素早く逸らしていることだって、私は全部知っている。
あんなにも焦がれるような目で見ておいて、隠し通せているつもりなのかしら?
静かに首を横に振る。ああ、恐らく私が気付いていることなど、どうでもいいと彼は思っているのだろう。あの人は、私のことなんて眼中にないから。
胸元のロケットペンダントには、彼に貰ったキャンディが隠されている。仕事中にミスをして、落ち込んでいた私に彼がくれた一粒の赤い宝石。今でも大事にとっているなんて、きっと彼は知らない。
上手く行くといいわね。
私の恋は報われない。悲しいけれど、覆せない現実だと分かっている。
だからせめて、きっぱり諦めさせて欲しいの。
大丈夫。私はにこやかに笑っておめでとうと言える。彼女に対して嫉妬心がないと言えば噓になるけれど、それ以上に納得する気持ちの方が大きいから。
だって彼女は、私とはまるで正反対の素敵な女性で……
――――世界で一番大好きな、私の親友なのだから。
◆ ◇
「ねえ、ライナス。本当に私で良かったの?」
「うるさいな、リンジー。何度も言っているだろう? 俺に婚約者はいない。姉も妹もいないし、母は絶対に父が離さない。君の他に、丁度いいやつがいないんだ」
「でも……」
言い淀む私を、不機嫌そうにじろりと睨んだのは、燃えるような赤い髪に鋭い金の瞳をした青年。
騎士団でも圧倒的な実力を持つ彼は、現在24歳の若さで副団長に就いている。
「なんだよ。リンジーも決まった相手はいないだろう? 君の兄上は婚約者のエスコートで腕が埋まっているし、父君だって伯母上がいる以上、同様に君の相手は務められない。どうせ親戚に頼る必要があるなら、それが俺だったとしても別に構わないはずだ」
「それはまあ、そうだけど」
「なら何も問題ないだろ。話は終わりだ」
ライナスが鋭くぴしゃりと言い放つ。有無を言わせない雰囲気に、続けようとしていた言葉がぴたっと喉の奥で止まった。
背が高く、体格の良い彼の圧は強い。戦場で敵を威嚇する姿は味方ですら怯みそうになると、この前第1の部隊長が言っていた。
分かるわ。長い付き合いである私ですら、こうして強く出られると威圧感を感じてしまうもの。
だが私は敵ではないのだ。
ついでに言うとここは戦場でもない。だからそう、威嚇しないで欲しいのだけど。
すっかり話を切り上げたと思い込んで背を向けた彼の、青い騎士服の裾をつんつんと軽く引っ張った。
こうすると毒気が抜けるのか、ライナスの態度が少し柔らかくなるのだ。
「……なんだよ」
案の定、困ったように眉を下げて、ライナスが後ろを振り返ってくれた。
ライナスの言い分も分からなくはない。彼の血縁者でパートナーのいない女性となると、私の他は3歳の姪と5歳の従妹と、足を痛めて屋敷に籠っている70過ぎの祖母だけだ。
彼のエスコートのお相手には、現状、確かに私が一番の適任者だとは思う。
「でも今度の夜会は、ライナスにとって重要でしょう? いつものように付き合いでちょこっと顔を出すような気軽な夜会だったらいいけれど、今回はあなたが主役といっても過言じゃないのよ。相手は、もっと慎重に選んだ方がいいと思うわ」
来月行われる王宮主催の夜会。そこでは叙勲も行われ、なんとライナスは騎士団長に任命されるのだ。
ここ数年抗争を繰り返していた隣国との争いが激化して、今年の初めに大きな戦争が始まった。国力的にこちらの方が優勢だったとはいえ、小競り合いと違って総力戦である。皆が不安に駆られ、騎士団内でもピリピリとした空気が漂っていたのだが、争いはたったの3ヶ月で呆気なく幕を閉じた。もちろん我が国の勝利である。
その時の一番の功労者が目の前の彼、ライナス・ワイアット伯爵子息。私の母方の従兄であり、幼い頃から交流のあった幼馴染でもある。
先の戦いではスムーズに勝利を収めたものの、こちらの被害が全くなかったわけではない。現騎士団長が右腕に深い怪我を負い、利き腕が使えなくなってしまったのだ。人望の厚い方だったので引き留める声は多かったのだが、本人はすっぱりと騎士を引退し、奥様の領地でゆっくり過ごすと仰られた。
ライナスなら安心して任せられるという、お墨付きの一言を添えて。
終わらせたはずの話を元に戻されて、ライナスが苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「慎重に選んだ結果がリンジーだろ。俺には恋人もいないんだぞ」
「恋人はいなくても、ライナスならパートナーになりたがる令嬢がいっぱいいるでしょ。なにも私じゃなくても、そういう子の中から選ぼうとは思わないの?」
「思うわけないだろ。そういうやつらはな、一度でもエスコートすればでかい顔してにじり寄って来るんだ。ただの間に合わせなのに、勘違いされてたまるか」
ちっと舌打ちしているけれど、それは適当に決めるのが悪いのだと思う。
「それなら、勘違いされてもいいと思える人を選べばいいのよ。せっかくの晴れ舞台なんだし、この機会に思い切って気になる人を誘ってみれば?」
「……別に、そんな相手いねぇし」
ライナスがぐっと言葉を詰まらせて、私からふいっと視線を逸らした。なにか誤魔化したいことがある時の、彼の癖だ。
……私相手に通じると思っているのかしら。
ライナスの金の瞳が切なそうに揺れている。彼女を思い浮かべていることくらい、お見通しなのである。
「本当に?」
「ああ」
「嘘ついてない?」
「っ、なんなんだよ。しつこいぞ!」
ライナスが赤い髪をぐしゃぐしゃと乱暴に掻き回す。
「ああもう、わからないやつだな。他に候補もいないのに、どうやって選ぶっていうんだよ。いいから来月は俺のために空けておけよ、間違ってもほかの奴のエスコートを受けるんじゃないぞ!」
一方的に言い散らして、ライナスがばたりと扉の向こうに去った。
副団長は忙しい。
それは彼付きの補佐をしている私が誰よりもよく知っている。
これ以上仕事の邪魔は出来ないと、私はすごすごと引き下がった。




