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第52話 噂にはウワサを

「何なのあいつ、何しに来たのよ?!」


 マーカスが去った店内では、フィオネが苛立ちを隠そうともせずに、怒りを爆発させていた。

 彼女と同じ様にミッケもずっと毛が逆立ったままである。


「多分噂の効果を確かめに来たんだろうねぇ……ま、直接見にくるなんて向こうも大概暇人だね。」


 ニッコリと笑ってそう言うフィオンも、落ち着いた声ではあるが、ここには身内しか居ないので黒い部分がだいぶ出ていた。みんなマーカスを嫌悪していた。


「まぁ、これで噂の大元は断てたと思うよ。流石にザイルードとやり合う程馬鹿じゃ無いだろう。ごめんね、ティナ。あいつを直接問い詰めるには材料が少なすぎて、今はこれくらいで精一杯。」

「ううん。フィオンさん有難う。それだけでも十分だよ。後は地道に、誤解だって街の人に分かってもらえる様に頑張るよ。多分、暫くの間は売り上げが落ちるけれども……」


 フェオンからの気遣いに、ティティルナは少しだけ強がって微笑んだ。


 フィオンが釘を刺してくれたお陰でこれ以上根も葉もない悪意ある噂が増えることは恐らく無くなったが、既に広まってしまった噂が消えるには長い時間が必要であることは容易に想像出来たので、ティティルナは内心落ち込んでいてその言葉は尻すぼみになったのだった。


 すると、そんなティティルナを励ます様に、フィオンはティティルナの背中を優しくぽんぽんと叩いた。


「まぁ、待ちなさい。誰がこのままでいると言った?僕はさっき、売られた喧嘩はキッチリと買うって言ったよね?」


 そう言ってフィオンがニッコリと笑ったので、彼の怖さを十分に知っているティティルナは、この人にはまだ何か考えがあるのだと察した。


「あの、フィオンさん。一体何を……」


 企んでいるの?と言おうとして、ティティルナの言葉はドアが開く音にかき消されてしまった。

 常連のおばさんが店にやって来たのだ。慌ててティティルナは営業モードの笑顔を作って、来店者を出迎えた。


「あ、いらっしゃい。ドーブルのおばさん。」

「あら、今日はパンが結構残ってるのね。やっぱりあの噂が原因なのかしら?」


 常連のドーブルのおばさんは、店の中に多く残っているパンを見て、少しティティルナに同情する様に呟いた。


「ドーブルのおばさんも聞いたんですか?!」

「ええ、耳にしたけど、貴女たちがそんな悪いことするわけ無いし、酷い話よね。」


 可哀想にと言った表情で同情を寄せる、ドーブルのおばさんに、思わずティティルナは言葉に詰まってしまったが、彼女に変わって、フィオンが直ぐに相槌を打ったのだった。


「そうなんですよ。どうも、ティナたちは誰かに嫌がらせをされてるみたいなんだ。」

「まぁ、酷いわ。そんなことされる心当たりがあるの?」

「あー……それは……」


 マーカスの事を言おうとして、ティティルナは一瞬躊躇った。確証が無いのにアーヴァイン商会長が悪いみたいな事を言って良いのか迷ったのだ。

 

 するとまたしても、ティティルナの代わりに横からフィオンが会話を繋げたのだった。


「多分あれじゃないかな?。この前、急にこの店にやって来て、ティナ達の両親が残した借金を直ぐに返せって無茶な事を言われたんだろう?アーヴァイン商会に。」

「う、うん……」


 まるでドーブルのおばさんに説明するかのように芝居掛かった言動であったが、何も間違ったことは言ってないので、ティティルナは戸惑いながらもフィオンの言葉に同意した。


 すると、そんなティティルナのどこか戸惑った様な態度が逆に良かったのか、ドーブルのおばさんは「まぁ……」と言ってさっきより増してティティルナに同情する表情を見せたので、フィオンはよりこの常連客の関心を引こうと、大袈裟に立ち振る舞って話しを続けた。


「実は今日もさっき訪ねて来たんですよ。アーヴァイン商会の商会長が。よっぽど、この店を気にしてるんですよね。アーヴァイン商会は商会長が変わってから、無理な取り立てをしてるって聞くし、カーステン商店も取り上げるつもりなのかも……その為に悪い噂を流して、ティナ達を立ち行かなくさせているのかも……」


 フィオンは、深刻そうな表情で思い悩む振りをしながら感情豊かに台詞めいた説明を披露した。そう、これは同情を引く為の芝居なのだ。


 すると、フィオンの目論みはまんまと成功し、彼の熱演によってドーブルのおばさんは、同情心をガッチリと掴まれたのだった。


「まぁ、それは酷い話ね!!」

「そうですよね、酷い話ですよね。ドーブルさん、ティナ達はこんなに真面目に働いているのに。」

「えぇ、えぇ。本当に悪どいやり方ね。おばさんはティティルナちゃんの味方だからね。今後もここでパンを買うからね。噂なんかに負けちゃダメよ!!」

「あ……有難うございます!!」


 フィオンの誘導のお陰で常連客から心強い言葉を貰えたティティルナは、嬉しくて思わず声が上擦りながらお礼を言った。

 昔からの常連客がこんなにも自分たちの事を大切に思ってくれているのだと分かって、胸が一杯になったのだ。


 しかし、この話はここで終わらなかった。今の話がよほど腹立たしかったのか、ドーブルのおばさんは、渋い顔でフィオンと共に話を蒸し返したのだ。


「それにしても本当にアーヴァイン商会って酷いことするのね。兄妹で身を寄せ合って頑張ってる子たちの悪い噂を流すなんて……」

「えぇ、本当にそうですよね。せめて噂が誤解である事が広まれば良いんですけどね。」

「それなら、今ここで聞いた話を私が皆に広めるわ!」

「それは良い考えだ!ドーブルさん、是非そうしてあげてください。ティナたちの助けになりますよ。」

「任せなさい!!そういうのは得意なの!!あの噂は、アーヴァイン商会がカーステン商店を潰す為に流した悪意ある嘘だって言って回るわ!」


 そうして、ティティルナが何か口を挟む前に、あれよあれよと会話が進んで、ドーブルのおばさんは、いつものパンを買うと「大丈夫だから私に任せなさい!」と、力強い言葉を残して、店を去って行ったのだった。


「ま、これでカーステン商店の誤解も解けるだろうし、アーヴァイン商会のイメージダウンにもなるだろうね。」


 店のドアが完全に閉まるのを見届けると、そう言ってフィオンが、満面の笑みを見せたので、ティティルナは一連の流れが全て彼の思惑通りなのだと察した。


「でも、良いのかな……?」

「何がだい?」

「だって、あの噂はアーヴァイン商会が流したって確証は無いじゃない?」


 根も葉もない噂を流す。これだと向こうがやった事と同じでは無いのかと、ティティルナはそんな気がしてしまって、不安げにフィオンに尋ねた。


 するとフィオンは、そんな事を全く気にする素振りも見せずに、実にしれっと、詭弁を言ってのけたのだった。


「まぁそうだけど、僕は”かもしれない”って話をしただけだからね。ドーブルさんがそう受け取っちゃったのなら、仕方ないよね。誰も何も、嘘は付いてないんだから、問題は無いよ。」


 貴公子の如くニッコリと笑って、全く悪びれる様子もなく堂々とそう話すフィオンの姿に、ティティルナはこの人が味方で本当に良かったなと、改めて実感するのであった。

 

 こうして、ご婦人方に新たな噂話の種を蒔いたことで、ドーブルのおばさんから話を聞いたという人が、ぽつり、ぽつりと店にやって来てくれたのだが、それでも結局この日は半分近くパンが売れ残ってしまったのだった。


***


「大分売れ残ったにゃあ……あの小僧も回りくどい事なぞせずに、直接あの黒いのをやっつければ良いものを……」

「まぁまぁミッケ。立場ってものがあるからね。……今日、半分は売れて良かったよ。」


 閉店した店内で、陳列棚に残るパンを見ながら、ティティルナは少し寂しそうに言った。こんなに売れ残るのは初めてで、分かってはいた事だけれども、やはりカーステン商店のパンが食べて貰えないのは悲しくもあったのだ。


 そんな彼女に擦り寄って、ミッケはティティルナを慰めた。


「……お兄ちゃん遅いね。」

「そうだにゃ。きっとまたマニャポーションを買い忘れて、買いに戻ってるにゃ。」

「あはは、そうかもね。」


 ミッケを撫でながら、兄ティルミオの帰りを待った。


(こんなにパンが売れ残っているのを見たら、お兄ちゃんもガッカリするかな……?)


 そんな事を考えながら、ティティルナはミッケの喉の下を撫でてやった。するとミッケはとても気持ちよさそうに、喉をゴロゴロと鳴らした。


 この時の彼女たちはまだ、この後にパンの売れ残りを気にしてる余裕など全く無くなる様な出来事が待ち構えている事を知る由もなく、いつも通り、ティルミオの帰りを待ったのだった。



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