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第51話 睨み合い

「おや、客が居たとはね。てっきり、暇を持て余していると思ってたよ。」


 店に入ってきた黒ずくめの人物を見て、ティティルナは思わず身構えてしまった。足元ではミッケも全身の毛を逆立てて威嚇している。


「なんなんですの貴方失礼ですわよ?!」

「ドアから店に入って来たのだから、客に決まっているだろう?」


 男の態度に腹を立ててフィオネが咎めるも、黒ずくめの男は、彼女の抗議など意に介さないとばかりに適当にあしらって、そのまま偉そうに店内を見回し続けた。

 

「フィオンさん、この人……」

「あぁ……。アーヴァイン商会の新商会長、マーカス・アーヴァインだ。」


 そう、店にやって来たのはまさに渦中の人物であり、ティティルナ達の店と土地の権利を握っている債権者のマーカス・アーヴァインその人であった。


「あの……何のご用ですか?」


 ティティルナは嫌だったけども、おずおずとマーカスに来訪の目的を尋ねた。

 すると彼は、眉間に皺を寄せた顔でティティルナを一瞥すると、面白くないと言った感じで不機嫌そうに彼女の問いに答えたのだった。


「何、ちょっと様子を見に来ただけだ。売れ行きはどんなものかなと。しかし……思ったより売れているな。もっと客入りが悪くなると思ってたんだが……」

「こんなに売れ残ってるのに貴方何を言ってますの?!」


 さっきから失礼な態度を取り続けるマーカスに、フィオネは我慢ならず、またも声を荒げて抗議した。

 しかし、マーカスはそんなフィオネを全く気にも止めずに、ティティルナにだけ話を続けた。


「今日はお嬢さん一人だけなのか?兄の方は居ないのか?」

「お兄ちゃんは、外で仕事してるから……」

「……そうか、この店以外にも収入源源があるのか……それは予想外だな……」


 ティティルナからの情報を聞くと、何やらマーカスは一人で勝手に脳内会議を始めてしまった。


 ブツブツと呟きながら考え事をする姿は不気味で、ティティルナは黙って見守ることしかできなかった。


 すると、そんな風に戸惑っているティティルナに変わって、フィオンが前に出てマーカスと対峙したのだった。


「ちょうど良かった。アーヴァインさんに話があったんですよ。出向く手間が省けた。」

「……貴方は?」

「フィオン・ザイルード。」


 フィオンはいつもの様にニッコリと笑って挨拶をした。


 まるで貴公子の様とさえ称されるフィオンの微笑みを受けた大抵の人は、彼に好印象を抱くものだが、しかし、マーカスは眉ひとつ動かさず、無表情のままフィオンを見返したのだった。


 この二人の間には、目には見えないけど、ピリッとした空気が流れていた。


「ザイルード商会の息子か。何の用だ?」

「このお店が、アーヴァイン商会の借金の形になってるのは知ってるんだけど、一応、カーステン商店はうちの商会の所属だからね。あんまり、目に余ることはしないで欲しいな。」

「さて、何のことだか。」


 フィオンは遠回しにアーヴァイン商会に対して釘を刺したが、マーカスは全く動じずに、白を切った。


 すると、先ほどからマーカスの態度を腹に据えかねているフィオネが、我慢出来ずに彼に詰め寄ったのだった。


「白々しいですわ!ここ二日間で変な噂を流したの貴方ですわね!!」

「言いがかりも甚だしい。」


 フィオネはティティルナの事が大好きなので、彼女を虐めるマーカスを敵と認識していた。

 だから、強い言葉を投げつけて彼を非難したのだが、しかし、そんなフィオネの抗議の声もマーカスはバッサリと切り捨てて受け付けなかった。


 すると、その返答にフィオネは思わず頭に血が登って、もっと酷い言葉を言いそうになったのだが、フィオンが妹のフィオネを抑えると、あくまで冷静にマーカスと話を続けた。


「まぁ、それについては何も確証がないからね。誰が、何の目的であんな噂を流したかは、分からないよね。でも、もしこれが原因でカーステン商店が立ち行かなくなる様なことがあったら、明確な悪意のある営業妨害だ。そうなるとザイルードも本気で噂を流した犯人を探して、嘘の情報で名誉を傷つけた罪を然るべき場所で捌いて貰うつもりだよ。その黒幕もろとも、引き摺り出すよ。」


 ニッコリと笑って、穏やかな口調でそう話しているが、フィオンの目は、全く笑っていなかった。


「たかが、パン屋の一つに悪い噂が流れただけで役人が動くか?良くあることだろう?馬鹿馬鹿しい。」

「たかが、パン屋の一つでなかったら?商会同士のいざこざならば、大事だよね?ザイルード所属の店が被害にあってるんだ。ザイルードへの宣戦布告って受け取っても不思議じゃないよね。」


 フィオンは微笑みを浮かべたまま、冷静に穏やかに、しかしそれでいて相手の急所を射抜く様な鋭い言葉を投げかけた。


 すると、流石にこれには今まで何を言っても相手にしなかったマーカスも反応せざるを得なかったのだった。

 彼は態とらしく大きく一つ息を吐くと、忌々しそうにフィオンを見遣って真正面から彼と向き合うと、それでもなお、無関係という立場で言葉を返した。


「なにやら、ザイルード商会は大事にしたいようだけれども、勝手にやってくれ。うちは巻き込まないで欲しい。」

「えぇ、そうですね。我が商会は、所属している商店をとても大切にしてるんです。だからくれぐれも心得て、アーヴァイン商会は巻き込まれない様にして下さいね。ま、何にもなきゃ巻き込まれないですから。」


 フィオンとマーカスは、お互いに言葉をやり合うと、無言のまま睨み合った。


 側にいるティティルナもフィオネも、ミッケでさえも声を出してはいけない様に感じて、緊迫した空気の中二人を見守るしかなかった。


 すると、先に目線を外したマーカスがまた一つ大きく息を吐くと、不機嫌な態度を隠さずに言葉を投げかけたのだった。


「……まぁ、うちには関係のないことだ。……話はそれだけか?」

「えぇ。今の所はそうですね。」


 そしてまた少しの間沈黙が流れると、マーカスはもう一度だけ店内を舐めるように見渡して、そして出口へと歩いて行った。


「全く、つまらぬことに時間を使ってしまったな。この店と違って私は忙しいんだ。失礼するよ。」


 そう言い捨てて、マーカスは嫌な空気を店に残して帰って行ったのだった。

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