第38話 来客は続くよ
話を終えてフィオンが帰ると、ティティルナはいつも通りにお店を開店させた。
「ティニャ、大丈夫にゃ?アイツにいじめられて元気を無くしてにゃいか?」
「あれは虐められた訳じゃ無いのよ。フィオンさんは私たちの為に注意しに来てくれたのだから。」
朝から思いもよらぬ事でフィオンに注意されて少し凹んでしまったのは事実だが、気を取り直してティティルナは元気よく今日も仕事を始めた。
すると、一日ぶりに開店したお店はいつも以上に繁盛して、昼過ぎには追加で作ったパンも殆ど売れてしまったのだった。
「ティニャ、にゃんだか今日忙しいにゃ!」
「そうね、昨日お休みしちゃったから今日買いに来てくれた人が多いみたい。有り難いね!」
休む間も無い程忙しかったが、ティティルナは嬉しそうに笑っていた。
(やっぱり、このお店はパンを売らないとね。こんなにもうちのパンを食べたい人が居るのだもの。)
それに気づかされて、ティティルナはお客さんの笑顔の為にこの場所でパンを作り続けようと、改めてその思いが強くなったのだ。
だからティティルナもミッケも、どんどん来店するお客さんを次々に接客して大分へとへとであったが、それでもその顔は疲れなど感じさせず楽しそうに働いていたのだった。
こうして、忙しく働いたことで開店前にフィオンから怒られて落ち込んでいた気持ちはすっかりと小さくなっていて、ティティルナの頭の中はお店の事でいっぱいになっていた。
(今日はもう直ぐ商品が無くなりそうだけど、早めにお店を閉めようかしら……それとも追加でもう少しパンを作った方が良いかしら……)
そんな事を考えながらティティルナは、ミッケと共に少し遅い昼食を食べていて、今日はもう何も起こらない、いつもと変わらない午後になると思っていたのだが、しかし、そんな予感を裏切るように店のドアが開かれて、彼女たちに新たな問題が降りかかったのだった。
朝と同じ様に、見知った顔……今度は兄妹を気に掛けてくれている役人オデール・サーヴォルトがカーステン商店に兄妹を訪ねにやって来たのだ。
その急な来訪は、あまり良い理由では無いなとティティルナは瞬時に感じ取った。何故なら、彼は先程のフィオンと同じ様な難しい顔をしていたのだ。
「こんにちは、ティティルナさん。今日は貴方お一人なんですか?」
「こんにちは、サーヴォルトさん。えぇ、お兄ちゃんはギルドの仕事に行っているわ。」
「ティルミオ君は冒険者として順調ですか?」
「えぇ。それはもう大順調です!」
大順調はちょっと言い過ぎではあったが、実際ティルミオは、ジェラミーと一緒に毎日仕事をして、すっかりとこの街の冒険者として馴染んでいたので嘘では無かった。
「そうですか、それは良かった。ところでティルミオ君はいつ頃帰って来ますか?」
「えぇっと、いつも通りなら、もう少ししたら帰ってくると思いますけど……」
「そうですか、では中で待たせて頂いても宜しいでしょうか?」
「えっ?あ、はい。」
ティティルナは何か良くない事がこれから起こるのだろうと胸がざわついたが、流石に断われるはずも無く、オデールに椅子に座って待つように勧めた。
「……」
「……」
店内は気まずい沈黙が流れた。
「あの、サーヴォルトさんは何か用事があってここに来たんですよね?それってお兄ちゃんも居た方が良い話なんでしょうか?」
「そうですね、出来れば二人に聞いてもらいたいですね。」
「そう……ですよねぇ……」
店内の重苦しい空気にミッケも落ち着かなく尻尾をパタパタしていたが、不安そうにこちらを見るティティルナに気付くと、その身を擦り寄せて、彼女の不安を和らげようと努めた。今はオデールが側にいるから喋ることが出来無いので、ミッケに出来る事と言ったらこれくらいなのだ。
(お兄ちゃん早く帰って来てくれないかな……)
そしてティティルナは、ミッケを撫でて心細い気持ちを誤魔化しながら、ティルミオがいつもより早く帰ってくる事を祈ったのだった。
***
「え?役人さん?何か、あったんですか?」
オデールが店にやって来てから暫くすると、いつも通りにティルミオが帰って来て、彼は店のドアを開けて一番に目に飛び込んできたオデールの姿に驚きの声を上げた。
「こんにちは、ティルミオ君。そうですね、ちょっと君たちにお話があって、君の帰りを待たせて貰いました。」
そう言って席を立って出迎えるオデールに対して、ティルミオは直立不動で身構えてしまった。この前のアーヴァイン商会長の件があるから、予期せぬ来客にはどうしても警戒してしまうのだ。
直感的に何か良くない話が待っていると感じとったが、話を聞かない訳にもいかないので、ティルミオは気は進まなかったが腹を括って、妹と一緒にオデールの前に向き合った。
するとオデールは、難しい顔で兄妹に質問を投げかけたのだった。
「昨日、印刷場でいざこざがあったのはご存知ですか?」
「いや……」
開店前のフィオンとのやり取りを知らないティルミオは、当然、何のことを話しているのかが分からなかった。
だから当然、知らないと答えようとしたのだが、けれどもティティルナは、フィオンから事前に話を聞いていた為に、オデールが言おうとしてる事が分かったので、まだ何も事情を知らない兄を遮って、彼女が変わりに会話を進めた。
「もしかして……紙の件ですか……?」
「ええ、そうです。昨日、印刷所に大量の上質な白紙が持ち込まれて破格の値段で売られたのですが、余りに不自然な点が多かったので、なにか不正があったのでは無いかと役人も呼ばれたのです。それで売主を問いただしたら、この店で更に破格の値段で買ったと言ったんですよ。」
寝耳に水の話であったが、心当たりがあり過ぎる為、ティルミオはチラリと横目で妹の表情を伺がった。
するとティティルナは、あっ、という顔をすると、直ぐにオデールに対して深々と頭を下げて、謝罪の言葉を口にしたのだった。
「その件は本当にごめんなさい。さっきフィオンさん……あ、商会長の息子さんなんだけど、その人からも注意を受けたわ。だから次からは相場を崩さないように気をつけます。」
「それもそうなんですが、いや、私が言いたいのはそういう事ではなくてですね……」
そう言うとオデールは言葉を切って一つ溜息を吐くと、とても深刻そうな顔で話を続けた。
「貴女たち、悪い大人に騙されたんですよ!」
「「えっ??」」
兄妹は、てっきり自分たちは責められるものだと覚悟して身構えていたのだが、オデールの口からは全くの予想外な言葉が出てきたので、ティルミオとティティルナはその意味を即座に理解できずにキョトンとした顔で、彼を見返したのだった。




