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第37話 フィオンにまた怒られました

 翌日。集めた古紙を再生練金で白紙に戻して、ティティルナは無事に頼まれてい紙の束四束を納品した。


 再生練金は生産錬金より魔力量が少なくて済むとはいえ、八十枚もの紙を白紙に戻す作業は流石にそれだけで魔力を使い切ってしまうので、この日はパンの販売は休まざるを得なかったが、それでも、パンを百個売るよりもこの紙の束を四束売った方の利益が大きかったので、店の売り上げは、再オープンしてから一番の売り上げをたたき出していた。


 これ程、美味しい話はなかった。


 しかもその男性客は、ティティルナが無事に注文通りの数を納品と、これから毎日、同じだけの量の紙を売ってくれと言ってきたのだ。定期購買の顧客が付くのは、それだけで安定してお金が入ってくるので、毎月借金の返済しなくてはならない兄妹にとって、とても魅力的な話であった。


 けれども、兄妹はその申し出を断った。

 

 なので今日もこうして、パンを沢山用意して、いつもと同じようにせっせとお店の準備をしているのであった。


「にゃあティニャ。にゃんで昨日のあの話を断ったにゃ?」


 開店前の店舗で、ミッケはカウンターの上からティティルナの顔を覗き込んで不思議そうにそう尋ねた。


 どう考えてもお金を稼ぐのなら昨日持ち掛けられた話を受けた方が良いのに、兄妹がそれを断った理由がどうしてもミッケには分からないのだ。


 するとティティルナは、開店作業の手を止めてカウンターにちょこんと座るミッケにふわっと笑いかけると、その想いを語ったのだった。


「そうね。確かにあの人の依頼は魅力的だったわ。紙の方が稼げるもの。でもね、カーステン商店のパンを楽しみにしてくれている人は沢山いるの。だから私はやっぱり、お父さんとお母さんのパンを、みんなに届けたいんだ。お兄ちゃんも同じ気持ちだよ。」

「……そうだにゃ。」


 ティティルナのその答えに、ミッケも納得して深く頷いた。


 確かに、お金を稼ぐ事は大事だけれども、兄妹のその根本は両親のパン屋を継続させたいという強い想いがあるのだ。

 その想いは大切にしなくてはいけないと、ミッケも兄妹の考えに寄り添ったのだった。


「あっ、でも、そうは言っても税金と借金は支払わないといけないから、やっぱり週一位で受けるのはアリなのかも……?」

「そうにゃ!それがいいにゃ!!」

「そうね、その日はお店の定休日にして、紙の注文専門の日にするのはアリだよね!」

「有りにゃ!!」


 そんな風にティティルナがミッケと楽しそうに今後の店舗運営戦略を話していると、開店前にも関わらず、店のドアが開いて難しい顔のフィオンが訪ねてきたのだった。


「ティナ、ちょっと良いかな?」


 いつもと違う雰囲気の彼に、ティティルナは少しだけ緊張した。


 今日は何も彼に怒られるようなことはしてないはずなのだが、今の彼の様子は、ティティルナたちにお説教をしたあの時と同じに見えるのだ。


 フィオンが何を怒っているのか検討もつかないが、ティティルナは、恐る恐るフィオンに尋ねた。


「フィオンさん、何か有ったんですか?」

「そうだね、何かあったから来たんだよ。」


 すると、フィオンは、大きなため息を一つ吐き出すと、とてもよく見覚えのある紙の束を取り出してティティルナに見せたのだった。


「コレを売ったのは君なのかい?」

「え、えぇ。昨日お客さんに頼まれて合わせて五束売ったわ。」

「……いくらで?」

「えっと、一束2,000ゼラムで……」

「2,000ゼラムだって?!」


 その値段を聞いてフィオンは驚きの声を上げたので、ティティルナは何か自分たちがやらかしてしまったのだと察した。


「だ……ダメだった?!だって最初は5,000ゼラムで置いてたのよ?でも全然売れないから値段を下げてやっと売れたのよ。」

「5,000ゼラムでも安い方なのに、それより半額以下だなんて……」


 ティティルナから値段を聞くと、フィオンは頭を抱えて暫く黙ってしまった。それは、余りに破格すぎるのだ。


「……そんなに安く売って、赤字じゃないのか?」

「あ、それは大丈夫なの。古紙を秘伝の方法でなんとかしてるので。」

「秘伝の方法でなんとか……?」

「はい、秘伝でなんとか。」


 フィオンの口から、当然とも言える疑問が出て来たけれども、錬金術の事は言えないかったので、ティティルナはニッコリと微笑みながら雑に誤魔化した。

 

 しかし、流石にこの説明だけでは彼も納得出来なかったようで、困惑した顔でティティルナをジッと見つめると、質問を続けたのだった。


「……それは一体?そんな凄い技をどこで覚えたんだ?」

「えーっと、家の中を整理してたら、偶然見つけた古い本に書いてあったの。」

「具体的にはどうやって古紙を白紙にするんだ?」

「それは……我が家の門外不出の秘伝の方法だから、いくらフィオンさんでも、教えられないからね!!」


 フィオンからの執拗な追及にも、ティティルナは”秘伝の方法”という有りもしない技術で何とか乗り切ろうとそれしか言わなかった。だって他に説明しようが無いのだから。


 するとフィオンは、頑なな態度のティティルナに諦めたのか、察したのか、とにかくこれ以上の詮索は無駄だと判断して、次の議題に話を移したのだった。


「分かった。分かったよ。秘伝の何とかについては詳しくは聞かないであげる。今の問題はそこじゃ無いしね。」

「問題……ですか?」


 押し問答の末に、ティティルナが言う”秘伝”とやらの詳細を諦めたフィオンは、今度はここを訪れた本題を彼女に切り出した。


「そう、問題。ティナ、君は相場を壊しかけたんだよ。」

「えっ……?ソウバを壊しかけた??」


 一体何を壊しかけたのかティティルナは理解が出来なかった。少なくとも最近自分が何か物を壊しそうになった事なんて心当たりが無いのだ。


 だから何のことか丸で分からないといった顔をしているティティルナに、フィオンは分かりやすく説明をしたのだった。


「あのね、昨日印刷所に飛び込みで売られたこの紙、普通の値段より安過ぎてちょっと問題になったんだよ。いつも紙を下ろしている商店の二分の一の値段だ。それが持ち込まれたのだから、印刷所側は他の紙ももっと値下げれるだろうと思ってしまって、他の紙も全部これと同じくらいの値段で売れと言い出して、それはもう、ひと騒動があってね……」


 そう言って遠い目をするフィオンの様子から、その騒動を収めるのがどれだけ大変だったのか、その苦労が見て取れた。


「で、そもそもこの格安の紙の出所は一体何処なんだと、持ち込んだ男を問いただしたら、君たちの店で買ったって言うじゃ無いか。だからこうして、僕が直々に注意をしに来たんだよ。」

「そんな事になるなんて……私たちは、ただ紙を売りたかっただけなのに……」


 今までの話を聞いて、ティティルナは酷く同様していた。まさか自分たちの店がそんな騒動を巻き起こす原因になってしまうなんて思っても見なかったのだ。


 だからどうしていいか分からずに、ただオロオロと縋るような目で目の前のフィオンを見つめて彼の次の言葉を待った。


 するとフィオンはそんな彼女に対して責めるわけでもなく、優しい語り口で諭すように言葉を続けた。


「そうだね。ティナたちにとっては在庫の紙が売れればそれで良かったのかも知れないけど……あのね、ティナたちが紙をあまりにも安く売ると、それで生計を立てている他の人が困ってしまうんだよ。」


 フィオンのその説明は、商売人としてはとても当たり前の事だったのだが、手探りで両親のお店を再開してからまだ一週間とちょっとティティルナたちは、そこまで考えが及んで無かったのだ。


 だから、ティティルナはフィオンの話を黙って真剣に聞いて、自分たちの過ちを素直に認めて謝罪の言葉を口にしたのだった。


「ごめんなさい。私もお兄ちゃんも、そういうこと分かってなくて……」

「まぁ、次からは新しい商品を売る時は、先ずは僕に相談してくれないかな?大体の商品の相場は把握してるから。」

「うん……分かったわ。」


 そうして、ティティルナが心の底から反省しているのを確認すると、フィオンは彼女に今後についてもアドバイスを続けた。


「まぁ、確かに古紙から白紙を作れる技術があるなら活かしたいよね。でも、暫くは紙を売るのは止めておいたほうがいいな。少し目立ちすぎたから、このままだと敵を多く作ってしまうよ。」

「……分かったわ……」

「だがしかし、この技術をこのまま埋まらせておくのも勿体無いなぁ。……ねぇ、ティナ。君たちが作る紙を僕が買い取るのはどうだろうか?」

「えっフィオンさんが?」

「うん。うちの顧客には貴族も多いしね。この上質な白紙は、そんな貴族相手の契約書を書くのにちょうど良いと思ってね。どうだい、やってみるかい?」


 それは思ってもみない申し出だった。


 あんなに売るのに苦労していた紙を買ってくれる人が、こんなに身近に現れたのだ。

 ティティルナは上手く状況が理解出来ずに、ぽかんと数秒固まってしまったが、直ぐに我に返ると、迷いなく色良い返事を返したのだった。


「やる!もちろんやるわ!!」

「ま、期待されてもそんなに多くは引き取れないけどね。」

「ううん、有難うフィオンさん!」


 それからフィオンとティティルナは、お互いの無理の無い範囲を確認し合って、上質な白紙をフィオンに販売する約束を結んだのだった。


 その提案は、パンを作り続けたいけどもパンだけの売り上げでは少し心許なかった今のティティルナたちの状況に、これでもかというほどに上手く合致した提案であった。

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