第34話 暗雲
「やぁ、失礼しますよ。」
黒い帽子に黒いコート。まるで死神の様な風貌の若い男性は、そう言って店内に入ると、ニコリともせずに店内を品定めするかのように見回した。
「えっと……店なら今日はもう終わってて……」
「えぇ、知ってます。CLOSEの看板出てましたからね。」
突然の来訪者にティルミオはたじろぎながら今日は既に店じまいをしている旨を伝えたが、しかし男はそんな事など全く気にしない様子で店内の品定めを続けた。
「えっと……何の御用でしょうか?」
そんな男の言動に困惑しつつも、ティティルナは兄の背中にしがみつきながら、恐る恐る男に来訪の目的を訊ねた。
すると、男は二人が思ってもみなかった来訪の理由を口にしたのだった。
「おや、何の御用でしょうかとは、随分ですね。貴方たちが中々借金を返してくれないから、こうして私自ら取り立てに来てあげたと言うのに。」
「……?!!」
突然の驚くべき発言に、さっきまでの浮かれていた気持ちは一瞬で吹き飛んでしまった。ティルミオもティティルナも、険しい顔になった。
「アーヴァイン商会の人?!」
「ええ、そうですよ。」
アーヴァイン商会。ティルミオたちカーステン家が所属しているのはザイルード商会なのだが、生前父親が肩代わりした、父の友人が借金をしていたという商会が、アーヴァイン商会なのだ。
だからティルミオ達はこの商会に借金を返さなくてはいけないのだが、両親が亡くなった事を説明しに行った時にアーヴァイン商会の会長はとてもこちらに同情して、借金の返済を無期限に待ってくれると言ってくれていたのだ。
それなのに、目の前に居る男性は全く真逆の事を言っているので、困惑するしかなかった。
「待って下さい!だって商会長は俺たちの事情を考慮して、借金の返済は急がないって約束してくれましたよ?!」
「えぇ、そうですね。《《前の》》商会長はそういう約束をしたのかも知れないですね。けれど《《今の》》商会長は私なんです。そんな口約束、聞いていませんから無効ですよ。」
「そんな……商会長が変わったって事……?」
「えぇ、そうです。無能な前会長には隠居して貰いました。」
顔色を全く変えずに、氷の様な冷たい表情で、アーヴァイン商会の会長と名乗る男性は淡々と説明を続けた。
「それで、カーステンさんの今月の支払いがまだでしたから、こうして、私自らが出向いたって訳です。」
「待ってください!両親が亡くなったばっかで、まだ生活が安定していないんだ!二人での生活が落ち着くまで、もう少しだけ、返済は待って貰えないか?!」
しかし、ティルミオが必死になって頼んでも、男の態度は全く変わらなかった。
「なるほど可哀想ですね。ですが、こちらもお金を返して貰えないのと可哀想なんです。だからおあいこで、同情する必要はありませんね。」
「そんな……」
「契約は、契約です。書面で交わした内容が全てです。そして、書面にはこう書かれています。”毎月の返済に一回でも遅れたら、代わりに土地と建物を貰い受ける”っとね。」
そう言って、男は契約書をティルミオに見せた。そこには確かに、返済が遅れるとアーヴァイン商会が、カーステン家が所有する土地や建物を差し押さえる旨が明記されていたのだった。
「でも、前の商会長はそんな事言わなかったっ!!」
突然現れたアーヴァイン商会長を名乗る男の無茶振りに、ティルミオは前の商会長との話を持ち出して食い下がったが、男は苦々しい顔をすると、それもバッサリと切り捨ててしまった。
「えぇ、そうでしょうね。あの人のやり方は生ぬるいんですよ。情だかなんだか知らないけれども、そんな物、今の時代には流行らないのに……」
今まで能面の様に無表情だった男が初めて苛立ちの感情を顔に表したのでティルミオたちは少し驚いたが、けれど男は直ぐにまた表情の無い顔に戻って、無慈悲に話を続けたのだった。
「まぁ今ここで、今月の支払い分十万ゼラムが払えるならば、我々も差し押さえなんてしませんから安心してください。そういう契約ですし。」
「もし、払えなかったら……?」
「その時は、我々の権利を履行するまでです。この土地と建物は我々が貰い受けます。」
いきなり来て、急に借金を返済しろと迫るのは中々無茶な話で、昨日であったら絶対に支払う事は出来なかっただろう。
けれども幸か不幸か、兄妹の手元には先程は受け取った報酬があるのだ。だから十万ゼラムは払える額ではあったが、コレを払ってしまえば、税金の支払い分を、またゼロから貯めなくてはいけなかった。
「……分かったよ。」
少しだけ悩んだ末に、ティルミオは渋々ジェラミーから受け取った今日の稼ぎを男に差し出した。すると、それを受け取った男は、予想に反して迷惑そうな声を出したのだった。
「……ちっ、払えるのかよ……」
「えっ?」
かすかに零した男のそんな呟きに耳を疑って、ティルミオは思わず聞き返したが、直ぐに男は何事もなかったかの様に取り繕った。
「いえ、何でもありません……確かに十万ゼラム有りますね。今月はコレで良いでしょう。ですが覚えておいて下さいね。一回でも返済が遅れたら、その時は書面の契約内容の通りに、この土地と建物はアーヴァイン商会の物になりますから。」
「……」
そうして受け取った銀貨を確認すると、男はそう言い残して店を出て行ったのだった。
横暴だと思ったが、正式な契約書がある以上、ティルミオたちは大人しく従うしか無かった。
「お兄ちゃん……」
「大丈夫だ。ギルドの仕事なら、今日みたいに一日でがっぽり稼げるから。だから大丈夫だ!」
不安そうに佇むティティルナを安心させる様に、ティルミオは妹の背中をポンポンと叩いて力強く励ました。
ジェラミーと一緒に組んで仕事をする約束をしたのだ。直ぐに今日と同じくらい稼げると、そう目論んでいたのだ。
しかし、世の中そんなに上手くいかない事を、彼らは翌日直ぐに思い知るのであった。




