第21話 フィオンのお説教
顔は笑っているけど目は全く笑っていないフィオンは、お説教モードでカーステン兄妹の前に立ちはだかっていた。
「えっと、そうだね。どっちから話そうかな?」
そう言ってフィオンはティルミオとティティルナを見比べると、先ずはティティルナの方を向いた。
「じゃあ先ずはティナから。アカデミーを辞めるのは僕も反対だ。君の為にならないよ。」
フィオンはなるだけ優しい声で、ティルミオと同じようにティティルナにアカデミーを辞めないようにと苦言を呈した。
しかし、フィオンに諭されても、ティティルナの意見は変わらなかった。
「でもフィオンさん、昼間はお店を開けないといけないの。私も働かないと税金も納められないわ。」
彼女の中では自分が学ぶ事よりお店を開けてお金を稼ぐ事の方が絶対なのだ。
けれどもフィオンは、これ位の説得ではティティルナの態度が変わらない事は予測済みで、気にせずに話を続けた。
「……お金の稼ぎ方についてはティオにも言いたい事があるけど、それはまぁ後にするとして、どうしてもティナが昼間に店番をしないといけないとしても、だからと言ってアカデミーを辞めるのは良く無いよ。」
「でもっ……」
途中で口を挟もうとするティティルナを手で制しながら、フィオンは言葉を続けた。
「ティナ、話は最後まで聞きなさい。アカデミー辞めるんじゃなくて、休学でどうだろうか?だって後半年も通えば卒業だろう?辞めてしまうのは勿体無いよ。」
「休学……?」
「うん。休学。それか夜間クラスっていうのもあるんだよ。ティナみたいに様々な事情があって昼間アカデミーに通えなかった人が学ぶ場所があるんだ。まぁ夜間クラスは通常より授業時間が短いから、その分卒業までに長くかかってしまうけど。」
アカデミーを辞めるしか選択肢がないと思い込んでいたティティルナにとって、このフィオンの提案は、全くもって思ってもみない事だった。いや、そもそもそういった制度がある事さえ知らなかったのだ。
「そ……そうなんだ。……出来るんだ。そういうことも。」
「そう、出来るんだよ、そういう事も。」
フィオンはニッコリと笑って、意思が揺らいだティティルナに対して畳み掛けた。
「ね?ティナが昼間お店を開けて働いたとしても、アカデミーを辞めないで良い方法があるんだよ。だからアカデミーを辞めるだなんて言わないでさ、他の方法を検討しようよ。」
「そうだよティナ、フィオンの言う通りだよ。アカデミーは辞めるんじゃないよ!」
妹には何としてもアカデミーを卒業して貰いたいティルミオも力強くフィオンの提案を後押しした事もあって、ティティルナは遂に二人の説得の前に折れたのだった。
「うん、分かった。お店が安定するまで休学ってことにするよ。」
考えを変えたティティルナのこの宣言に、ティルミオもフィオンも安堵した。
アカデミーの卒業資格があると無いとでは、就ける職業に制限があるのだ。
この先、ティティルナが他の仕事をしたくなるかは分からないが、もしそうなった時に彼女が選択に困らないようにと二人の兄たちはティティルナの未来を案じていたので、彼女のこの決断にホッと胸を撫で下ろしたのだった。
しかし、このティティルナの決断を歓迎しない者がこの場に一人だけ居たのだ。
「私は認めないわ!休学だなんて、そんなの逃げだわ!!」
今まで黙って話を聞いていたフィオナが、泣きそうな顔でそう叫んだのだ。
突然の事に、ティルミオもティティルナも呆気に取られて言葉なくフィオネの方を見つめて戸惑ってしまった。
しかし、実の兄であるフィオンだけは妹の思っている事が直ぐに分かったので、彼はフィオネの頭をポンポンと叩くと彼女の気持ちを代弁して宥めたのだった。
「うーん、フィオネ。ティナと一緒に学ぶ事が出来なくなるのが残念なのは分かるけど、でも話がややこしくなるから今はちょっと黙ってようか。」
そうなのだ。フィオネはティティルナと一緒に卒業出来ないのが嫌だったのだが、それを素直に口にする事が出来ずに、あんな捻くれた感じの駄々をこねたのだ。
兄に注意されて、フィオネがふくれっ面で黙ると、フィオンは、今度はティルミオの方に向き合った。
「で、次はティオなんだけど……覚悟はいいかな?」
そう言ってフィオンは笑ってない目でニッコリと笑った。
今迄は前哨戦に過ぎなくて、ここからがお説教の本番なのであった。
「さて。じゃあティオ、じっくり話をしようじゃないか。」
ニッコリと笑うフィオンの前で、ティルミオはヘビに睨まれたカエルのように微動だにせずに固まっていた。
この後の展開は読めている。フィオンが理詰めの正論でガンガン殴ってくるのだ。彼は怒ると怖いのだ。ティルミオはそれを良く知っているので覚悟を持ってフィオンからの言葉に備えた。
「まず、パン屋からよろず屋の件はまぁ良い。スルーしてあげよう。でも冒険者になるって何かな?君は両親の後を継いでパン職人になるんじゃないの?」
フィオンは、その美しい顔で微笑みを携えながら無言の圧でティルミオの顔をじっと見つめているが、見つめられた方のティルミオはたまったもんじゃない。彼は内心冷や汗をダラダラかきながら、慎重に言葉を選んでフィオンの問いに答えた。
「……今はティナもパンを作れるよ。俺が分量とかを教えたから。」
「なんだって?!それじゃあ君はパン作りもティナにやらせてるのか?!その上店番もティナにさせて……ティオ、君は妹に頼りすぎじゃないか?!」
「う……それは、ティナと俺とでは出来る事が違うから。後、店の売り上げだけではどうしても稼ぎが足りなくって、だから俺は別で稼がないと……」
フィオンの追及にティルミオはしどろもどろに答えたが、彼はどうやら回答を間違えてしまったらしい。
ティルミオの曖昧な説明に、フィオンだけでなく横で聞いていたフィオネまで集中砲火を浴びせてきたのだ。
「まぁ、それで冒険者なんですの?短絡的過ぎません?誰でもなれるけれども、適性がない人は結局何も出来ずに落ちぶれるだけですわ。」
「そうだよ。ティオは運動神経は良い方だとは思うけど、剣術とか弓術とか武芸は何も身に付けていないだろう?そんなんでいきなり冒険者だなんて浅はかだよ。」
「本当ですわ。それに慣れないことをして怪我でもしたらどうするんですの?ティナに迷惑をかけるのは止めて欲しいわ。」
「それから、例え冒険者として仕事を請負ったとしてもそんな簡単に稼げる訳無いよね。ティオは考えが甘すぎるんじゃ無いかな?」
フィオンとフィオネのティルミオに対するダメ出しは、矢継ぎ早に繰り出されてくる。
その容赦のない口撃にティルミオは反論する余裕もなくただ一身に受け止めていたが、しかし、そんな兄を可哀想に思ってか、ティティルナが熱くなっているザイルード兄妹に制止の声を掛けたのだった。
「フィオンさん、フィオネ、お兄ちゃん泣いちゃうからその辺にしてあげて。」
「泣くかっ!!」
ティティルナのどこかズレた仲裁にティルミオは即座にツッコミを入れたが、それはそれとして、彼は神妙な顔でフィオンたちから言われた事を噛み締めて、自分に出来ることについて考えを巡らせた。
「でも、本当に二人の言う通りだよ。今の現状はティナにばっか負担になってるよな。だから、俺も一日でも早く冒険者として安定した収入が得られるように頑張るよ!」
彼は、自分なりに考えてその結論に辿り着いた。
だからティルミオは、胸を張って堂々その決意を宣言したのだが、しかし、フィオンは腑に落ちないと言う顔をして、ティルミオに更に質問を投げかけたのだった。
「いや……だからさっきから気になってたんだけど、冒険者やるにしても何故ティオはパンを焼かない?ティオがパンを焼いてティナが店番する。これができない理由があるのか?」
「それは……」
フィオンからのもっともな疑問にティルミオは言葉に詰まった。
オーブンが無いので、ティナの錬金術じゃ無いとパンが焼けないのだけれども、勿論そんなことは言える訳がないのだ。
咄嗟に上手い言い訳が浮かばずにティルミオが黙ってしまっていると、そんな兄を思い遣って、ティティルナが横から助け舟を出したのだった。
「それは、私たちがとっても仲が悪いからです!」
果たしてこの言い訳が正解だったかは分からないが、兄妹が一緒に仕事をしない事のそれらしい理由は、コレしか思いつかなかったのだった。




