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第20話 ザイルード兄妹の来訪

 追加で作ったパンも無事に全部売り切り、本日のカーステン商店の営業は終了した。


 ティルミオとミッケにお店を任せて裏で休んでいたティティルナの体調も回復したので、兄妹は二人で閉店後の店の掃除をしていると、不意にカランコロンと、店のドアが開いたのだった。


「やぁ、こんばんは。」


 軽く挨拶をすると銀髪の美しい青年は、後ろに妹と思われる銀髪の少女を引き連れてツカツカと店の中に入って来た。


 馴れ馴れしかったが別に無礼な訳ではない。カーステン家の兄妹とはそういう仲なのだ。


 事実この二人の姿を見たティルミオもティティルナも少し顔を綻ばせると親しい感じで挨拶を返したのだった。


「いらっしゃい、フィオン、フィオネ。けれどもうパンは全て売り切れてしまったよ。」

「あぁ、そのようだね。再開初日が好調のようで良かったよ。」

「……まぁ、用意できた商品が少なかったのも有るけどね。」


 何気ない挨拶にティルミオが苦笑しながらそう言葉を返すと、青年は今度は改まって、沈痛な面持ちで二人にお悔やみの言葉を述べたのだった。


「おじさんとおばさんの事、本当にその……残念だったね。お悔やみを申し上げます。」

「あぁ……わざわざ有難う、フィオン。」


 ティルミオと話をしている銀髪で物腰の柔らかい青年は、フィオン・ザイルードと言って、歳はティルミオより二歳年上の十九歳だった。


 彼はカーステン商店が所属する商業組合の組合長の息子であり、ティルミオやティティルナの幼馴染でもあった。

 だから両親を亡くしたばかりの兄妹を心配して、フィオンは二人の様子を見に来たのだ。


 そしてそんな彼の後ろに引っ付いている銀髪の少女は彼の妹のフィオネ・ザイルードだった。


 彼女はティティルナとはまた違った感じの美少女で、兄の後ろに隠れて、ジィッとティティルナのことを凝視していた。


「ほら、フィオネもお悔やみを言いに来たんだろう?」


 兄に促されて、フィオネはもじもじとティティルナの前に出ると、彼女の顔は見ずに視線を外して、何度か躊躇った後に、やっとの事で声を振り出したのだった。


「……御愁傷様ね……」

「うん。フィオネ、心配してくれて有難う。」


 つっけんどんな態度のフィオネに対しても、ティティルナは優しく微笑んでお礼を言った。フィオネの態度はいつもの事なので、もう慣れてしまっていたのだ。


 そんな妹たちのやり取りを側から見ていた兄たちは声を潜めてコソコソと話をしていた。


「……なぁ、あれってお悔やみなのか?」

「フィオネとしては、十分にそのつもりだよ。」

「ティナじゃなかったら喧嘩になってるぞ?妹の性格注意した方が良いんじゃないか?!」

「まぁ、フィオネがああなるのは、ティナだけだから。」


 ティティルナとフィオネは同じ歳であった。


 家族ぐるみの付き合いがあった為、勿論ティティルナとフィオネも幼馴染なのだが、しかし、兄たちとは違いこちらの関係が良好かと言ったらそうとは言い切れないのであった。


 フィオネが、ティティルナの事が大好きすぎて、どうしても素直になれないのだ。


 だからいつも自分の想いとは裏腹にツンケンした態度を取ってしまうのであった。


「……相変わらずだな、フィオネは。」

「そうなんだよ。困った子でね。」


 そう言ってフィオンは苦笑交じりに妹がお悔やみの言葉を伝えるのを見届けると、改めてティルミオに向かって、今日ここへ来た本題を告げたのだった。


「それでさ、ティオ。僕たちで何か力になれる事はあるかな?」


 幼馴染として、年長者として、フィオンはカーステン兄妹を助けたかったのだ。まだ若輩者ではあるが、父親の元で三年間も実務をこなしているのだ。人脈だって経営者としてのノウハウだってそれなりにあった。


 だから再開したパン屋の助けになりたいと思ったのだが、しかし、ティルミオの口から出てきた言葉は思っても見ない言葉であった。


「あ、それだったら、あの……事後報告で悪いんだけど、パン屋を止めてよろず屋になるから……親父さんに報告とか、色々根回しをよろしく!!」


 そう言ってティルミオは右手を顔の前に垂直に当てて、よろしく!といったジェスチャーをして見せたのだ。


 随分と軽い感じの物言いに、フィオンは面食らって一瞬言葉を失ったが、直ぐに正気に戻って彼を問い詰めた。


「よろず屋だって?!そんないきなり業務形態を変えて大丈夫なのか?!」

「基本的にはパン屋なんだけど、他の物も売りたくって。少しでも稼げるように、売れる物は何でも売りたくって。」

「……そんなにお金に困っているのか?」


 するとティルミオはフィオンを少し離れた場所に連れて行き、妹たちに聞こえないように小声で会話を始めたのだった。


 ティティルナは、そんな風に自分たちに聞こえないよう少し離れた場所でお金の話を始めた兄たちを不満げに見つめた。

 我が家に借金があって、お金に困っている事は知っているが、具体的な金額はティルミオから知らされて居ないのだ。


 大事な事を隠されているようで、ティティルナはずっとモヤモヤしていたが、しかし、「そんなに?!」というフィオンの驚いた声と表情で、ティティルナは兄が具体的に教えてくれないうちの借金の総額は、相当な額なのだろう察してしまった。



「それで、いつになったら貴女はアカデミーに戻ってくるのかしら?」


 ティティルナが兄たちの会話に気に取られていると、フィオネはチラチラとティティルナを横目で見ながらそんな事を尋ねた。


 アカデミーとはこの国の15歳までの子供が通う教育機関なのだが、ティティルナは、両親が亡くなってからずっとアカデミーを休んでいたのだ。


 フィオネは、早くティティルナにアカデミーに戻ってきて欲しかったのだが、しかし、ティティルナの口からはフィオネが聞きたかった言葉とは全く正反対の答えが返ってきたのだった。


「戻らないわ。私、アカデミー辞めようと思うの。だからフィオネ、みんなにもよろしく言っておいてね。」

「何ですって?!」

「なんだって?!」


 さらっと言ったティティルナの発言に、フィオネはだけでなくティルミオも大きな声を出して反応した。そして声こそ出していなかったが、フィオンもその表情から驚いている事が窺えた。


 アカデミーとは、読み書き計算や、裁縫や料理、それに簡単な木工や金工など、生活に必要な知識や技術を学べる場所なのだ。


 そんな大切な学びの機会を、ティティルナは自分から手放そうとしているのだ。兄としてティルミオは当然承諾出来なかった。


「アカデミーを辞めるだなんて、そんなの俺は承諾出来ないよ!」

「でも、私がアカデミーに通ってたらお店を開けられないじゃない。」

「店番なら俺がするから!お前はアカデミーに通えって!」

「お兄ちゃんはダメよ。冒険者になったんでしょう?危険な事はして欲しくないけど、お兄ちゃんはお兄ちゃんの仕事をしなきゃ。二人で稼がないと税金も払えないし借金も返せないでしょう?!」


 先程兄たちの会話から、借金の総額がかなりの額であると察してしまった事もあって、自分も働いて少しでもお金を稼ぐんだというティティルナの意思は固かった。


「と、とにかくアカデミーを辞めるなんて絶対にダメだ。ティナにとって良くない。」


 ティルミオは有効な代替案を示せぬまま、とにかく妹に考えを変えるように言い続けたが。そんな事ではティティルナの考えは変わらなかった。


 ティルミオもティティルナも、お互いに譲らずに話し合いは平行線で、着地点が全く見えずに膠着状態が続くと思われた。


 すると、そんな二人のやり取りを柔かにフィオンが遮ったのだった。


「ちょっと待って。一旦話を止めようか。初めて聞く話が多過ぎるんだけど……?」


 彼は柔かに笑みを浮かべてはいたが、その目は全く笑っていなかった。明らかに怒っていた。


 ティルミオもティティルナも、付き合いが長いから知っていた。こういう時のフィオンには逆らわない方が良いのだ。


 だから二人は話をピタリと止めると、恐る恐るフィオンの方を向いて大人しく彼の話を聞く体制を取ったのだった。

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