第19話 また来てね
ティルミオは視線の先を若者に動かして、改めて彼の素性について訪ねた。
ティティルナが何か迷惑をかけたのだろうとは察していたが、一応確認しておこうと思ったのだ。
「あのねお兄ちゃん。この人はたまたま店に来ていた人で、私がお願いして店番を代わってもらってたの。」
「なんだ、兄貴だったのか。家族が帰って来たのなら、もう店番の代わりはいいよな?」
「うん。有難う、助かったわ。」
妹からの説明で、ティルミオは完全に状況を把握した。つまり、全くの無関係の若者をこちらの都合で巻き込んでしまっていたのだ。ティルミオはとにかく若者に対して、兄として謝罪をした。
「どうもすみません。妹が迷惑をかけたみたいで……」
「ま、いいよ。こっちにもお願いを聞かざるを得ない事情があったしね。」
頭を下げるティルミオに対して、若者は手をひらひらと振って、気にするなと答えた。するとティルミオは、今度は若者のその手に、引っ掻き傷がある事に気付いてしまったのだった。
「あの……その手の傷はもしかして……」
「あぁ、お宅の猫は元気が良いな。」
彼のその言葉に、ティルミオは顔を青くして再び深く頭を下げた。
「すみません、すみません!ちゃんと言って聞かせますから!」
「いや、こっちも悪かったから……」
「いや、けど怪我させるのはやっぱり良くない。本当にすみません。」
若者にひたすら平謝りをするティルミオに対して、ミッケは「謝る必要にゃどにゃい!!」と、声を大にして言ってやりたかったが、今朝ティルミオに散々怒られた手前、人前で言葉を話すのは、ぐっと我慢した。
その代わりに尻尾をビタン、ビタンと音を鳴らす程叩きつけて、この若者に対する自分の不機嫌さを精一杯アピールしていた。
すると、そんなミッケの気持ちを汲んでかティティルナが、冷ややかな声で、事の詳細を兄に告げたのだった。
「お兄ちゃん、その人ね、無銭飲食しようとしてたの。だからそんなに謝らなくて良いよ。ミッケは悪くない。」
「はぁっ?!」
妹からの思いもしない発言に、ティルミオは下げていた頭を上げて、思わずこの若者を凝視した。
すると若者は、そんなティルミオの視線からバツが悪そうに目を逸らすと、自己弁明を述べたのだった。
「だから、勝手に食べたのは悪かったけど、払う意思はあったんだってば!誰も人が居なかったから代金は置いておくつもりだったってば!」
彼の言葉から、ティルミオは妹の言っている事が本当なのだと察した。
そうなると話は変わってくる。今までこの若者に対して抱いていた感謝や申し訳ないといった気持ちは吹き飛んで、一気に信用出来ない人物に成り代わったのだ。
「……良い人かと思ったけど、どうやらそうじゃないみたいだな。」
ティルミオは、胡散臭い者を見るような目で若者を一瞥した。
しかし、意外な事にティティルナは、若者に対するそんな兄の評価に同意をせずに、逆に彼をフォローしたのだった。
「うーん、でも良い人だと思うよ。急に無茶なお願いしたけど、ちゃんと店番してくれたし。彼が居なかったら、ちょっと私、しんどかったから。」
妹の言い分に、ティルミオは複雑な表情で再び若者の顔を見た。怒るのか、謝るのか、お礼を言うのか。どうしたらいいのか、分からなくなってしまったのだ。
だから何も言えぬままただ若者の顔をじっと見つめて、とても気まずい時間が流れたが、すると、その気まずさに耐えかねた若者が、ティルミオより先に声を上げたのだった。
「なぁ、オレもう行って良いだろう?ちゃんと食べたパンの代金も払ったし、店番も変わってやっただろう?」
「あ、あぁ。もううちは大丈夫だ。行ってくれて構わないよ。」
怒るのか、謝るのか、お礼を言うのか。態度を決めかねていたティルミオは、若者からの言葉にホッとすると、少し横にずれてドアの前を開けて彼に道を譲った。
そして若者はぺこりとティルミオに無言で一礼をすると、最後にティティルナの方を振り返って、彼女と一言だけ言葉を交わした。
「お大事にな。パン美味かったよ。」
「有難う!また買いに来てね。」
複雑な顔の兄、敵意剥き出しで毛を逆立てているミッケとはまるで異なり、ティティルナはそう言うと、笑顔で若者を送り出したのだった。
「なぁ、お前。さっきの奴と随分と親しくなってないか?」
「そうにゃ!あんな奴に愛想を振り撒く必要にゃいにゃ!!」
若者が去り、第三者が居なくなった店内でティルミオとミッケはティティルナに詰め寄っていた。
兄として、飼い猫として、あんな得体の知れない奴にティティルナを近付けたく無かったのだ。
しかし、そんな彼らの心配を他所に、ティティルナは大真面目な顔で、逆に兄たちの考えを正したのだった。
「いい、お兄ちゃん。あの人はここら辺では見かけない人で、身なりからして多分冒険者よ。きっと最近王都に稼ぎにやって来たんだわ。つまり、うちにとっては新規顧客獲得のチャンスなの。良好な関係を築いておいて損は無いのよ!」
ティティルナは兄たちが思うよりずっと、強かなのであった。




