第16話 泥棒かにゃ?
「すみませーん。」
その若者は最後に一個残っていたパンを手に取って、店内を見渡しながら呼びかけをしいた。
どうやら店員を探しているようだった。
ティティルナが動けない今、ミッケは自分が代わりにと、タタタッと慌ててお客さんの足元に駆け寄ると「にゃん」と鳴いて上を見上げた。
ニンゲンではないにしろ、ミッケだって立派なこの店の店員なのだ。会話は出来ないけれども、この愛くるしい姿で媚びれば、ティティルナが来るまでの時間稼ぎは出来ると思ったのだ。
しかしその青年は、周囲に店員が居ないと思ったからか、何と商品の丸パンを、勝手に食べだしたのだった。
「にゃ、に゛ゃーーーーーっ!!!」
ミッケは、若者の思っても見ない行動に、思わず大声を上げた。驚いて人語を発しなかった事は、本当に偉かったと後から褒められた位だった。
「うわっ!猫?!」
「シャーーーーッ!!!」
「怒ってるのか?勝手にパンを食べたから。……まさかな。猫にそんな事わかる訳ないもんな。」
急に足元に現れた猫に驚いて大きな声を出した若者を、ミッケは全身の毛を逆立てて威嚇した。
しかし、ミッケがどれだけ鳴き喚いても、若者は少し驚いただけで後は気にせずに、パンをむしゃむしゃと食べ続けたのだ。
こうなったら仕方がない。ミッケは実力行使に出た。トン、トンッっと素早く棚の上に登ると、狙いを定めて飛び掛かり、自慢の爪でその手を引っ掻いてやったのだった。
「フーーッ!シャーーッ!!」
「痛っ!痛いって!!」
「ヴゥーーーッ!!」
「おい、止めろって!」
そんな風にミッケがこの不届な若者と格闘していると、か細い声で割って入る者がいた。
「あの……一体何が……」
騒ぎを気にしたティティルナが、青い顔で奥からよろよろと現れたのだ。
(コイツ、勝手にパンを食べてたにゃ!!)
と、ミッケはティティルナに声を大にして訴えたかったが、見知らぬ若者の前なのでグッと堪えた。
代わりにミッケは若者の足元にまとわりついて、コイツが悪い奴である事をティティルナになんとか伝えようと、全身の毛をブワッと逆立てて、とにかく敵意剥き出しで鳴いたのだった。
「にゃーーっ!にゃーーーっ!!に゛ゃぁあっ!!!」
そんなミッケのただならぬ様子に、ティティルナは何となく事態を察した。だからこの見知らぬ若者に声をかけようとしたのだが、しかし、それより前に向こうからティティルナへ声がかかったのだった。
「お前、大丈夫なのか?顔色すごく悪いぞ?!」
彼は、一目で分かるほど明らかに体調が悪そうなティティルナを見て、心配で声をかけて来たのだ。
「……大丈夫か大丈夫じゃないかで言ったら、大丈夫じゃないですけど……貴方のそれ、うちのパン勝手に食べてますよね……」
ティティルナは血の気の無い顔のまま、若者が手に持っている食べかけのパンを指さしながら答えた。
ミッケの言いたかったことは、ちゃんとティティルナに伝わっていたのだ。
「ごめん、腹が減ってたんだ。店の人誰も居なかったからつい……」
「信じられないわ!普通、勝手に食べます?!」
「ちゃんと金は置いていくつもりだったよ!ほらっ、こうして手に代金を握っているだろう?置こうと思ったらこの猫が急に襲って来たんだよ!」
若者が手を開くと、確かにそこには100ゼラムが握られていた。
ちゃんと代金は置いていくつもりだったという彼の主張に疑いの目を向けつつも、ティティルナは若者から代金を受け取ると、今回は許してあげる事にしたのだった。
「今回は見逃しますけど、次やったら役人呼びますからね……」
よっぽど具合が悪いのか、そう言うとティティルナは、その場にまたしゃがみ込んでしまった。
「おいっ!お前、本当に大丈夫か?!」
「だから大丈夫か大丈夫じゃないかっで言ったら、……大丈夫じゃないです……」
その場にうずくまってしまったティティルナをどうしたら良いか分からずに、若者は狼狽えた。
ミッケも彼女の周りをぐるぐると回って「にゃー、にゃー」と心配そうに鳴いている。
その時だった。
ぐぅぅぅっとお腹の音が、店内に鳴り響いたのだ。若者の腹の音だった。
「……パン一個じゃ足りなかったんですか?」
「あ、あぁ……」
ティティルナが顔を上げて同情するような目で若者を見ると、彼は少し恥ずかしそうに事実を認めた。
「あの……パンをもっと上げるから、こちらのお願いを聞いてくれないかしら?」
「お願い……?」
怪訝そうな顔で、若者は聞き返した。余り良い予感はしていなかった。事実ティティルナは、とんでもない事を言い出したのだった。




