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続・辰巳センセイの文学教室~ふたりが紡ぐ物語~  作者: 瀬川雅峰
Ⅲ 智恵子抄_辰巳祐司×咲耶
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1 秋の旅


2022年 晩秋  辰巳祐司


「よい、しょ……」


 咲耶がハッチバックの後部ドアを開けた。

 小旅行用のスーツケースを運んできたところだ。膝までの高さで、鈍い銀色に光っている。


「貸して。載せるよ」


 隣に立ち、彼女の手からスーツケースを取り、ひょい、と後部ドアの高さに持ち上げた。

 左手で下から支えると、倒した運転席後ろの席にするりと入った。


 先に載せておいた自分の旅行バッグの横に、咲耶のケースが並んで、シート一つ分の幅にすっぽり収まった。


「お泊まりセットと着替えは入れたけど。あとは……忘れ物、なかったかな」


「これで大丈夫じゃないかな。向こうには翠さんや茜ちゃんもいるし。ど田舎でもないから、日用品で足りないものがあったら現地調達できる」


「そっか……玄関のお土産、持ってこなきゃ」


 咲耶がぱたぱたと玄関に走って戻り、紙袋をもってきた。お気に入りのパティスリーで買ってきたお菓子が入っている。フィナンシェとフルーツケーキ、カヌレの詰め合わせ。向こうに着いたら、早速お茶をするつもりか。


 助手席の後ろ、倒さずにおいた左後部シートの上に、白地にお洒落なロゴの入った紙袋を置く。「これで本当に、OK。かな?」と車内を見回す。


「うん。俺の荷物もさっき確認した。出発しようか」

「よし!」


 咲耶が小さく気合いを入れた。


 免許をとって、しばらく経つ。

 途中まででいいから、少し練習したいと言われていた。


 助手席に座りシートベルトを締める。咲耶が車のエンジンをかけると、FM局の放送が聞こえてきた。


「……週末のお昼いかがお過ごしでしょうか……秋晴れの気持ちいいお天気です……」


「気が散るなら、音量下げようか?」

「大丈夫!」


 小さな車で、そろそろと駐車場から走り出す。


 片道二時間そこそこで、目的地に到着する小さなドライブになる。目的地は、父がいる北関東の実家。父の再婚相手の翠さん、義理の妹になった茜ちゃんも住んでいる。


 用件は還暦を迎えた父へのお祝い……は表向き。


 初めて咲耶を連れての帰省だった。



 ◇



 ふう。


 運転席でハンドルを握る咲耶から、小さくため息が聞こえた。深刻な風でもないが、胸をぐっと張って、肩に力が入っているのがこちらまで伝わってくる。


「……なんとなく、息苦しくって。うん。しっかり緊張してる」


 口元にも、きゅ、っと力が入っている。


「運転、久しぶりだし、無理しなくていいよ」


 彼女が慎重にハンドルを切る。


「ううん。運転は少し緊張してるけど、大丈夫。そうじゃなくて、お父様のこと。何か言われるかな、とか」


 一回りも年下の恋人を乗せて、父親に挨拶をしにいく。どちらかというと、父親にどうこう言われる可能性があるのは、年上で、実の息子の自分になると思うが。


「だって、やっぱり心配だもん。歳も……離れすぎてるとか、若すぎるとか言われるかもしれないし」


「咲耶が心配することはないよ。いろいろ小言を言われるとしたら、間違いなく俺の方だ。親父と、翠さんだって、年齢だけで見たら俺たちより離れてる。とはいえ……二件目といっても、やっぱり緊張するね」


 二件目、というのは、つい先週、咲耶の実家にご挨拶に行ったばかりだったから。咲耶のご両親に、結婚を許してもらえるように、と。


 ◇


――「咲耶さんと、結婚させてください」


 ご両親と向き合って座って、この挨拶の一言を言うまで、どんなやりとりをしたのか全く思い出せない。我ながら、がちがちに緊張していたと思う。以前、咲耶の父親には少々睨まれていたこともあったため、結婚の話題を快く聞いてくれるか心配だった。


――「咲耶を幸せにすると、約束してくれますか」


 咲耶の父親、鉄治氏はそれだけ言った。それ以外、なんの小言もなかった。


――「はい……二人で。必ず、幸せになります」


 そう答えたら、鉄治氏は「わかりました」と言った。


 そのまま「一杯やろう」とグラスを差し出されて、二人で静かに呑んだ。隣に、いっぱいいっぱいの顔になった咲耶が座っていた。


 ぐいっと空けた父上と俺のグラスをテーブルに戻したところで、彼女の母親が「どうぞ、よろしくお願いします」と言って頭を下げた。咲耶がぽろぽろ泣き出して、両親に「ありがとう。ありがとう」と繰り返した。

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