序 遠い記憶
カンカンカンカンカン
カンカンカンカンカン
遠くから不吉な鐘の音が聞こえる。
長く長く鳴らされるその音の後ろに、くぐもった、ぐううう、と重い音が重なって響いている。夜の闇の中で聞くそれは、悪夢そのもののようだ。
私は、暗闇の中、しゃがんで小さくなって、耳を塞いでいる。
怖いことが、良くないことが早く終わりますように。
ここから外に出たときにも、わが家が無事でありますように。
こうして祈ることしかできない自分は無力だと思う。それでも、精一杯頑張らなきゃと気持ちを張る。
背中に背負ったままの避難袋を肩から抜いて、身体の前で抱えた。いざというとき、大切なものをもって逃げるために自分で縫ったものだ。
簡単な作りだけど、肩紐で背負えるようにして、長く持ち歩けるように縫い目は丁寧に、頑丈に仕上げた。上は巾着になっていて、紐で絞ることができる。
そして、袋の左右に小物入れを縫い付けた。
背中側から見て右側は、ほんの少し、大きくして。
「すぐ出せる物入れがいくつかあったほうが便利だから」
手元を覗いてきた母には、そんな風にうそぶいたけど。
そっと、中身で膨らんだ、少し大きめの小物入れに指を当てる。
角張った形を指でなぞる。大切なもの。
この小物入れは、中身に合わせて作ってある。
指先の感触が身体に広がって、私を包んでくれるように感じる。
頑張らなきゃいけない。くじけてちゃいけない。
これをくれたあの人のために。
口の中で、私にだけ聞こえる声で、大切な言葉を唱えた。
あの人がくれた短い言葉。それが私に力をくれる。
避難袋をぐっと力を入れて抱きしめた。
――あの人を待つんだ。この家で。




