補講 姫とセンセイじゃなくなる日
宮本先生の結婚式で言われた言葉。
あれをきっかけに、私は結婚のことを考えるようになった。
二十歳になった自分と、十二歳上の辰巳センセイ。
結婚適齢期、という言い方はあるけど、それっていつなんだろうと。
私が大学を出るまで待ったら彼は三十四歳。
私が仕事に就いて五年くらい働いて、一人前になるまで待ったら……私が二十七歳で、彼は三十九歳……むむむ。
きっと「適齢期」はそれぞれにあって、いいんだよね?
◇
「ねえ」
彼の部屋でゆったり過ごしていた週末の昼下がり。
「ん?」
「相談……というより、提案があります」
「なんだい?」
いつもの笑顔を向けられて緊張したけど――さらっと言った。
「結婚しませんか」
これが私が出した「適齢期」の答え。
二十歳だって、二十五歳だって、早いという人はいる。
彼のことは五年間、ずっと見てきた。彼がどんな風に人を支える人で、どれだけ優しい人か、どれだけ傷を負った人か、生徒として。その後は恋人として。
手を繋ぎながら、抱きあいながら、頼もしいところも、ちょっとだけ残念なところも。
それでも私は変わらず、いや、ますます彼が好きになってて、一緒にいたいと思ってる。彼も、そう思ってくれているなら……きちんと一緒になって、二人でここからの時間を過ごしていきたい。同じ空気を吸って、同じものを見て、同じものに喜んで、悩んで、困難は二人で乗り越える。
「……そうしようか」
一言目は、普通に返事が来た。
でも、彼はそのまま頭を抱えて、あーっと声を上げて。
「咲耶、ごめん。せっかくなんだけど、仕切り直させてくれないか。ちゃんと言いたいんだ。」
妙なお願いになって返ってきちゃった。
「いや……そのお願いというか提案は、俺からしなきゃってずっと思ってたから。君に言わせてしまったら申し訳ないというか。女性がしっかり者で、男はぐずぐずじゃ……千年前から進歩がない……」
あたふたと言い訳する。こういうところ、一回りも年上に見えない。
しょうがないなぁ……言わせてあげます。
「君のことは必ず幸せにする……いや、必ず二人で幸せになれるようにする。情けない男の自覚はあるけど、せめて咲耶のことはしっかり支えたい。君に対しては、頑張っていたいんだ」
優しく、だけどしっかりと肩を掴まれている。
真っ直ぐに瞳を見つめられる。
「あらためて、俺からお願いします……これからずっと、咲耶に隣にいてほしい」
私はきっと真っ赤になってる。
奥まで見通してくるあなたの瞳。吸い込まれそうです、センセイ。
「結婚してください」
熱が上がってきたみたいに、ぽーっとしてる。
私は一度「はい」と答えたけど。
ちゃんと聞こえたかな、と不安になるくらい、小さい声になってしまって。
辰巳センセイ……いや、あなたにちゃんと答えたくて。
――もう一度、はっきり「はい」と言った。
『源氏物語』編 了
――最終章『智恵子抄』編に続く
第二部 源氏物語編、これで完結です。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
評価&ブックマーク、どうぞよろしくお願いします!
◇
この後、ラストとなる第三部『智恵子抄』編に続きます。
三部のふたりはずばり「祐司×咲耶」です!
しばしお休みを挟みますが、早々に再開の予定です。
期待を裏切らないフィナーレをお送りします。
どうぞラストまでよろしくお付き合いください。
 




