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続・辰巳センセイの文学教室~ふたりが紡ぐ物語~  作者: 瀬川雅峰
Ⅱ 源氏物語_宮本綾×黒沢黎
40/53

20 そして、ふたり



 源氏物語講座が終わって二週間。


 私は黎に返事を書き、さらに黎からの返事で食事に誘われた。


 待ち合わせは、かなり高級なホテルのロビー。


 「ひさしぶりなので、美味しい店くらい、予約させてください」と返事にあった。最上階に眺めも味も良いレストランが入っているから、とここに招待された。


 一階のフロント前のロビーを眺めながら、彼を待つ。フカフカとした絨毯の感触が慣れない。


 十五年ぶりの再会。

 ずっと一緒にいた人なのに、どうしてこんなに心臓が鳴るんだろう。


 黎がどんなつもりでここに来るのか、不安な私がいた。


 ただの気まぐれなのかもしれない。いや、普通に考えたら、その方が可能性は高いだろう。私は彼を捨てた。その後、彼は一人で夢を叶えた。きっと苦労もした。そのとき一緒にいなかった……彼を見捨てた私に、良い感情をもっている? なんて調子のいい予想。


 そこまで想像して、でも、と思う。


 反対側に進む想像をしてしまう。

 カメラマンとして名が知られてから、彼は何度か女性スキャンダルを起こして週刊誌に載った。女性を美しく撮ることについて、彼は高く評価されていた……世界を切りとるなんて言ってたくせに。でも結局彼は一度も結婚はせず、四十歳を過ぎた今まで独身生活をしている。


 独りの生活を続けている彼……きっとそういう巡り合わせがなかっただけだろう。それでも、どこかで期待している自分もいた。恥ずかしいとも思うけど、それが結局私の本音なのだ。


 緊張してるのは、そういうことだ。


 まだ待ち合わせより二十分も早い。落ち着かない。このまま立っていても格好が付かないと思う。もう少し時間をつぶしてから……と思って、入り口に向かおうとしたら、背中から声をかけられた。


「綾?」


 振り返った。


「黎……」


 巻き戻るって、一瞬だった。


 数メートル前に黎がいた。彼の笑顔も、マイペースな優しい目も、変わってなかった。目尻に笑いじわが増えて、少しが髪が薄くなっているけど、あの日と同じ黎がいた。


 手に白くて大きな、平らな包みをもっている。


「やっと、会えた」


「……うん」


 ああいけない。もう涙もろくなってる。

 こんなところで泣き顔を見せるわけにはいかない、と目に力を入れる。


 黎が両手広げて、おどけるように言った。


「今日は、やっと綾におごれる立場になれたから……高級なのにしたかったんだ」

 そう言って、くしゃっと笑顔になった。


 私は精一杯、黎に怒って見せた。

「……なんのつもりなの? 十五年も経ってから連絡なんて」


「だって、綾が絵を辞めてなかったのが嬉しくてさ。ほんとはずっと、会いたくて仕方なかったんだ。でも、綾にもう一回認めてもらいたかったから、結果出さなきゃって……そしたら、きっかけ掴めなくなっちゃって」


「こんなおばさんになってから連絡してくるとか……ほんとに馬鹿じゃないの?」


「綾は綾だよ」


 黎の目が、真っ直ぐ私を見つめている。


「何にも……本当に何にも変わってない」


 ……ああ、駄目だ。



 ◇


 

 私が落ち着いてから。


 レストランでご飯を食べて、少し二人でお酒を飲んで、たくさん話してくれた。

 あの頃のこと。どうして私の写真を撮らなかったのか。

 十五年間……どんな事を考えてきたのか。今日どんなことを言いにきたのか。


 白い包みの中身――ピサロの画集を懐かしい思いで開きながら、彼の話をいっぱい聞いた。

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