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続・辰巳センセイの文学教室~ふたりが紡ぐ物語~  作者: 瀬川雅峰
Ⅱ 源氏物語_宮本綾×黒沢黎
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18 源氏物語の講座 結



「お待ちしてました。先生、おつかれさまです」


 イタリア料理店のドアを開けたら、聴講生の皆さんから一斉に声をかけられた。

 無料講座へのせめてものお礼、と考えてくれたらしい。


「先生、主賓ですから、ささ、奥へ奥へ」


 誘導されるままに奥の席につくと、グラスにビールが注がれた。今日は仕事も終わりなので……とさっき言ったことをしっかりチェックされていた。


「先生、お仕事ないんですから、一杯ぐらいよろしいですよね」


 隣に座った三十代に見える女性に言われた。見回すと宮本先生が少し離れた下手の席に見えた。彼女の手元にもビールのグラス……まあ、休暇で来て下さっているわけだし。


「乾杯」


 一斉にグラスをかかげ、四方山話……となったのだが、さきほど声をかけてきた右隣の女性が、源氏物語の話題を振ってきた。


「先生に教えて頂いた内容なんですけど、『幻』までだと最初から四十一帖まで、ということになるんですよね? その後にもう少しあった、と講座でおっしゃってましたが」


「……ええ。その先に『繋ぎの三帖』と『()()(じゅう)(じょう)』……計十三帖あるんですが、文体にそれまでと異なる特徴があったりして……紫式部の作品ではないのでは、と指摘している研究者もいます」


「へえ……先生はどうお考えですか」


「確認のしようはありませんが……様々に不自然さがある『繋ぎの三帖』はさておき、最後の『宇治十帖』についてはやはり紫式部が書いたのではと思います。ただ、文のクセが違っているところを見ても、それまでに続けて一気に書いた、というよりは、しばらく後になって、あらためて書き足したのではないかと」


「どんな内容なんですか」

 すっかり補講みたいになってきた。


「大きな筋だけで見ると、(かおるの)(きみ)と、(におう)(みや)という二人の貴公子が、(おお)(きみ)(なか)(きみ)(うき)(ふね)、の三姉妹を取り合うお話です。薫君は光源氏の息子と周囲から見られていますが、実は柏木と女三の宮の不義の子。恋愛に誠実ですが不器用です。匂の宮は、光源氏の娘と帝の間に生まれた皇子で、祖父譲りの女たらしです……困ったことに」


「光源氏の子と思われているけど、実は柏木の子である薫君は……誠実なんですね」


 笑いが漏れる。


 七年間も女三の宮への思いを振り切れず、破滅した柏木も、誠実といえば誠実だった。


「皮肉にも柏木に似て、ですかね。薫君は誠実で、でもまわりくどくて手が遅いんです。ライバルの、あの祖父の因子を受け継いだ匂の宮は、見事な女たらしです……結局、三姉妹のうち、大君は病で亡くなり、中の君は匂の宮の妻になります。そして最後の浮舟には、薫君が必死にアプローチしますが……匂の宮にズルい手で出し抜かれて、寝取られてしまう……」


「光源氏の再来みたい……」

 話を聞いていた皆さんの眉根が寄る。


「それが、もっと酷い、というか……光源氏ほどの英雄は出てこないのが宇治十帖です。最終的に浮舟は二人の間で傷つき、薫君の気持ちを裏切りたくない、でも女性としてときめかされた匂の宮も忘れられない、と苦悩して身を投げます。命は取り留めますが、そのあと薫君が訪ねてきても、人違いと言って会おうとしません――そこで物語はぷつりと終わります」

 じっと聞いていた宮本先生がこちらを見ている。


 彼女が落ち着いた声で言った。

「英雄はもういない……終わり方が切ないですね。でも……なんだかより現実に近いお話に感じます」


「……鋭いです。浮舟には紫式部自身が投影されている、という説があります。男性との関係を清算した浮舟は、五十三帖『()(ならい)』で、これまでの経験を『書き付けながら』振り返る……そして、紫式部が宮廷を去ったのは、源氏物語を書き上げてほどなくだったといわれます。英雄のいない現実を、生きていく――彼女なりの覚悟を示した結末だったのかもしれません」

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