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続・辰巳センセイの文学教室~ふたりが紡ぐ物語~  作者: 瀬川雅峰
Ⅱ 源氏物語_宮本綾×黒沢黎
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12 決まること、狭まること



 教員採用試験の一次、筆記試験。


 その合格通知は、薄くて青い封筒に入っていた。

 薄いから落ちたのかな、と思ったけど、中身を確認して思わず笑顔になる。にまぁと、笑いが漏れてしまった。


 通知を受け取ったのは大学四年の八月……お盆を過ぎてすぐだった。倍率も高かったから難しいだろうな、と思って半ばあきらめていた一次突破。

 実家のある自治体でも受験したが、二次に進めたのは今住んでいるここだけだった。


 二次試験は翌週。集団面接に、模擬授業までこなさなくてはいけない。

 事前に授業の指導案を作って持参するようにとの指示まで付いている。


 何事も、やるからには一生懸命……私の性格はそのあたり昔からシンプルだ。試験勉強も集中して、とりあえず力業で進める。


 だから今回の二次試験でも、準備と練習はやれるだけやる。できるだけの準備をやり切ることで、「これだけやったんだから」と自分の不安を押しつぶすようにメンタルを保つ。それが私のやり方……というか、シンプルな頭でそれしか知らなかったというのが正しい。


 ◇


 授業計画を練って、自室でも、黎の前でも模擬授業をやって見せた。


 目の前に、空想の生徒を並べて声を張る――実際には黎がぽつりと座っている。

「今日の授業では、静物画の鉛筆デッサンに取り組みます。まずはシンプルな形で、全体の形の取り方と、陰影の付き方をよく観察しながら丁寧に描いてみましょう」


 生徒が目の前にいることを想定しながら、スケッチブックに用意した書きかけのデッサン画を見せる。手書きで一枚作成したものを、大学でコピーし、スケッチブックに貼込んだ。そこに実際に鉛筆を使って、続きを描き、素早く陰影を入れていく。


「今回は絵に対して、左上方向からの光が当たっていますが、影の付き方をよく見てください。シンプルに、光から遠いから暗い、というわけではないのがわかりますか?」


「綾先生」

 生徒役の黎が挙手した。


「はい、黎くん」


「生徒からの見え方をもう少し配慮しないといけないかも。綾の身体と、手のせいで生徒からは実技の動きがよく見えない」


「えー……見せながら描くって難しいなぁ」


 こうかな?こうかな?と姿勢や角度を変えてみる私。そこを皮切りに、何カ所かつっかえながら、十分ほどの模擬授業を終えた。


 はぁ、と息をついて教材を片付けていると、黎が言った。

「綾はさ。この試験で合格したら、先生になるの?」


「……え?そのつもりだけど」


「自分の絵は、やめちゃう?」


「先生しながらだって、創作してる人いるって聞くし、そっちはこれからも仕事の合間にやってくつもりだよ?……どうして?」


「いや、なんかさ。自分の創作にこだわるって……なんか子供っぽいのかな、とかさ。仕事に就くこととか、ちゃんと世の中を見て、やれてる綾に、叶わないなって」


 黎の目には、ときにふっと寂しさの色がよぎる。こんな風に。

「え?……どして? 私は黎の据わった生き方の方が、うらやましいよ。そこまで自分の才能に信じられないというか、覚悟もてないところ、私は正直あるから。でも、黎はあきらめないでほしいな。私の目じゃ自信にならないかも知れないけど、黎はやっぱり芸術家なんだと……思ってるから」


 ◇


 私は結局、二次試験も突破した。


 封筒の中の合格通知を確認した瞬間、やったぁ! と大声を上げてしまった。教師の仕事は忙しいとは聞いていたけど、美術の先生なら絵から完全に離れてしまうこともない。美術に、絵に関われるところで、安定した仕事に就ける……凄く嬉しかった。


 でも、それと同時に、もう私は生粋の芸術家じゃないんだ、という妙な寂しさも感じていた。


 黎が近くにいて、芸術家を続けていたから、なおさらだったのだと思う。

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