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続・辰巳センセイの文学教室~ふたりが紡ぐ物語~  作者: 瀬川雅峰
Ⅱ 源氏物語_宮本綾×黒沢黎
30/53

10 ファインダー越しの瞳



 その日の彼がシャッターを切る音を、はっきり覚えている。

 黒沢君とつきあって、二年が経った頃だ。


 二人でファミレスのご飯を食べて、少しお酒を飲んだ。二人ともそれほど強くなかったから、外の風に当たりたくなって、終電が出たばかりの駅まで歩いた。


 改札は二階にある。コンクリートの階段を上り、改札口を見た。


 駅には電灯が灯っていたが、人気が感じられなかった。明日の朝まで電車は来ない。こんな時間に改札を行き来する人もいない。


 機械式の改札がひっそりと数列並んでいた。


 黒沢君は、熱心にファインダーを覗いている。

「……普段はあんなににぎやかなところなのに、今、一時前ってことは……ほんの1時間前までは、人が通っていたところなのに、こんなに静かって。変な感じだ」


 数時間前は、そして、この数時間後は、沢山の人が通る場所。

 人の営みの熱のようなものが、周囲に漂っているようで。

 でもそれは幻で、実際には冷え始めた空気が漂っていて。


 黒沢君のアパートは、この駅の近くだ。ファミレスで一杯やって、終電がなくなったときに、私も今日は泊まっていけばいいやと思っていた。

 黒沢君も、きっとそう考えていただろう。


 駅の構内で周りにばかりレンズを向ける黒沢君のすぐ隣で、言った。


「ねぇ、私の写真は撮らないの?」

「……ん。ああ」


 表情を少し曇らせる。


「……なんかさ、上手い感じに収まらないって言うか、構えると、違うなって感じするんだ」

「……違うって、何?」


 声に少しだけ棘が混ざってしまった。


 彼は普段からカメラでいろいろなものを撮る。こうして気になった景色を収めながらの町歩きもしょっちゅうだ。アルバイトで通っている写真屋さんでも、いろいろ手掛けていると聞く。モデルさんだって撮ることがあると。


 それなのに、彼は私の写真を撮ってくれたことがない。散歩をしながらカメラを構えているときに、撮って欲しくてファインダーに入ってみたことがある。彼は私をファインダー越しに見て、すぐカメラの構えを解く。そして、はにかむように笑った。


「うーん、なんか、違うな。どうせならもっといい状態で撮りたいからさ」


 そう言ってカメラの構えをやめてしまった。

 ……いつも、そうだ。


「そんなに、わたしの写真、撮りたくない?魅力ないってこと?」


 いつも彼とは一緒にいる。大学でいろんなカップルを見るし、話も聞く。私たちの相性は良い方だと思う。彼もきっとそう思っていてくれる……はずだ。


 彼は、あんなにたくさんシャッターを切って、その成果である写真を並べたり、引き延ばしたりしているのに、そこに私の写真はない。


 一度、彼が家に来ているとき、下着姿で「撮ってみない?」と言ってみた。茶化すように言ったけど、内心は結構本気だった。私を魅力的だ、と思って欲しい。その行動をわかりやすく見せて欲しい。そんな気持ちがあった。


 黎は、笑った。カメラをすっと構えて、ファインダーを覗いて。

「……真っ暗だ。光が足りないから、何も写んないよ」

 と笑って、またすぐにカメラをどけてしまった。


「綾、ちゃんと、好きだから」


 一瞬真顔になって、目を合わせてきた。そのまま唇にキスされて、彼の指が私のピアスに触れた。

「うん」と私も納得顔で、そのまま有耶無耶にさせてしまった。


――やっぱり、撮ってよ。


 あのとき、なんでそう言わなかったんだろう、と後々までわたしは思い出すことになる。

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