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続・辰巳センセイの文学教室~ふたりが紡ぐ物語~  作者: 瀬川雅峰
Ⅱ 源氏物語_宮本綾×黒沢黎
28/53

8 真夜中シネマ


 それから何ヶ月か経って、すっかり寒くなった頃。


「ね、綾ってさ、黒沢君と付き合ってるの?」


 紀子がカフェテリアで紅茶のカップを片手に、興味津々、という顔で訊いてきた。


 付き合ってるというか、気が合うから自然と一緒にいるというか。

 いつの間にか、そうなっちゃった……というか。どっちから告白とかしたわけじゃない。でも、私は黒沢君といる時間が一番好きだった。


「付き合おうとか話したわけじゃないんだけど……」

「だけど! もう綾は付き合ってるつもりなんだ」

「……たぶん、そのつもりというか、そうなっちゃっった……っていうか」

 自然と笑みが漏れる。


 たぶん、私は浮かれていた。


 高校時代、いいな、と思った男子はいた。でも、ちょっと話をしただけで、何も起きなかった。


 話しかけるときは私なりにとても緊張したのに、そこが気持ちのピークになって、おしまい。話したら、ああ、男子なんだなぁ……という不思議な感慨というか、自分との違いに納得しちゃった、みたいな。恋ってなんだかよくわかんない……そんなあっさりした感想が残っただけだった。


 でも、黒沢君とは、自然に一緒にいられる気がした。そのまま飾らずに、お互い本音を口に出して、心地よい時間をずっと過ごせると思っていた。


 二人ともお金はなくて。でも、時間だけはたっぷりあって。


 絵筆をもつ私。カメラのシャッターを切る彼。いつも相棒のカメラを持ち歩き、人目も気にせずに被写体を見つけてはファインダーをのぞき込む。そのマイペースに、楽だな、と感じた。


 ちょっとぬぼーっとした感じだけど、よく見ている人だった。お節介というわけではないけど、仲間に何かあると、自然と声をかけてくれる。そんな人だ。



 ◇



 ねえ、ご飯さ、今日は簡単にすまさない?と黒沢君に言った。今日のバイトは忙しくて、彼の家に来たのはいいけど、何かを食べに出かけるだけの元気が……。


 彼の家なのに、どきどきより安心が勝っていて、少し目がとろんとしている。


 「ラーメンくらいしかないけど、いい?」


 黒沢君は訊くが早いか引き戸からインスタントラーメンを取り出して、冷蔵庫のバラ肉と、タマネギを刻んで、軽く炒めはじめた。マグカップを電子レンジに入れて、ポーチドエッグまで作って載せてくれた。


 具だくさんラーメンを二人分作って、ふぅふぅしながら食べた。


「ごちそうさま」


 せめて食器を洗うのは私が、と台所に立った。

 黒沢君が青いビニールでできたカバーから、ビデオテープを取り出している。


「……今日は、あ、これか。確かに一度観とかなきゃだね」


 レンタルビデオ屋で借りた、豪華客船を舞台にしたラブストーリーの映画。

 そそくさと食器を洗って、部屋に戻って肩を寄せ合って観た。


 ソファなんてオシャレなものを置く場所はなかった。無精に敷いたままにしている日が多い布団をテレビの反対側の壁に寄せて、丸めて背もたれにした。二人でゆったりともたれて、黒沢君の腕に頭を乗せた。


 低いテーブルの上には、おうちデートのデザートに買ってきた、モンブランケーキが二つ。私は食べてしまったが、黒沢君の方は半分食べかけて置いてある。途中で喉が渇いた、といって彼がもってきた缶ビールも二本並んでいる。


 薄暗くした部屋の中で映画を流すと、中盤からうとうとしちゃうこともあったけど、そのうとうと込みで、時間が心地よかった……と言ったら「ちゃんと映画観ようよ」と黒沢君に注意された。


 ◇


 豪華客船の中で、運命の出会いをしたお嬢様と貧しい青年が、お嬢様の婚約者の目を盗んで恋に落ちる……前の年に映画館を満員にした大ヒット作だった。氷山にぶつかった客船は無情に沈み始め、その危機の中で、最初で最後の、全力の恋をする二人……彼女を助け、冷たい海に沈んでいく彼の姿を見てたら、ぽろぽろ涙が出てきて、暗がりで鼻をすすりながらおしまいまで観た。


「あんなふうに……さ」


 映画のラストシーンからスタッフロールへさしかかったところで、黒沢君が言った。


「うん」


「ちゃんと、誰かを助けたんだって、自分の命は最後に意味をもったんだって、思える死に方って、うらやましいって思うの、変かな?」


「……変じゃ……ないとは思うけど。でも、残された方は辛いかも」


「それまで駄目でも……何にも役に立ってなくてもさ、最後にああして死ねたら、逆転できるのかなとか。恋人も格好いい男としてずっと覚えていてくれるかなって」


「なんでそんなに自信ないの」

 少し笑いながら言った。


 黒沢君も、「そだね……俺、自信なさすぎだな」と声に笑いを混ぜた。

 その話はそこでおわり。


 お互いの身体を暗がりで寄せ合った。

 私の左耳のピアス。もう空けて半年経って、すっかり意識しなくなった。

 それを黒沢君がそっと唇で触れてきた。


 小さくて窮屈な一組の布団。狭かったけど、何にもないアパートだったけど。


 ――それでも、あの部屋には大切な全部があった。

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