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続・辰巳センセイの文学教室~ふたりが紡ぐ物語~  作者: 瀬川雅峰
Ⅱ 源氏物語_宮本綾×黒沢黎
25/53

5 あの頃へ


 講座が終わったあと、それぞれのご婦人が席を立って退室していく。


 ほとんどの方が部屋から出たタイミングで、まだ窓の近くにいた宮本先生が、軽く会釈をしてきた。


「お久しぶりです。宮本先生」


 春まで同じ高校で勤務をした美術の先生だ。柔らかな物腰に大人っぽい落ち着きと洒落っ気で、生徒に慕われていた。

 教養講座を聴きに来る、と聞いたときはびっくりしたが。


「辰巳先生、楽しい講義をありがとうございました」

「わざわざ聴きに来ていただき、こちらこそありがとうございます。先生に聴かれている、と思うと緊張します」


 宮本先生が柔らかい表情になった。


「本当に気負わないでください。もう今回は生徒になりきって勉強しにきたんです。先日自分の創作、絵で一つ成果というか……納得いく作品が描けたので。もっと自分の幅を広げる勉強をしたくなって」


 そういえば夏のはじめころ、宮本先生が大きな絵のコンテストで入賞した、という話を美術部OBから咲耶経由で聞いていた。画像も見せてもらったが、降り注ぐ太陽と海の深みが印象的な風景画だった。


「……咲耶から入賞の件、伺ってます。その作品ですか」

「はい。教師の仕事に追われてばかりでしたけど……ようやく自分の絵を描きたい、とまた本気で思えたんです。学生時代に憧れた作品にもう一度向き合って、自分なりの絵を悩みながら描いて……そしたら、評価してもらえました」


 教育者と表現者。両立は大変だろうと思う。


「で、欲が出て、もう一回初心に戻って勉強し直そうと思いました。日本画を見ていく中で源氏絵にも触れて。ビジュアルとしての芸術性は当然ですが、やはり描かれた背景もある程度踏まえておきたくて、こちらにお邪魔を」

「……なるほど」


 美術の宮本先生が、わざわざ古典の講座を聴きに……そういう事情だったかと納得した。


 国語の資料集にも源氏絵はよく掲載されている。斜めの平行線を用いた独特の立体感で描いた背景に、ふっくらした人物を配して源氏物語の名場面を描く。金箔や貴重な画材が用いられ、貴族達が贈答品として描かせたものが多いといわれる。


「お話を聴いていると源氏絵のイメージというか……源氏物語ってやっぱり華やかなんだなぁって。それにしても光源氏は本当にエリートで、特別な存在なんですね。いや普通の、私たちの感覚……現代人と比べるものでもないのでしょうけど」


「神話や伝説と言われる物語の登場人物に近い感じもありますし。光源氏――名前からして世を照らす『光』の象徴です。輝いて周囲の女性を惹きつけ、その力を得てより光を増す……それに相応しい傲慢さももっていますが、そもそも根本的にそういう英雄的な存在なのです、と」


「……女ったらしで、たくさん泣かせておいて、それで魅力的になっていく男。現代だと完全に女性の敵ですね。ああ、でもわかるかなぁ。そういう男性って魅力的で、時にどうしようもなく惹きつける」


 宮本先生の目がすっと細まった。


 自分を見ているのか、その後ろに誰かを見ているのか。


「……困ったものですが、そんな感じでしょうね」


「わかります……わかりたくないけど。腹立つけど。ほんとに……」

 宮本先生は、ふっと寂しそうな、でも優しい目で言った。

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