18 きっと、これから――
今のお互い、そして、あの頃の話題。
コーヒーのおかわりを挟んで岩嶺晴海と話してたら、いつの間にか一時間以上経っていた。
「荻野さんたちがやっていたこと、あれが初めてじゃなかったのは私も知ってました。それまでも時々万引きして、一度は楓も巻き込まれたって。でも、あのときは金額も大きかったし……楓が辛そうにしてたし。それに……」
「それに?」
「……先生が来てた、というのも、あったんです。元々の先生方は慣れてしまってて、秋山さんがいじられてもまたなのね、って見てるところあったから……先生、バスの席決めとか、掃除のときも、そのあともずっと楓のこと、気にしてくれましたよね。だから……味方が一人多い今ならって」
あの事件があったことで、教育実習の後、俺は教員になることを真剣に考えるようになった。就職活動をせず、ただ日々を過ごしていたあの頃の自分にとって、翌年夏の採用試験というひとまずの目標が生まれた。
「君たちとのことがなければ、今こうして教師をしていなかったと思う……今度の春から、いよいよ担任をもつことになったよ。まずは、全力で先生を頑張ろうと思うよ」
晴海が僅かに首を傾げて、じっと見つめてくる。
「先生。先生の宿題は……」
空気がびりっと固まる。
視線が深いところに入ってくるのを感じた。
「まだ……終わって……ないんですね」
「……終わる日は、きっと来ない」
終わったと思うことは、許されない。
「でも……」
晴海は、短く言葉を句切って、また少し考える顔をした。ほんの少し、優しい目をさらに細めて言葉を継ぐ。
「私が先生に会って、変わったように。先生が私たちに会って先生になったように。人に何かのきっかけをくれるのって、人なんだって思います。先生が担任をもって、新しい生徒と出会って……そしたらきっと、先生にもまた新しいきっかけが生まれるんじゃないかって……そんな気がします」
そんなことは……と否定したくなる気持ちを、ぐっと押さえた。
これは晴海なりの心遣い。
精一杯のエールだ。
「……そう上手く、いくかな」
「きっと、きっと先生はこれから巡り会うんです。大切なきっかけに」
◇
喫茶店のドアを開けて、外に出ようとした。
「先生……」
背中から声をかけられて振り返る。
「先生、私、今ここにいるの、きっと先生のおかげです」
晴海は微笑んで、頭を下げた。
空に灰色の雲が分厚く重なっている。
――雪が降りそうだ。
そう思って、コートの襟を重ねて、歩き始めた。
明日は勤務校の入試がある。
準備の仕事もいろいろあるから、いつもよりずいぶん早起きしなくてはいけない。
――雪で電車が停まったりしなければいいのだが。
『銀河鉄道の夜』編 了
辰巳センセイの文学教室 上巻へ続く
第一部 銀河鉄道の夜編、これにて完結です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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◇
この後は、しばしお休みを挟んで、読み切り短編、第二部へと続きます。
よろしくお付き合いください。




