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続・辰巳センセイの文学教室~ふたりが紡ぐ物語~  作者: 瀬川雅峰
Ⅰ 銀河鉄道の夜_辰巳祐司×岩嶺ハルミ
16/53

15 覚悟



10月18日(火) 放課後 午後4時50分


 校内を見回っていたら、昇降口の陰に秋山が立っていた。


 この時間まで、わざと帰らずにいた。何か、言いたいのだろう、ということが伝わってくる。

 話しかけやすい距離を通りすがるように、ゆっくり歩く。


 斜め後ろから、背中に小さく声が聞こえた。


「先生」

「……ん?」

「少し、お話いいですか」


 消え入りそうな、聞こえるぎりぎりの大きさの声。いつも小さな声だが、今日はひときわ小さい。


「ああ」

「先生は……ハルミがやってないって、わかってるんですよね?」


 耳を澄まさないと聞き取れないくらいの、小さな、小さな声。


 秋山という少女の、怯える心がやっと絞り出した声。


「……どうして」

「先生だけは、ハルミはやってないって、やったのは……誰かって……知ってますよね」

「……」

「先生、あのとき階段にいたから……」


 階段で立ち聞きした日、確かに秋山の位置ではこちらが気付かれるかも、と思った。秋山の素振りにそんな様子がなかったので気にしていなかったが、彼女はしっかり気付いた上で、態度に出さないようにしていた。


「……気付いてたのか」

「どうして、誰にも話さなかったんですか。本当にやったのは……」

 秋山はそこで言いよどむ。


「俺から話すのがいいことなのか、って考えたからだよ」


 秋山の動きが、ぴくりと止まった。


「本当はすぐに、小柳先生たちに話すべきことだ。先生は実習生だけど、先生として責任があるから。でも、やってしまった子が自分から言い出せるのが一番いいと思った。それに、岩嶺がどうしてああしたのか……それも気になった」


 秋山が、手元をじっと見る。

 唇を噛みながら。


 しばらく沈黙が続いた。喉元まで出かかっている言葉を、どうにか外へ押し出そうとしているようだった。


「……万、引き」


「うん」


「やったの、私、たちです。私と、荻野さんと……他にも何人も」

 秋山の声が涙混じりになった。


「ごめんな、さい」

 涙がぽろっとこぼれた。


「……君は、やりたかった?」

「……断らなかったから。だから、私も……」

 語尾が消えた。


 ぐず、ぐず、と泣きだした秋山を静かに待つ。


 三分ちょっと経って、落ち着いてきたところで訊いた。

「……そのメンバーで万引きしたの、初めてだった?」


 秋山がびくっとする。不安そうな顔をこちらに向けてきた。

「……一緒にって誘われて。あの日は……二回目でした。他の子は、その前もしたことがあるみたいなこと、言ってました。もう私は、やりたくなくて。でも……断れなくて」


「岩嶺は……君から万引きの日のことを聞いたんだね?」


「あの日、家に帰ったら、ハルミから電話があったんです。私、すごく後悔してて、だから、ハルミにその日あったこと……どれくらい盗んだとか、いろいろ話しちゃって」

 岩嶺は、秋山の話を受けて、何をしようと思ったのか――。

 

「……今回のこと、秋山はこのままで、いいと思う?」

「思いません。思いませんけど……」

「どうしたらいいだろうか?」

「……みんなから、裏切り者だって言われるの、怖くて」


 そう。それは怖い……でも。


「……それでも」

 秋山の声に、僅かに張りが出た。


 言えなかった、言うべきだと、とっくにわかっていた言葉。

 それを彼女はやっと言う気になった。


「私、ただしいことを言わなきゃいけないんですよね。私が言わなきゃ、誰も言ってくれない、から」


 前に向けた瞳に、宿っている小さな光。


「……」


 返す言葉が上手く見つからなくて、笑顔をつくって頷くと、秋山の目が少しだけ緩んだ。笑顔の手前だったが、しっかり彼女の意志がある表情だ。


 いつもの卑屈な笑顔より、ずっといいと思った。

「一人で話しに行くのが怖いなら、小柳先生のところ、一緒に行こう」


 職員室にいた小柳先生を呼び、相談室に三人で入った。

 小柳先生は、秋山の告白をじっくり聞き、笑顔を秋山に向けて「よく、自分から言ってくれたね」と言った。



 ◇



10月19日(水) 放課後 午後3時半


 荻野達の一団は再び聞き取りのために集められた。


「誰か何か言ったの」

「なんで」

 不満をもらす声がぼそぼそ聞こえてくる。


 今回の万引きは校外での犯罪行為だ。しかし、金額は五万円と大きいし、カメラ映像の件もある。校外の件だから学校は関知しない、というわけにはいかない。


 秋山からの話で確証もあったので、今日は先生方も遠慮なく聞き取りを進められたそうで、夕方五時頃には、おおむね全貌がはっきりした。今回と前回の万引きについては、荻野たちグループ全員、加担を認めた。見張り役や実行役まで決めて臨んだ、タチの悪いチーム犯罪だった。


 生徒指導部と学年で急遽会議をした結果、店舗へ生徒、学校ともにお詫びをすることに決まった。今は手分けをして、関係した生徒の保護者へ連絡をしている。


 ◇


 残った懸案は、岩嶺の処遇だった。


 荻野達への聞き取りで、万引き事件に、岩嶺は無関係であることが裏付けられた。そもそも荻野たちは岩嶺とつるんでないのだから、これは当然だ。

 どうして岩嶺が自分から謝ったり弁償したりしたのかはわからなかったが、秋山は「きっと、私たちをかばおうとしたんです」と説明をした。


「岩嶺さんには、それだけ秋山さんが大切にしたい友達だった、ということなのかな」

 職員室に戻ってきた小柳先生が秋山に尋ねている。


「……ハルミが転校してきて、一番一緒にいたのは、私だと思います。でも私、そんなにお礼言われるようなこと、してないです」

「あなたには小さなことでも、岩嶺さんは感謝してるってこともあるかもしれない」


「でも、ハルミってなんだか遠くを見てるっていうか。私を見て誰かを思い出してるみたいな……そんな風に感じるときがあります」

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